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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
十三章、メリークリスマス

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1、泣き声

 和菓子屋で購入したのは煎餅の菓子折り二つ。

一つは七里の分、もう一つは忍へ渡してもらう分だ。

それらを片手にハルはナナサト床屋を訪れていた。


 改めて日頃の礼を述べるハルの態度に、派手に歓迎してみせたのは七里の妻だった。

彼女に会うのは初めてだったがとても親しみやすい老婦人であった。


「怪我は大丈夫? 大変だったんでしょう? あん時私ったら居なくてごめんなさいねぇ」


「い、いえ、そんな……」


 七里婦人はペラペラとよく話す。

黒く染めた髪とピンと伸びた背すじも相まってかなり若々しい。


「あん時私、フラダンスの練習に行ってたんよぉ。フラダンス。うふふ、今度ね、公民館のクリスマスイベントで踊んのよ~」


「へぇ、そうなんですか」


 折角だからと散髪を頼んだハルは七里に髪を鋤かれながら七里婦人に相槌を打つ。

先程他の客が帰ってしまったので暇なのだろう。

公民館のイベントには心当たりがあり、ハルは鏡越しに彼女を見た。


「もしかしてそのイベントって次の日曜の、ですか?」


「そうよー。知ってるの? もし暇なら来て頂戴ね。公民館のクリスマス」


 その公演はハルも観に行く予定であった。

北本が演劇部として、大和田が合唱部として参加するのだ。

大和田が「人数が少ない部活ならではの地域密着型の発表会」だと自虐していたのを思い出す。


「えと、友達も出るので、時間によっては観られるかもです」


「あらぁ~それは楽しみ! ()()()()()、頑張っちゃうわぁ」


「が、頑張って下さい」


 何か言いたげな七里が笑いを堪えてハルの髪を梳かしている。

彼女が喋っている間、彼はあまり口を挟まないようにしているらしい。

そこに夫婦仲の良さを垣間見ながら、ハルはおずおずと話題を変えた。


「あの、実はちょっと相談が……」


「ん? 何だべ」


 厄介事かと七里が真剣な顔つきになる。

慌てて大した事ではないとケープの下で手を振れば、切られた髪がハラリと床に落ちた。

二人に注目されるのは居心地が悪い。

ハルは恥を忍んでモゴモゴと打ち明けた。


「実は、竜太君にもお礼をしたいんです。けど、何が良いか全然分からなくて……」


 七里夫婦はきょとんとしてから顔を見合わせ、盛大に笑いだした。


(え、そんなに笑う事!?)


 言わなければ良かったと後悔していると、七里婦人が「良いわねぇ若いって」と目尻を拭った。


「確かに竜ちゃんは難しいわよねぇ。趣味もよく分かんないし、自分からは好き嫌い言わないし」


「そうなんですか?」


 何かヒントでもあればとハルは心の中でメモをとる。


「昔ならプレゼントは手編みのセーターとかマフラーが定番だったけど、今の若い子はしないわよねぇ」


「あ、あの、ただのお礼であって、そういうのじゃないです……」


 何の参考にもならず、ハルは心の中のメモを消去した。

七里はショキショキと鋏を動かしながら「あれだ、男にゃ手料理だ、手料理」と適当な事を言っている。


「えっと、ありがとうございます……もう大丈夫です……」


 ガクリと肩を落とすハルに、七里婦人は「やーねぇ冗談よぉ」と手を振った。


「竜ちゃんはシンプルな(もん)が好きねぇ。色は緑が好きなのよ。食べ(もん)なら生焼けの肉と紅茶以外なら何でも食べるわよ~」


「! そうなんですか! 教えてくれてありがとうございます!」


 心の中のメモが復活する。

初めて知る有力な情報にハルの目が輝いた。

分かりやすい反応に七里婦人は「あらあら」と微笑む。


「お役に立てて良かったわぁ~。でも残念。うちの浩二と仲良くなってくれたらハルちゃんもうちの子になってくれたかもしれんにねぇ」


「えぇぇ!?」


 話が突飛すぎる。

困惑するハルを庇い、七里が婦人を軽くたしなめたが本人はどこ吹く風であった。



「じゃあ、また来てなぁ~」


「ありがとうございました……」


 店を出たハルはスッキリと軽くなった頭を撫でる。

すっかりお馴染みのミディアムボブだ。

楽しかったが、何故かどっと疲れてしまった。


(どうしよう。結局、竜太君には何を用意したら……)


 平日に塾の予定が入った事で、最近のハルは自由な時間が取り難い。

その上日曜は北本達に誘われたクリスマス公演もある。

早く決めなければまたズルズルと時間だけが過ぎてしまうだろう。


(とにかく、今日決めなきゃ……)


 ハルは何のイメージも湧かないままお礼の品探しに向かうのだった。




 そんな悩ましい時間もあっという間に過ぎ去るものだ。

師走だ何だと忙しない世間に当てられてか、ハルも地味に忙しく過ごしていた。

気付けば終業式も終わり、日曜のクリスマスイベント当日が訪れていた。


「うひぃ、寒! あ、ハル! やっほー」


「おはよう。ゆ、()()()、ちゃん」


 公民館の入り口で待つハルの元に、志木が手を擦り合わせながら駆け寄ってくる。

出演者である北本達はすでに準備に入っているとの事だ。

ハル達は赤らむ鼻を笑い合ってから建物内に入っていった。


 この公民館は古くからある地元民御用達の施設である。

クリスマスイベントは第一ホールと第二ホールを使って行われる。

第一ホールでは歌や踊り、劇などの発表を、第二ホールでは子供にお菓子を配ったりレクリエーションを行うらしい。


「うおぉ、中は結構人多いね! あったかいしコート脱いじゃお」


「そうだね」


 ガヤガヤとざわめく施設内にはリースや小さなツリーがあちこちに飾られてクリスマスムード一色だ。

出演者らしき小さな子供たちが揃いの衣装を着ている可愛らしい光景も見られた。

志木はプログラムを開きながら演目を指でなぞる。


「えっと~、世与高合唱部は二番目でー……演劇部が六番目か。ちょっと間があくなぁ」


「それに何回か休憩挟むっぽいね、これ」


 七里婦人の出るフラダンスは四番目だった。

とりあえず観ることが出来ると一安心し、ハルは志木と共に第一ホールへと向かう。


 ホールはあまり広くなかった。

ステージに向かって四十脚程のパイプ椅子が並んでおり、すでに半分以上の席が埋まっている。

二人は急いで左端の二つ並んで空いた席を確保した。


「いやぁ、座れてよかった! 早く始まんないかなぁ」


 楽し気にはしゃぐ志木に触発され、ハルもウキウキと辺りを見渡す。

左隣は志木が座っており、右隣には四十代位の小太りの男性が座っていた。

ホール内は話し声や子供のはしゃぐ声でごった返し、熱気に包まれている。

クリスマス特有の浮かれた空気はどこか現実離れしているように感じられた。


「……リナもここに来られたら良かったのにね」


「……そう、だね」


 久しぶりに聞く志木の沈んだ声がハルの心に重くのし掛かる。

ハルは無意識の内に膝にかけたコートをギュッと抱き寄せた。

あまり触れずに日々を過ごしていたが、リナが居なくなった隙間はあまりにも大きい。

そして未だ誰もリナとの面会は叶っていないのだ。


「ごめん! 暗くなっちゃった! あ、見て、ハンドベル演奏もあんだって。クリスマスっぽくない?」


 志木はケロッとしたようにクシャクシャのプログラムを開く。

彼女の強がりに気付かぬ振りをして、ハルは話を合わせた。


「お、始まるかな?」


 最初の出演者達が姿を現すとホール内のざわめきはスッと引き、拍手が沸き起こる。

後ろの方で赤ん坊がぐずっているのが聞こえるが、それ以外は静まり返っている。


 演目は地元の声楽サークルの発表だった。

年配ばかりのサークルだが声量が凄い。

大きな歌声に驚いたのか、赤ん坊の泣き声に拍車がかかる。


(う~ん……仕方ないとはいえ、ちょっと聴き辛いなぁ)


 泣き声はますます激しさを増していく。

オギャア、アギャアと火がついたようなぐすり方は耳が痛い程だ。

二曲目が始まる頃にはその異様さにハルも察しが付いていた。


(誰も何の反応もしてない……これ、他の人には聞こえてない奴だ……)


 赤ん坊の声にかき消され、折角のクリスマスにちなんだ曲もほとんど聞こえない。

後ろを振り返って確認する訳にもいかず、ひたすら耳障りな泣き声を我慢する。


「お、次はカスミの出番だね」


 辛うじて聞き取れた志木の声に対して、ハルは曖昧に頷く。

緊張した面持ちの大和田がステージに登場すると共に、ハル達は盛大な拍手を送った。

どうやら合唱部員は十人しかいないらしい。

伴奏は録音のようだ。


(これは……流石に聴きにくい……)


 冬らしい曲が流れる一方でオギャアァと響き渡る泣き声。

ほとほと困っている内に、声の聞こえてくる方向が変わっている事に気が付いた。


 初めは右斜め後方から聞こえていたが、今は左寄りの後方から聞こえている。

これが普通の赤ん坊なら母親があやしながら移動したのかと想像できるが、残念ながら「普通」の赤ん坊ではなさそうだ。


(赤ん坊が動いてる? それとも、誰かが赤ん坊を連れて動いてる?)


 どちらにせよ少し怖い事に変わりはない。

ハルは背後に意識を向けつつ、大和田がのびのびと歌う姿をスマホに収めた。


 大和田達の合唱が終わるとすぐに次の演目の準備が始まる。

次はハンドベルの演奏らしい。


(うぅ……結局カスミちゃんの歌、ほとんど聞こえなかった……)


 オギャアァァ、オギャアァァァ──


 どうやら赤ん坊の声は左右に移動しながら近付いて来ているらしい。

そしてもう一つ、ハルが気付いた事があった。


(たぶん、隣のおじさんも気付いてる……)


 右隣に座る小太りの男性が、両手を握りしめて脂汗を流していた。

目はステージの一点に集中しており、不自然な程動かない。

いや、動けないのかもしれない。


(怯えてる……のかな? そんなに怖いなら、一度外に出れば良いのに……)


 有料のコンサート等とは違い、ここはかなり緩いイベントだ。

立ち見の客も大勢いれば演奏中でも席を立つ人は普通にいる。

しかし隣の男性は身動(みじろ)ぎ一つしなかった。

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