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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
十二章、怪奇な日常

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5、嫌がらせ

 案内されたのは前回通された狭い和室だった。

八木崎は棚の上から救急箱を取り出し、黙々と怪我の手当てをし始める。

急に真剣になられてもどう反応したら良いのか分からない。

ハルは戸惑いがちに傷口にガーゼをあてがうのを手伝った。


「……(わり)ぃな」


「? 何が?」


 聞き逃しそうになる程の声で漏らす八木崎の言葉に首を傾げる。

迷惑をかけたのは自分の方の筈だ。

ハルがそう告げると彼は「違ぇ」と頭を振った。


「……お前に、」


 何かを言いかける八木崎だったが、廊下が軋む音が聞こえてきた事によってその口は閉ざされてしまう。

次の瞬間、ハルの頬に温かい手が触れた。


「あ、ここ、左頬も擦りむいてんぞ」


「ぅえぇっ!?」


 顔を両手で包み込まれ、彼女はじたばたと暴れた。

ガッチリと固定されてしまい顔を逸らすことが出来ない。


「な、な、ちょっ!? 離っ……!」


「良ーからじっとしてろって」


 ニタリと笑う八木崎の黒目に間の抜けた自身の顔が映っているのが見える。

あまりにも近い。

ハルは目を閉じるのも忘れて彼の泣きぼくろを見つめた。


 スパァンと襖が勢いよく開く。


「……俺、怒るって言ったよね」


 完全に髪を乾かしてきたらしい竜太が冷たい目を向ける。

これまた誤解されかねない状況にも関わらず、八木崎は煽るようにハルの頬を一撫でしてから離れた。


(なぁん)もしてねぇよ。ただここも擦りむいてんなぁ、って話してただけだ」


「触る理由にはならない」


 どうやら八木崎は竜太が嫌がる様子を見て楽しんでいるらしい。

ハルは軽く上がった息を整え、上気した両頬を押さえる。


(心臓が止まるかと思った……!)


 竜太はハルの手当てが済んでいる事を確認すると、ふいっと顔を背けた。


「帰るよ、ハルさん」


「……え?」


「普通に考えてそいつに送らせる訳にはいかないでしょ」


「で、でも……」


 先程の八木崎の言葉が彼女の心をチクチクとつつく。

祖父の話を聞いてしまった手前、今までと同じように竜太に甘える訳にはいかなかった。


「えっと、私なら大丈夫だよ。一人で帰れるよ」


「……」


 挙動不審なハルに気付かない程、竜太は鈍感ではなかったようだ。

彼は「良いから帰るよ」と顎で促し部屋を出て行く。

ハルが渋々立ち上ると八木崎もその後に続いた。



「急にお邪魔してすみませんでした。ありがとうございました」


「良ーって良ーって、またいつでも来いよぉ」


 朗らかに手を振る七里に深々と頭を下げ、ハル達三人はナナサト床屋を出る。

息が詰まりそうな空気の中、ハルは自転車の元へと向かう。


「やだ、何これ!?」


 自転車のサドルと後輪には、黒いヘドロがベッタリと付着していた。

青臭さの混じる生臭い腐敗臭が辺りに漂う。

悪臭に鼻をつまみながら竜太が非難の声を上げる。


「これ、何。ただ転んだだけじゃなかったの?」


 竜太の視線は変形した自転車の後輪に注がれていた。


「わか、分かんない……」


 目を泳がせて誤魔化すハルを見捨てるように、八木崎は「雑巾取ってくる」とその場を離れてしまった。

竜太は無表情のまま空を見上げる。

長く吐かれた白い息が曇った夜空に広がった。


「……浩二(あいつ)の事気にしてるなら心配いらない。俺らが視えるの知ってるから」


「そう、だったんだ……」


 今気にしているのはそれだけではないのだが、何と切り出して良いのか分からず、ハルは一人やきもきする。


「……八木崎君が七里さんのお孫さんって、初めて知ったよ」


「そう。じゃあ今まで忍さんの弟って知らなかったんだ」


 え、と思わず聞き返してしまう。

二人はすっかり親戚だと思い込んでしまっていた。


「八木崎君が、忍さんの……弟さん? でも名字が……」


「別に、よくある話でしょ」


「そっ、か……」


 それもそうだと、その可能性をすぐに察せなかった事を恥じる。

ハルは竜太に何を話すべきかと頭を捻り、後輪から滴り落ちるヘドロを眺めた。


「……八木崎君は視える人なの?」


「全然」


「えっと、竜太君と、仲、悪いの?」


「良く見えるならどうかしてる。っていうか、何で俺の質問誤魔化してんの?」


 彼はなかなか自転車の話に触れない彼女に苛立っているようだ。

もう怪異に巻き込みたくないと思った矢先にこれとはついていない。

ハルは観念してヘドロの老人に掴まれて転んだのだと白状した。


「……なるほど。じゃあこれはハルさんにちょっかい出そうとしたけど、上手くいかなかった腹いせかな」


「そう、なの?」


「御守り持ってて良かったね」


 そういえば、と御守りの存在を思い出す。

忍の赤い御守りはスマホに新しくつけ直していた。

あの時の静電気は御守りによるものだったのかもしれないと思い至り、彼女は深く忍に感謝した。

丁度話が落ち着いた所で八木崎が店から顔を出す。


「おらよ、雑巾」


 いきなり布を投げ寄越され、わたわたとキャッチする。

嫌々ながらにサドルを拭くがあまり綺麗に拭き取ることは出来なかった。

それを見越していた八木崎がビニール袋をサドルに被せる。


「とりあえず今日はこれで押して(けぇ)れ」


「あ、ありがとう。本当に助かったよ、色々と……」


 ハルが丁寧に頭を下げていると、ガタンと音が響いた。

まさかと思い慌てて顔を上げた先には、すでに自転車を押して歩き出している竜太の後ろ姿があった。


「え、あ、待って!」


 引きつる傷口を庇いながら慌てて竜太の後を追う。

彼はハルには目もくれず八木崎を一瞥した。


「じゃあね、浩二」


「あ゛ぁ? もう来んなチビ」


 互いに睨み合ってから別れるというピリピリした空気に、ハルは最後まで言葉を挟む事が出来なかった。


(犬猿の仲って、こういう事を言うんだろうなぁ)


 ガコンガコンと変な音を立てながら、竜太は後輪を浮かせるように自転車を押す。

今声をかけても大丈夫なのだろうか──ハルはおそるおそる声をかける。


「あの、私本当に大丈夫だから……自転車、返して?」


「やだ」


 取りつく島もない。

彼の機嫌はそう簡単に直らないようだ。


(そういえば私、竜太君の機嫌損ねてばっかりで、喜んで貰えるような事って鏡の時以外何も出来てないんだよなぁ……)


 一人自己嫌悪に陥っていると、小さな舌打ちと共に気まずい沈黙が破られる。


「あいつ、俺の事嫌ってるから俺が嫌がる事をしてくる」


「そ、そう、なんだ」


「……でも、根は良い奴。ハルさんが本気で嫌がる事はしない筈だから、そこは心配いらない」


「……うん」


 仲が悪いという割に、彼なりに八木崎のフォローをしているらしい。

二人の関係性がよく分からず下手に踏み込む事が出来ない。

ハルは結局、竜太に祖父の話を言い出せずにその日を終えた。



 ちなみに遠方の塾は夜道が物騒だという理由で取り止めとなり、自宅近くの小さな私塾に通う事になった。

勉強面での不安は残るが死ぬ気で頑張るしかない。

その為、ハルが夜にあの用水路の道を一人で通る心配は無くなったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かにはっきりとこのような形の悪意が転がってるとは言えないかもしれないですね。でも形の変わった「似たもの」は結構たくさん待ち構えているように思えますよ。気をつけたいものですね。 [一言] …
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