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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
十二章、怪奇な日常

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2、違う

「ごめん、お待たせ」


「平気平気。席行こうぜ」


 にこやかにカフェラテを差し出す彼に先程の不気味な話をして水を差すのも気が引ける。

ハルは大人しく礼を言って飲み物を受け取った。


(ちょっと変わった人位、よくいるよね。……さっきの事は忘れよう)


 折角の映画だ。

気を取り直して楽しまねば勿体ない。

二人は雑談をしながら座席に座った。

席は半分以上空いており、二人は丁度中央の通路から一番前という鑑賞しやすい席だった。

薄暗い中、ハルは右隣の桜木に小声で話しかける。


「面白いと良いね」


「どーだろな、公開したばっかなのに空席多いのが気になっけど」


 声をひそめる彼が新鮮で、ハルはどぎまぎしたのを気取られないよう姿勢を正す。

映画は中々に面白い内容だった。


(ハズレじゃなくて良かった。桜木君も笑ってるし……)


 たまに横目で見た時の彼は笑ったり涙ぐんだりと忙しそうである。

楽しんでいるようで何よりだと安心し、ハルもスクリーンに集中した。



 映画本編が終わり、クレジットが流れる。

ハルは映画を見終えた余韻に浸りながら、すっかり冷めきったカフェラテの残りを飲み干した。


(あぁ、終わっちゃった……久しぶりに沢山笑った気がする)


 シアター内にうっすらと明りが点く。

席を立った人がぞろぞろと出口へと向かいだし、ハルはぼんやりと人混みが減るのを待とうとした。

ところが桜木はバッと立ち上がると「早く行こうぜ、宮原」と空になったハルの飲み物を持った。


「あ、う、うん」


「ほら、行くぞ」


 急き立てられるように腕を引っ張り上げられ、困惑しながら席を立つ。

ハルは強引に背中を押されながら慌ただしくその場を離れた。


「桜木君、どうしたの? 何かあった……んだよね?」


 シアターを出てすぐ、ほぼ確信に近い質問をする。

桜木はコクリと頷くとそれとなく背後を見回した。

恐れる物が見当たらなかったのか、彼は大きく息を吐いて空のコップを回収BOXに入れる。


「さっき俺の隣に座ってた奴がさ、エンディングに入った途端、急に変なこと呟き始めてよ」


「変なこと?」


 桜木の隣にはどんな人が座っていたかなど、全く記憶に無い。

二人は劇場を出てすぐ横にある物販コーナーの前で立ち止まった。


「なんか、ひたすら『違う違う間違いだ』みたいな事繰り返してて、すげぇ気味悪かった」


「え……」


 上映前のトイレの出来事を思い出してしまい、不気味さに拍車がかかる。


「しかも、チラッと見たら、そいつ首だけ俺の方向いて喋ってたんだぜ!? もう心臓止まるかと思った」


(それは、怖い……!)


 ハルもトイレでの出来事を打ち明けようと顔を引きつらせた。


「実は私も、トイレに行った時、同じような事繰り返してる人が隣だったよ。先に出ちゃったから顔は見なかったけど、同じ人なんじゃないかな」


 もしあの個室内でハルの方を向いて呟いていたのだとしたら……などと嫌な想像をしてしまう。

ハルが両腕を擦っていると、桜木は「え?」と青ざめた。


「俺の隣の席の奴、かなりのおっさんだったんだけど……」


「え、若い女の人じゃないの……?」


 まさか似たような事を繰り返す人物が偶然居合わせたとでもいうのだろうか。


(親子……なんて事はないか)


 うすら寒さを誤魔化すように、二人は物販でも覗こうかと乾いた笑いを浮かべた。


 小さな売場にはパンフレットや映画のグッズが所狭しと並んでいる。

すれ違うのもきつい店内には四人の中学生位の女の子が固まっていた。

彼女達はキャッキャと好きな映画のグッズを手にはしゃいでいる。


(邪魔だなぁ。これじゃ通れない……)


 隣の棚に回り込もうにも後ろには他の客がつかえている。

少し考えてから、桜木はハルの手首を掴み「すみません、後ろ通ります」と強引に彼女達の後ろを抜けようとした。


(わっ)


 驚いたハルは足をもつれさせる。

彼女達は「あ、ごめんなさぁい」と少しだけ道を譲り、再びキャッキャと騒ぎだした。

無事に通り抜けた二人だったが後につかえていた客は通れなかったらしい。

その客は苛立ったように道を変えて行ってしまった。


「邪魔だって気付かねぇんかな、あぁいうの」


 呆れたような口ぶりの桜木に、ハルは恐る恐る掴まれた右腕を揺らす。


「あ、あの、これ、てて、手が、あの……」


「あー……悪ぃ。嫌だったか?」


 桜木はしょんぼりと手を離すと決まり悪そうに頭を掻いた。

ハルは大慌てで首を振る。


「や、違っ、びっビックリしてっ、や、嫌だとかじゃなくてっ」


「ははっ、テンパりすぎだろーそれ」


 噛みまくる彼女がよほど可笑しかったのか、桜木は機嫌良さげに近くの商品を手に取る。


「……こーゆーの、ノリで買っちまっても、後で要らなかったって後悔すんだよなぁ」


「う、うん。分かる……」


(あぁもう! 桜木君は私が通れるように引っ張ってくれただけなのに、私一人で照れちゃって、恥ずかしい……!)


 まだ騒がしい心臓の辺りをギュッと押さえ、彼にならい商品棚を覗き込む。

棚には先程観た映画のメモ帳やらステッカーが所狭しと並んでいる。

適当に物色していると先程の四人組が近付いてきた。


 ハル達は道を譲ってそっと棚に身を寄せる。

彼女達は相変わらず騒がしく二人の横を通り抜けていく。


 突然、最後尾にいた四人目の女の子がハルと桜木の方にキッと顔を向けてきた。

何故睨まれるのかと思う暇もなく彼女は薄い唇を開く。


「だから違うの違うと言ってるのこんなの違うから間違いなのですそうです違うんだよ何故か違うと思ってたら違ったの全部違う間違いなの」


「……!?」


 ハルと桜木はギクリとしたまま固まる。

その女子中学生は二人の横を通り過ぎるとなに食わぬ顔で他の友人達の話に加わり、物販コーナーを出て行ってしまった。


「なんっ、だよ今の! 怖ぇ!」


 桜木が拳を握りしめて叫ぶ。

ハルは混乱しながらも去り行く彼女達を目で追った。

すぐに見えなくなってしまったが、先程の一瞬以外は至って普通の女の子だったように見えた。


(何なの? さっきから……何か、変)


 もしかしたら、映画館(この場所)に何か問題があるのかもしれない。

ならば長居は無用である。

桜木も同じ事を思ったのか「もうここ出ようぜ」とハルの背を軽く押した。


 二人は映画の感想でも話そうとフードコートに立ち寄る。

先程の体験については互いに触れず、二人は恐怖を押し隠した不自然な明るさで会話を盛り上げた。


「そうだ、なんか食う?」


「あ、ごめん。晩御飯食べられなくなっちゃうから……」


「了~解。んじゃ飲み物でも買うか」


 嫌な顔一つせず立ち上がる彼に続き、ハルも財布とスマホを持って立ち上がる。


(なんか、緊張するけど、楽しい……かも?)


 桜木は常にハルのペースに合わせようと気を遣ってくれていた。


(優しいよなぁ、桜木君)


 そんな彼に嫌な思いをさせてはならない。

ハルは気を引き締めて桜木の隣を歩いた。

適当な店に並び、飲み物を注文する。


「ホットレモネードとー……」


「ホットココア下さい」


 研修中のバッジを付けた店員が満面の笑みで会計を済ませ、横にいた先輩らしき店員が「少々お待ちください」と飲み物を入れ始める。

ざわざわとフードコート内は騒がしい。

ハル達はまた映画の話に戻り、雰囲気は大分穏やかなものになっていた。


「だぁから、違うって!」


 背後で響いた大声に心臓が縮み上がる。

振り返るとすぐ傍の席にいた男子高校生達がふざけあっていた。


(何だ。ただの会話か……)


 隣を見上げれば恥ずかしそうに頬を掻いている桜木と目が合った。

彼も相当驚いたらしい。

思わず微笑み合っている間に、店員が「お待たせしました~ぁ!」と飲み物をカウンターに置いた。

二人が飲み物を受け取ると、先輩店員が研修店員に小声で注意をする。


「お待たせ致しました、ね。伸ばさない」


「はいっ! お待たせ致しましたっ!」


 ハツラツとしている店員に和み、ハルはクスリと笑ってしまった。

先輩店員も苦笑しながら口を開く。


「ありがとうございました、も忘れてる」


「あ! すみません! ありがとうございましたっ!」


「そう。それと、まだあるでしょ? ほら、」


 先輩店員がペコリと頭を下げる。


「ちゃんと頭を下げてまたお越し違うんです違ったんです違うと言ったのに違ったのちがうって思ったのに全部違ってて間違いなのに……」


 二人は飲み物を握ったままその場を駆け出した。

席まで戻って鞄を掴み、振り返らずにフードコートを飛び出す。


「何っなんだよ! さっきから!」


「わ、分かんない……!」


 もうこのショッピングモール自体に居たくない。

二人は息も絶え絶えにショッピングモールを後にする。

何が何だか分からないが、あの店員は間違いなく生きている人間であった。


「くそ、訳わっかんねぇ。……なぁ、宮原。このまま一人で帰すのも心配だし、家まで送るわ」


「で、でも……」


 桜木の顔色が悪いのが暗がりの中でもはっきりと分かる。

有りがたい申し出ではあったが、意外と怖がりの彼に無理をさせる訳にはいかない。

ハルは丁重に断り、ビクビクと怯えながら一人帰宅するのだった。


(もう、何でいつもこうなるかなぁ……)


 果たして運が悪いのはハルなのか、桜木なのか──


 それからしばらくの間「違う」というキーワードに敏感になる二人だったが、その後似たような現象に遭遇する事はなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何度も鳥肌が立つ程、怖くて面白かったです! 自分も「違う」っていうワードが頭から離れなくなりそうです。
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