1、お節介
リナが意識不明になってから一週間以上が経過した。
原因不明という事もあり学年内でも動揺の声が広がる。
中でもリナと最も親しかった志木の落ち込みようは酷かった。
始めの頃、志木は見舞いに行こうとハルを含む友人達を引き連れ病院へと赴いた。
ところがリナの母親に「二度と来ないで欲しい」と門前払いをされてしまったのだ。
ハルもその場に居合わせたのだが、もう会いたくないと思う位には嫌な印象の母親だった。
人懐っこかったリナとは真逆の、他者を拒絶する態度と言動。
眠ったままの娘を恥ずかしげもなく邪険にする当り、リナの育った環境の悪さはハル達の想像の及ばない物だったのだろう。
何度足を運んでもリナには会わせて貰えない。
いつの間にかクラス内では「宮町リナの事には触れない」という暗黙の了解のようなものが出来上がっていた。
(……リナちゃん……)
あまり表情には出ないハルも相当塞ぎこんでしまった。
いつも人目を憚らず駆け寄ってくる桜木ですらかける言葉を失った程である。
何日経っても暗い影を落とすハルに喝を入れたのは八木崎だった。
英語の授業中、彼は教科書を忘れたから見せろと要求してきた。
休み時間に他のクラスから借りてくれば良かったのにと文句を言う間もなく、彼は机を寄せてくる。
ボウリングの一件以来、彼はハルの中で「不思議なお隣さん」から「苦手な人」に降格していた。
渋々机を寄せ合うと、彼は黒板に目を向けながら彼女にしか聞こえない小声で呟く。
「いつまでもウジウジしてんじゃねぇ」
「……うん……」
ハルは気のない返事しか返さない。
八木崎はノートの端に乱雑な文字を書き込むとペン先で指し示した。
──お前が凹んだって宮町が戻る訳じゃねぇ
慣れないやり取りにヒヤヒヤしながら、ハルも教科書の端に薄く書き込む。
──わかってる
正直、何も知らない人物にとやかく言われたくはない。
大きなお世話だと顔を背けるが、彼はまた何かを書いてノートを叩いた。
──ならいつまでも落ち込んでんじゃねぇよウゼェ
(ウザいなら、放っといてよ!)
もう無視しようと決めて授業に戻る。
しかし彼は筆談を終わらせる気はないらしい。
無理矢理見せつけられた一文を読んだ彼女は目を見開く。
──宮原が思うほど、宮町は良い奴じゃねぇ
(……どういう意味……?)
八木崎の顔を見ると、その目は僅かに迷うように揺れていた。
──宮原の鞄に髪の毛入れた犯人が宮町だっつったら、お前は信じるか?
「……!」
言いたい事を伝えられて満足したらしく、彼は何事もなかったかのように板書を始める。
その後ハルは英文を読むよう教師に指名されてしまい、返事が出来ないまま授業は終わってしまった。
チャイムが鳴り教室がざわめき出すと二人は静かに机を離した。
「……リナちゃんがやった所、見てたの?」
「まぁな。……あんま驚かねぇって事ぁ、知ってたんか」
「最近……知った」
彼が以前言っていた忠告はリナの事だったのかと合点が行き、気遣われていた事を初めて知った。
幾分か態度を軟化させたハルに対し、八木崎は刺すような視線を送る。
「許したんか」
「……どう、だろう……」
リナは最後まで後悔や謝罪めいた言葉を口にする事はなかった。
彼女のやった残酷な行いは無かった事には出来ないし、許す許さないはハルが決めるものではない。
だがそれを何も知らない八木崎に話すつもりもなかった。
「とにかくよ。いつまでも隣でジメっつかれんのは迷惑なんだよ。これ以上落ち込むんなら桜木にでも慰めて貰え」
またこの流れになるのかとハルは語気を強める。
「だから、何でそこで桜木君が……!」
「俺が何だって?」
ググッと言葉を呑み込みゆっくり顔を上げると、桜木が不思議そうな顔をして立っていた。
八木崎はニヤリと悪どい笑みを浮かべて立ち上がり、桜木の肩に手を回す。
「は!? おい、何だよ八木崎!」
八木崎は「声うるっせぇよ」と桜木にボディーブローを入れて教室の隅へと引っ張っていく。
(もう、何なの、一体……)
なにやらヒソヒソと耳打ちしている二人の様子が不快で、ハルは彼らを無視して教科書をしまった。
すぐに戻ってきた八木崎はいつものように机に突っ伏してしまう。
桜木はハルの元へギクシャクしながら戻って来た。
「あのよ……今度部活ない日に、良かったら映画とか行かねぇ? ほ、ほら、たまには気分転換にさ!」
「…………はぇ?」
「はい?」と「え?」が混ざった変な返事が出てしまった。
桜木はそれを馬鹿にするでもなく照れ笑いを浮かべている。
どことなく浦が北本を誘った時に似ている空気を感じ取り、ハルは動揺のあまり「何人で?」と墓穴を掘ってしまった。
「え!? えぇっと、決めてねぇ、けど……北本達も呼ぶ、か?」
「そそ、そっか。そう、だね。うん」
クラスの誰かが「そこは二人じゃないのかよ」と突っ込んだのが聞こえた。
その上北本まで「皆予定があるから不参加だよねぇ」とその場で言い放つではないか。
周囲が聞き耳を立てていると知り、あまりの恥ずかしさに逃げ出したくなる。
余計な世話を焼かれたとしか思えないが文句を言える立場でもない。
結局ハルは明後日の放課後に、桜木と二人だけで映画に行く事が決まってしまった。
(何か、桜木君の様子、変だ。あれじゃまるでデートのお誘いみたいだったし……)
つい買い物に出掛けた時の気まずさを思い出してしまう。
そんな筈はないと自分に言い聞かせ、彼女は両頬を強めに叩いた。
(八木崎君、一体桜木君に何を言ったの……?)
次の授業の始まりを告げるチャイムが鳴り、周囲の意識がハル達から逸れる。
隣を軽く睨むと、八木崎は口元を覆って笑顔を隠していた。
約束の日の放課後。
ハルと桜木はHRが終わると同時に教室から追い出されてしまう。
クラスメイトの謎の一致団結が少し怖い。
前にも似たような事をされたと思いながら、二人は気まずくショッピングモールに向かった。
映画館はショッピングモールの施設内にある。
「な、何か皆、勘違いしてる、よね」
「お、おぅ」
(そういえば、気分転換って言ってたっけ。……私、桜木君に心配かけちゃってたんだなぁ……)
こうして考えてみると八木崎の苦言は重要だったのかもしれない。
(確かに、いつまでも落ち込んで周りに迷惑かけてちゃ駄目だよね。……ちょっと反省)
「桜木君。励まそうとしてくれて、ありがとうね」
「……おぉ。つっても、まだなんもしてねぇけどな」
ニカッと笑う桜木の笑顔が眩しい。
直視できず目を伏せると、彼もまた緊張した面持ちに戻ってしまう。
もうじき十二月だというのに何故か体が熱い。
二人の顔は誰の目から見ても赤かった。
(最近の桜木君、二人だけだとあんまり喋らないから、間が持てないんだよなぁ)
何を観るかという相談で話を繋ぎながら映画館に到着する。
平日の割には客足が多いようだ。
「人気の奴は満席ばっかだなぁ。ちゃんと調べときゃ良かった」
「……だね。でも私、怖いの以外なら何でも良いよ」
「俺らホラーは間に合ってるもんなぁ」
「ふふ、確かに」
やっと緊張が解れ始めた二人は上映スケジュールを見る。
何故か決まったのは「愛しい君の頭に咲く花」というB級感漂う和製SF恋愛アクション映画だった。
その場のノリというのはよく分からない物である。
ハルとしては映画云々よりも、桜木とまた普通に話せるようになった事の方が喜ばしかった。
入場したは良いが上映まではまだ時間がある。
飲み物を買うという桜木と一旦分かれ、トイレへと向かう。
(良かった、空いてる)
タイミングが良かったのかトイレは半分程空いていた。
まだ新しい、明るく綺麗なトイレだ。
適当に選んだ個室に入ると左隣の個室からボソボソと小さな声が聞こえてきた。
(電話かな?)
始めこそ深く考えずにいたハルだったが、何かがおかしい。
その声は若い女性のもので、ひたすら同じような言葉を繰り返していた。
(何て言ってるんだろ……?)
少し集中すればその声は簡単に聞き取る事が出来た。
「絶対に違うの何かの間違い違うと思ってたら違ったのはい違います違いました間違ってたの本当に違うと思ってたのにこんなの違う何故か違うの絶対おかしい違うの間違いなのに……」
(やだ、何? ちょっと、怖い……)
さっさと用を済まし個室を出る。
小さな声は水の流れる音で聞こえなくなったが、鉢合わせるのも気持ちが悪い。
ハルは急いで手を洗い、足早に桜木の元へと向かった。
作中にあった映画タイトルは、同作者による別作品がモデルです。
「愛しい君の頭に咲く花」
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完結済みの短い連載で、マルチエンディング形式となっております。
ご興味のある方は是非。(唐突なダイマ)
尚、ハル達が観る映画の内容と全く同じとは限りませんのでご了承下さい。