6、裏側
後味の悪い幕引きだった。
正直この結末は竜太にとっては想定の範囲内であったが、それでも思っていた以上に気分は落ち込んだ。
(参ったな……俺でこれじゃあ、ハルさんはもっとしんどいはず)
呪い騒ぎが解決したのは喜ばしい事の筈である。
それではこの喪失感は何なのかと、竜太は自身の感情を持て余す。
呪いを行っている人物はどんな奴なのか──
自分よりも一枚上手なこの犯人は、一体誰なのか──
いつからか竜太は呪い騒ぎの犯人を敵と見なすと同時に、好敵手にも似た感情を抱いていた。
それが蓋を開けてみれば、一方的な片思いと嫉妬心を拗らせた、身勝手極まりないただの女子高生であった。
がっかりした、と言うと語弊はあるが、彼は限りなくそれに近い感情を抱く。
(何にせよ、もっとちゃんとした形でケリをつけたかったかな)
竜太は一人、図書館の裏にあるベンチで頭を冷やす。
茫然自失のハルを送り届けた彼はすぐにここを訪れた。
通りから死角になっているこの場所は日陰なのでかなり冷えるが、人目を気にする事なく過ごせる絶好の穴場である。
(ハルさんのあの様子じゃ、しばらく引きずるだろうな)
先程見た絶望したようなハルの顔が何度も頭をよぎり、苛立ちばかりが募る。
友人に裏切られ、その友人は反省も謝罪の言葉もなく目の前で居なくなったのだから無理もない。
どうしようも無かったとはいえ、彼は柄にもなく、リナも救う道があったのではないかと不毛な事を考えていた。
(……いや、無理だ。俺にはそこまでの力も頭もない)
源一郎の言葉がじわりじわりと浮かんでは消える。
──ハルは泣き虫だけど優しい良い子だべ。
──竜太は気ぃ短ぇし口悪ぃかんなぁ、もし会ったら泣かせんなよ。
(そういや、泣かなかったな。後で泣くかもだけど、別に俺が泣かした訳じゃないし)
誰に言い訳するでもなく、彼は足を揺すりながらスマホを取り出した。
もうじき十二時になる。
竜太は相手の都合などお構いなしに電話をかけた。
長いコール音の後、掠れた低い声が聞こえてくる。
──あ゛ぁ? 何時だと思ってんだ!?
「もう昼だよ、忍さん」
明らかに寝起きの忍は不機嫌さ全開で「用件は?」と電話口で欠伸をした。
「犯人、見つけた。さっき自滅して、自分の呪いに呑み込まれてった」
淡々と話す竜太の言葉に対して、忍は聞いているのかいないのか微妙な反応しか示さない。
相手の反応を気にせず、竜太は先程のリナとのやり取りを簡潔に説明した。
「で、質問。どうして最後に、忍さんに預けてた筈の人形が現れたの? なんか助けてくれたっぽいけど、おかしくない?」
それまで黙っていた忍が「あー……はいはい」と気の抜けた返事をする。
まるで慎重に言葉を選んでいるのを誤魔化しているようだ。
──あの呪具にされかけた人形本体は、もう存在してない。所謂『然るべき処置』ってのをしたんス。『邪気』が取っ払われた後の綺麗になったソレ……まぁ魂とか、心とか、そういう概念の行く先は、ホントの所、俺達も知ったこっちゃないんで、
「長い。もっと簡単に言って」
教えて貰う立場とは思えない物言いに、忍は怒りを押し殺した様子で更にかみ砕いて答える。
──……浄化した人形の魂はもう自由の身なんで、そいつのする事なんて知んねって話。
「自由? 除霊だの浄霊だのとは違うの?」
──俺、霊媒師じゃないスから。ぶっちゃけあの世だの生まれ変わりだのも信じてないし。
「ふーん?」
いまいち納得いかないが、ハルに向かって頭を下げたあの化け物からは確かに嫌な気配はしなかった。
とりあえず今はあの人形女を信じて邪悪な灰色の怪物が戻ってこない事を祈るしかない。
これ以上は何の情報も得られないだろう。
竜太はあっさり話題を変える。
「そういや、忍さんは三年前に会った女の子の事、覚えてるの?」
──……その犯人の子が言ってたお兄さんが俺とは限んねぇだろ。
「あんな強い御守り渡すお兄さんがそう何人もいたら怖いんだけど」
軽口を叩く竜太だったが、忍がその質問に答える事はなかった。
それが答えなのだろう。
──まぁ、俺としては二人が危ない目にあう心配の種が減って良かったスよ。
「……別に心配はいらない」
ツンとした口調にはいつもの鋭さがない。
忍はやれやれと電話の向こうで苦笑いを浮かべる。
──珍しく落ち込んでるくせにか。ナイーブっスか。励まし待ちスか?
「落ち込んでんのはハルさんなんだけど」
間髪を入れず言い切る素直じゃない少年に、忍は我慢しきれず大笑いした。
「何笑ってんの」と怒気をはらんだ拗ねた声は、いつもの竜太らしいぶっきらぼうに戻っている。
──じゃあアドバイスしてやるよ。まず、落ち込んでる女の子に理屈っぽく接しちゃ駄目スよ。優しく、ジッと、気長に、優しく、とにかくそっと接しないと、嫌われるっスよ。
「俺どんだけ短気で意地悪いと思われてんの」
すっかり不貞腐れた竜太は「もういい」と通話を切ろうとする。
いい加減スマホを持つ手がかじかんできていた。
しかし忍は「まぁ待て待て」と慌てて言葉を続け、切ることを許さない。
──ぶっちゃけ宮原のじいさんは、竜太にそんな無理させてまで、ハルちゃんを任せようだなんて思ってねぇっスよ。
いつになく真面目な声で話す忍に、竜太は「知ってる」と雑に吐き捨てた。
説教が始まる予感がした彼はすっくとベンチから立ち上がる。
──知ってんならお前、もうあんま危ない事には首突っ込むなよ。怪異が近付いて来るのは、似た奴や縋れそうな奴だけじゃない。望む者にも近付いてくる。今回だって、
「……今更宮原のじいさんが約束無しにしたとしても、俺は今まで通りやりたいようにやるだけ。ハルさんを嫌いにでもならない限りは、助けるって決めてるから」
あまりにきっぱりと言い切る彼の頑固さは本物である。
「そうスか」と呆れ果てる忍のそれ以上の反応は待たず、竜太は今度こそ通話を切った。
(忍さん、心配しすぎ。つーか、寒……)
少し軽くなった心には気付かない振りをして、彼は昼食を買いにコンビニへと向かうのだった。