3、御守り
ハルが試験に追われている一方、竜太は京都の地を訪れていた。
中学校生活における最大級の花形行事、修学旅行である。
「おい天沼! あっちに舞妓さんがいたってよ! 早く行こーぜ!」
「……それ本物? 一人で勝手に行けば」
多くの同級生が初めての京都観光に浮かれているが、彼が自分のペースを崩す事はない。
周囲の目にはつまらなそうに映っていたが、彼は彼なりにこの修学旅行を満喫していた。
(やっぱり、視えない)
地元を離れ、改めて自分は特別でも何でもない一般人だと自覚する。
(気楽なのは良いけど、慣れないな)
久しぶりに見る「普通」の光景は彼に安心と不安の両方を与えた。
視えない事がこれほど気楽なら、視えてしまう若者が世与を離れて行くのも頷ける。
しかし彼自身はそうしたいとは思えなかった。
むしろ視えなくなる事である種のアイデンティティーの喪失すら感じていた。
(多分、俺は世与から離れられないんだろうな)
修学旅行生や外国人観光客でごった返す寺院を練り歩き、京の空を見上げる。
気持ちの良い秋晴れだ。
特に行きたい場所の無かった彼は、ただ班員や友人の決めた場所に付いていくだけである。
(……ここは長く居たくない。平和すぎ。早く帰らないと、勘が鈍る)
平穏より刺激を求める所が普通らしからぬ考え方だと彼は気付いていない。
「天沼ってさぁ、全っ然買い物しねぇのな」
ある神社の社務所の前で、御守りを選んでいた友人の一人が竜太に話しかける。
「お前は買いすぎ。それと御守り、別の所でも受け取ってたよね。まだ欲しいの?」
竜太の冷たい態度を気にするでもなく、友人は「いやぁ、家族とか後輩のお土産的な?」とヘラヘラ笑った。
家族の土産など饅頭一箱でもあれば義理立ては充分と考えている彼には理解できない感覚である。
もし買うにしても、七里や親しくしている老人達に配るお菓子位だろう。
──と、そこまで考えた所で、酷く怯えたハルの顔が彼の頭に浮かんだ。
学園祭以降、呪いの話を告げない方が良かったのではという思いが彼の中で燻っていた。
しかし、あまりに危機感のないハルを放置する訳にもいかず、教えたのは仕方のない事だったと自分に言い聞かせながら今日に至る。
(でも、あれは必要以上にビビりすぎ)
源一郎が生前言っていた「ハルはちっと気が小せぇ」の言葉を思い出す。
どこが「ちっと」だ、とため息を吐く竜太を社務所から戻ってきた友人が不思議そうに見下ろした。
「そーいや、何で恋愛成就の御守りって種類が多いんだろうなぁ。ここだってほら、学業の御守りとか、一種類しか無いのに……」
「需要が高いからだろ」
「そっか!」
簡単に納得する友人を無視し、竜太はフラリと社務所に向かう。
色とりどりの御守りや御札に目がちらつき、彼は目を細めた。
(別に御守りなら七里の孫から貰った奴が効くしな……)
そういえば最近は会っていなかったと気付き、竜太は仕方なく眼前に並ぶ御守りを注視する。
「厄除け御守」と黄色い糸で刺繍された淡い桃色の御守りが、何となく目に付いた。
彼はほんの気まぐれでそれを巫女さんに指し示す。
「ようこそのお参りでした」と、言われ慣れない言葉と共に授与された御守りを鞄にしまった。
「天沼、随分可愛いの買ったんだね」
投げ落とされたソプラノの声に、竜太はあからさまに嫌な顔をもち上げる。
視線の先には黒いロングヘアーをなびかせた背の高い同級生が立っていた。
彼女は鏡事件の際、ハルと接触した女子生徒である。
「御守りは買うとは言わない」という言葉を呑み込み、竜太は彼女に背を向けた。
「別に、土産」
足早にその場を発つ竜太だったが、彼女はすぐ後ろを付いてくる。
同じ班なので「来るな」とも言えず、黙って先程の友人を探す。
「……噂の彼女にあげんの?」
「彼女いない」
「だろうね。……天沼のくせに、噂が立つとかマジ意味不なんだけど~」
竜太は昔から、この一般的には美少女といえる彼女が苦手だった。
どこか小馬鹿にしたような彼女の口振りが腹立たしく、彼は出来る限りつれなく当たる。
「戸田には関係ない」
「そりゃそうだけど、噂になった相手の人が可哀想だって言ってんの! この、チビ!」
中学生には見えないスタイル抜群の彼女が地団駄を踏んだ。
その姿がどうにも可笑しく、竜太は挑発するように鼻で笑う。
「その人は噂なんて知らないだろうし、気にしないと思う」
「そっ、そんなの、分かんないじゃん……」
言い淀む彼女に疑問を抱きつつ、竜太は言葉を続ける。
「それに、今はハルさんと大して変わらないから、そこまでチビじゃない」
成長期真っ只中にいる彼の余裕な態度に、彼女──戸田愛奈は不貞腐れたように大人しくなった。




