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8、悪意

 部活に顔を出していたクラスメイトも何人か戻ってきており、教室内はかなり賑わっている。

その中に浦の姿が無かった事にハルは少しだけ安堵した。


(それにしても、凄い大繁盛……)


 駄菓子屋コーナーではクラスメイト達が忙しなく駄菓子の詰め合わせを手渡している。

手伝おうにも既に人数は足りているようでハルが手を出す隙がない。

入り口で立ち止まるハルを置いて、竜太はさっさと展示コーナーへと行ってしまった。


(相変わらず素早いなぁ……)


 スイスイと人を掻き分ける竜太の後を慌てて追う。

駄菓子屋とは違い、展示コーナーは比較的空いていた。

彼は大抵の人が適当に流し読みする研究のまとめを真面目に読み始める。


(そんなにこれ、面白いの……?)


 もしかしたら旧世与町についての情報を得ようとしているのかもしれない。

怪異に対する彼の行動力を思い出し、言い知れぬ不安が募る。

思えばハルが彼の意図を読めた(ためし)は全くといって良いほど無い。

胸が痛んだような気がして彼女はそっと帯の辺りを押さえた。


 竜太は黙々と「世与市の人口の推移」などと誰も興味を抱かなさそうな記事を読み込んでいる。

いい加減飽きてきたと欠伸を噛みしめているとクラスメイト達からの好奇の視線を感じた。

急に気恥ずかしくなったハルは竜太から少し離れる。

そもそもずっと付き添う必要など無かったのだ。


(何でこう、男の子と一緒にいるってだけで、色々勘繰られなきゃならないんだろう……)


 気まずく教室の片隅で待機していると、突然竜太がバッと弾けるように周囲を見回した。

明らかに警戒している険しい目付きにハルは勿論、近くにいた人もギョッとする。


「ど、どうしたの?」


 駆け寄るハルには目もくれず、竜太は展示コーナーから駄菓子屋へと移動した。

彼は人目を上手く避けながら備え付けのゴミ箱に手を突っ込むと何かを掴み出す。

そしてハルが声をかける前にそれをポケットに突っ込んだ。


 それはあっという間の出来事であった。

ハルが説明を求めようとすると、彼は何も言わずに教室を出てしまう。

追うしかないと彼女は珍しく即決した。


「ご、ごめんなさい。後で手伝うから、ちょっと出てくるね」


 早口でクラスメイトに告げると「ごゆっくりー」とニヤついた笑みを浮かべられる。

それに何を思う余裕も無く、彼女は教室を飛び出した。



 警戒心剥き出しのまま竜太はズンズンと突き進む。

彼は人が少ない廊下の突き当たりを発見するとようやくそこで立ち止まった。

何度も転びそうになったハルは息を切らしながらどうしたのかと問い直す。

竜太は顔色を変えずにポケットの中身を取り出した。


「今拾ったのは、これ」


「ひっ……!」


 ズイッと眼前に突き出されたのは目を赤く塗り潰された人形の首だった。

見た目の不気味さ以上に嫌な感覚が体に纏わりつく。

人形の下半身を手にした時とよく似た気持ちの悪い感覚だった。

飛び退く彼女に構わず、竜太は無表情で人形の首を見下ろす。


 人形の髪の毛は一刀両断されており、最も短い部分は根本部分の穴まで見えていた。

短く残った明るい茶髪がハラリと人形の顔にかかる。

見るも無惨な姿にハルは声を震わせた。


「その人形って、もしかして……」


「この前ハルさんが見つけた呪具もどきの残りだろうね」


 ハルは「呪具?」と疑問符を浮かべる。

竜太は「呪いに使う道具の事」と大雑把な説明をしながら人形の首を指で転がした。


「はぁ……」


(そういえば、七里さんもそんな事を言っていたような……)


 理解が追い付いていない様子のハルに苦い顔が向けられる。


「……ハルさんは自分の置かれてる状況、分かってない」


「私の……状況?」


 何かまずいのかと彼女が怯えを見せた所で、彼は重い口を開いた。


「前に俺が閉じ込められた鏡にも、あの呪詛が書かれてた。……そして、次の日の朝には鏡の破片は誰かに持ち去られてた」


「そ、そうなの!?」


 まさかあの鏡も関係していたとは夢にも思わず、目を丸くする。

竜太は七里が使ったものと同じ半紙を取り出すと丁寧に人形の首を包み込んだ。


「……多分、一連の犯人はあの時どこかで俺とハルさんを見てたんだ。もう関わらなければ別に問題は無かっただろうけど……でも、状況が変わった」


「どういう事?」


 あの暗い橋の下で何者かに見られていたと思うとゾッとする。

怪異とは違う、人間に対する恐怖──

ハルは無意識の内に浴衣の袖を握りしめた。


「犯人は噂をばらまいて、鏡の中の男に畏怖や悪意を集めたかったんだと思う。それを呪いの道具に仕立て上げて誰かを呪おうとした。でも予定より早く俺に割られてしまって、呪具が完成しなかった」


「はぁ……」


「次に、カラスの話。犯人は小動物を撃って、呪詛を書いた矢に怨みが向くよう仕向けた。……でも、カラスの怨みが矢に募る前に、ハルさんが矢を抜いてしまった」


 あれ? と話の雲行きが怪しくなってきたのを感じ取る。

ツゥ、と冷たい汗が彼女の背中を伝った。


「……話を聞く限り、ハルさんが矢を抜いた時、犯人はそれを見ていたんだ。そして、隙をみて矢を回収した。でも、やっぱり呪具は未完成だった。……二度も同じ奴に呪いの邪魔されて、犯人はどう思っただろうね」


「わ、私、邪魔する気なんて……だって、知らなかったし……!」


 蒼白になりながら顔を覆うハルに、竜太は分かってる、と首を振る。


「……で、今回の人形の話。これは犯人がどこまでハルさんの関わりを把握しているのか分からない。でも、結果的に悪意を込めた人形は無くなってしまった訳だ。また失敗に終わって、さぞ不愉快だろうね」


「う、うん……」


 偶然もここまでくると恐ろしい。

呪いを行おうとした人物が人形を回収したのがハル達だと気付いていない事を祈るしかない。


「で、問題はここから」


「まだあるの!?」


 もはや悲鳴に近い声を上げる。

学園祭の喧騒でかき消されたが、ハルは慌てて口を抑えた。

竜太は呆れたように腕を組む。


「……鈍感……」


「え?」


「一連の犯人はこの学校に人形を隠せた人物。生徒又は教師の可能性が高い。しかも、ハルさんの教室に隠したって事は、案外ハルさんの身近な人かもしれない」


「──っ!」


 頭を殴られたような衝撃が走り、頭の中が真っ白になる。


(私の近くに、こんな事をする人が居るの……!? 何度も、呪いなんて繰り返そうとする人が……カラスを平気で殺すような、怖い人が!?)


 身近に潜む異常者に愕然としていると、竜太は自身のポケットに目を落とした。


「さっき、急に嫌な気配を感じた。多分、この首を持っていた犯人が教室に来たんだ」


「そ、そうだったの!?」


 先程教室に誰が居たかと思い出そうとしたものの、あまりに人の出入りが激しかった事を思い出して断念する。

悔しさを滲ませるハルを横目に、竜太は周囲を睨むように見回した。


「……で、犯人は、俺が居る事に気付いて、慌ててこの首を手放した。俺に特定されるのを恐れたんだと思う」


「今犯人に会っても、分からないの?」


「流石に無理。俺が反応出来たのは、この呪具もどきの嫌な気配に対してだけだから」


 想像以上に困った話になってしまった。

相手はハル達を知っているのに対し、こちらは何も分かっていないのだ。

逆恨みされている可能性が高いと知る事がこんなに恐ろしいとは思わず、ハルはか細い声を出す。


「わ、私、どうしたら、良い?」


「………………」


 長い沈黙にいよいよ泣きそうになっていると、竜太はやれやれと観念したように頭上を見上げた。


「犯人がハルさんに何かすると決まった訳じゃないし、今は様子見。相手が分からない以上、何も出来ない。とにかく今後はヤバそうな物には関わらない、近寄らないを徹底するしかない」


 どうにも心許ない対策案である。

ハルは分かりやすく落ち込んだ。

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