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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
八章、呪詛

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7、楽与祭

 七里に人形を預けてからは何だかんだと忙しく、あっという間に楽与祭(がくよさい)こと学園祭の当日を迎える事となった。

首無し女はあれ以来姿を見せていない。


(なんか、あっという間だったなぁ……)


 ハルは気もそぞろに髪をお団子に結い上げる。

今彼女が着ているのは盆踊りの時にも借りた北本の浴衣である。


 学園祭の前日になって一部の女子から「クラスの出し物が地味すぎる」と不満が出た。

その結果「クラスの出し物を担当する女子は浴衣を着る」という謎の案が可決されたのだ。

学園祭に浮かれる女子相手に「世与の歴史展示と駄菓子屋に、浴衣は関係ないのでは」などと口にする者はいない。

青地に金魚という夏らしい格好には違和感を感じるが、ハルは黙って周囲に合わせるだけだった。



「おい、宮原! 客少ねぇんだし、お前ボーッとしてねぇで客引きして来いよ」


 暇そうに立ち話をしていた浦が急にハルに指示を出す。

開店してからそれなりに時間は経っていたが、確かに客足は悪かった。


(他にも人居るのに、何で私にだけ命令する訳!?)


 今日の浦はやけに機嫌が悪い。

演劇部の公演で忙しい北本に相手にされない八つ当たりか、ハルが北本の浴衣を着ているのが面白くないのか……あるいはその両方かもしれない。

いずれにせよ彼女からしたらたまったものではない。


「じゃあアタシと宮原ちゃんで客引き、行ってきまーす!」


 不穏な空気を感じ取った友人、志木由羽子が看板とチラシを掴んでハルの手を引く。

言いたい事を飲み込んだまま、ハルはムスリとその場を離れた。




 聞こえる喧騒、あちこちから聞こえる音楽。

土足で歩けるように床に敷かれたブルーシート。

派手に並ぶ看板やポスター。

何もかもが普段の学校と違い、ハルの機嫌も少しずつ浮上していく。

二人は人通りの多い玄関付近でチラシを配る事にした。


「あ、あの、良かったら、どうぞ……」


「宮原ちゃーん、そんなんじゃお客さん来ないってー」


 チラシを配るのも一苦労なハルを見かねた志木が「チッチッチッ」と指を振る。


「こうやるんだよ。……『さー皆さん! 世与の歴史展示、見てってよー! 駄菓子の詰め合わせも売ってるよー! 懐かしい味をお一ついかがー!? 場所は二年五組、二年五組ですよー!』…………ってね」


 饒舌に声を張り上げる志木の姿に衝撃を受ける。

彼女の短髪も相まって浴衣よりもハッピが似合いそうな勢いだった。

今の感じでやってみてと言われても、すぐに「はいやります」とは言えない。


「わ、私には、ちょっと……」


 無理だとすら言いづらく、ハルはダラダラと冷や汗をかく。

「宮原ちゃんにはキツいかぁ」と笑われ、ここで初めて冗談を言われたのだと気が付いた。

どう反応したものかと迷っていると後ろから「ねぇ」と肩を叩かれる。

学校で聞く筈のないよく知る声に、ハルの心臓は大きく跳ねた。


「なん、で、ここに……?」


「居ちゃ悪いの」


 制服姿の竜太がそこにいた。

両手をポケットに入れて立つ姿からは不機嫌なオーラが滲み出ている。

志木に「弟君?」と尋ねられると、彼は目も合わせずに「違う」と即答した。


「時間、いつ空くの」


「え、えっと、」


「あ、今大丈夫、今超ヒマだったんで! ね、宮原ちゃん、ヒマだよね!」


 これは面白いとばかりに背中を叩いてくる友人に、ハルも竜太も顔をしかめる。


「……じゃあこの人、少し借ります」


「どーぞどーぞ!」


 有無を言わさぬ強引さだ。

彼が怒っているのは明白だった。

付いて来いとでもいうように視線で促され、ハルは縮みながら彼の後に続く。

二人のただならぬ様子を察知した志木が「桜木ピーンチ」と呟いていたが、ハルの耳には届かなかった。



 適当にひと気の無い場所を求めながら竜太は声をひそめる。

喧騒の中にも関わらず、彼の声は不思議とよく聞き取れた。


「人形の件、あれからどうなったか聞いてないんだけど」


「あっ……!」


 ハルはようやく自分のミスに気が付いた。

竜太に事後報告するのをすっかり忘れていたのだ。

いくら忙しかったとはいえ助けを求めておいて結果を知らせないのはあまりに失礼な話である。


「ごご、ごめんなさい! バタバタしてて、連絡忘れちゃって……」


「……謝罪は良いから、詳細」


 早く言えとばかりに冷たい目を向けられ、ハルは手にしたチラシを握りしめた。

二人は比較的人の少ない通路の一角で歩みを止める。

ハルはひたすら小さくなりながら足音の噂話から人形を入手した経緯までを説明した。


 話が始まると竜太の機嫌も通常運転に戻っていく。

駆け足気味の説明だったが彼女にしては珍しく上手く話す事が出来た。

少し満足気に息をつくハルに対し、竜太は顎に手を当てて何やら難しい顔をしている。


「……とりあえず分かった。次は何かあったらちゃんと知らせて」


「えっ、何で?」


 経験や知識の差はあれど、視えるだけなのはお互い様である。

わざわざ彼がハルを気にかける義理などない筈だ。

思わず口をついて出た彼女の疑問に、竜太は「は?」と乱暴な反応を示す。


「何、もう自分で何とか出来るようになったとでも思ってんの?」


「ちが、違うよ! だって、竜太君だって視えるだけなのに、毎回助けて貰う訳にはいかないし……危ないかも、だし。それに……」


「悪いし……」という消え入りそうな呟きを彼は聞き逃さなかった。

わざとらしい程に盛大なため息が吐かれる。


「意見はそれで全部?」


「……うん」


「言いたい事は色々あるけど、まずハルさんは人の心配じゃなくて自分の心配したら? 俺は引き際はわきまえてるつもりだし、もうあの時みたいなドジはしない」


 あの時とは鏡の時の事だろう。

まだ気にしているのかと意外がっていると、彼は少しだけ言葉を選ぶ素振りを見せた。


「……一つ、気になる事がある。ハルさん、あの文字を見た事あるって言ってたらしいけど、いつ、どこで見たの」


 何故今その話になるのか。

相変わらず突拍子のない彼に、ハルは渋々カラスの話も説明する。

カラスの霊を視た事、死骸と矢を見付けた事、矢に書かれた文字の事、矢が無くなっていた事──


 矢が無くなっていたと話した途端、竜太の顔色が変わったように見え、ハルはまずい事でも言ってしまったのかと青くなる。

しかし彼はそれ以上話には触れず、ただ不満気に口を尖らせた。


「とにかくまた何かあったら教えて。出来る範囲内で、何とかしてあげる」


「……うー、ん……」


「何その返事」


「わ、分かった、分かったよ」


 ハルの返事を聞き、ようやく少しだけ竜太の表情が和らぐ。


(もしかして、心配してわざわざ来てくれたのかな……?)


「あの、今日はそれを聞くために、来てくれたの?」


 そうだとしたら申し訳ないと頭を下げる彼女に、竜太は「そんな訳ないじゃん」と吐き捨てた。


「普通に学校見学。俺、来年ここ受けるから。ハルさんはついで」


「あぁ、なるほど……」


 彼が後輩になるとは想像もつかない。

ハルが面白がってクスクス笑うと、彼は馬鹿にされたとでも思ったのかつまらなそうに足先で壁を小突いた。


「そうだ。良かったら、ウチのクラス見ていって。ちょっと地味だけど……」


 ハルは思い出したようにチラシを一枚渡す。

断られるのを覚悟しての誘いだったのだが、予想に反して竜太は「行く」と答えた。

どうやら「世与高校周辺の歴史」という見出しに食い付いたらしい。


 草履のせいで遅い歩みにも関わらず、竜太は大人しくハルの後ろを付いてくる。

彼の前を歩くのが新鮮で、ハルは初めて自分が先輩らしい事をしていると感動した。


(っていうか竜太君、もしかして誰か探してる……?)


 どこを歩いてもザワザワと騒がしい校内を、彼は周囲を気にした様子で落ち着きなく歩いている。

ハルが自分のクラスへ辿り着くと志木の呼び込みのおかげか客が増えていた。

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