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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
八章、呪詛

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3、足音

 ここ最近の世与高校は浮き足だった空気が流れていた。

いよいよ学園祭、通称「楽与祭(がくよさい)」が三日後に控えているのだ。

それが終われば中間試験、二年生は修学旅行とビッグイベントの目白押しである。


 ハルのクラスは部活に所属している生徒が多く、部活動での出し物に時間を割きたがる者が多かった。

その為、彼女のクラスでの出し物は「世与高校周辺の歴史展示」と「駄菓子の詰め合わせ販売」という、非常に簡素な物に決定した。


 あまりにやる気の感じられない内容だが、作業人数が少ないという事は多人数での行動が苦手なハルにとっては有り難い話である。

学校全体の雰囲気に当てられたのもあり、彼女はいつになく前向きに作業に取り組んでいた。


 そんな中、妙な噂がまことしやかに囁かれ始め一部の生徒間で騒ぎとなった。


『放課後の旧校舎で遅くまで作業をしていると、誰も居ない廊下から足音が聞こえてくる』


 ハルとしては「また旧校舎か」といった感じではあったが、噂はそれだけではない。

なんとハルのクラスからも「誰も居ない教室から物音がする」だの「足音が聞こえた」だのといった話が出回り始めたのだ。


 噂が立つと学校側はすぐに「あまり遅くまで残らないように」という通達を出す。

それでもこっそり残って作業をする生徒は後を絶たない。

ただ騒ぎにさえならなければ良いらしく、教師達は黙認しているというのが現状であった。



 展示系の出し物は模擬店と比べて大掛かりな飾り付けも必要なく練習の手間もない。

遅くまで残る必要もないハルは放課後になると帰宅部のクラスメイトと共に世与の歴史を調べる作業をしていた。


「いやいや、早めに切り上げるからって油断すんなよ。宮原はすぐ変なのに巻き込まれんだから」


 噂を知って以来、桜木は度々ハルに「早く帰れ、一人になるな、すぐ帰れ」と急かすようになった。

案外心配性らしい。


「本当は送ってやれたら一番安心なんだけどよ、俺のが帰り遅ぇしなぁ」


「別に大丈夫だよ。一人で残ってる訳じゃないし」


 彼は彼でテニス部の模擬店の準備で忙しいという。

今日もクラスの出し物の準備に参加出来ず、心苦しく感じているようだった。


「じゃ、あんま遅くまで残んねぇで、なんかあったら言えよ!」


「うん、じゃあね」


 テニス部室に向かう桜木に手を振り、ハルはさて、と気合いを入れる。

今日の作業はいつもの帰宅部メンバーの他にも北本や浦といった部活に所属している生徒が参加するらしい。

帰宅部生徒を中心に各々が担当した内容の資料を広げ始める。


「いやぁ、凄い調べたんだねぇ~。今まで貢献できず申し訳ないっ」


 北本は「私も頑張るぞっ」とハルが下書きした模造紙を広げた。

ハルもマジックペンを手に取り、模造紙に清書しようとした──その時だった。


「北本、俺こっち側から書いてくからよ、北本はそっち側押さえててくれ」


 ハルは急に割り込んできた浦和正に持っていたペンをもぎ取られてしまう。

「またか」と憤慨していると、浦は「あ、宮原、写真のコピー貼るんだろ? 印刷よろ」と資料を顎でしゃくった。


(いくらなんでも身勝手すぎじゃない!?)


 今まで何もしていなかった人物に仕事を横取りされた気分である。

そもそも彼は桜木と同じテニス部員の筈だった。

恐らく北本が参加すると知って無理に顔を出したクチだろう。


 しかし彼女の性格上言い返す事も出来ない。

渋々立ち上がると、北本が「私も行くよ」と腰を浮かせた。

その隣で「空気読めよ」と言わんばかりに睨み付けている浦の目が恐ろしい。

アワアワと気まずげに手をさ迷わせる北本にハルはやんわりと断りを入れた。



(今日の作業、浦君が一緒なの、イヤだなぁ。せめて桜木君がいたらストッパーになってくれたのに……)


 浦とそこそこ親しい桜木ならば彼を上手く扱ってくれただろうと他力本願な考えを抱く。

周囲の迷惑を省みず愛に生きる浦の考え方が、ハルには全く理解出来なかった。


(そこまで人を好きになるって、どんな感じなんだろ?)


 図書室の印刷機で黙々と写真を拡大コピーする。

ウィーンと吐き出される紙を見下ろし、自分はまだ恋愛とは程遠い子供なのだと肩をすくめた。




(よし、終わった。戻ろう)


 ハルは印刷物を軽く整え、図書室を後にする。

あまり早く戻っても浦の機嫌を損ねるかもしれないが一々気にしていても仕方がない。

彼の事は割り切る事にして普通に教室へと向かう。


 図書室は二階にあり、ハル達の教室は三階にある。

階段を登っている途中、ふとハルの足が止まった。

ハル自身なぜ立ち止まったのか分からない。

あと数段で登りきるという所で、しかも右足を一段上にかけたまま彼女は固まった。


(何? この嫌な感覚……)


 本能的に息を潜める。

何事かと焦る彼女の耳に小さな音が届いた。


 カツーン、カツーン……


 ハイヒールの靴音だった。

すぐに噂話を思い出すが、ここは旧校舎ではない。

恐怖より困惑の方が大きい。


(やだ、何!? 急に、寒い……!)


 突如として押し寄せる寒気に震え上がる。

ハルがそのまま動けずにいると、足音は徐々に近付いてきた。


 カツーン、カツーン、カツーン……


 どうやらハルがいる階段を登った先の廊下を歩いているらしい。

足音は廊下の右側から聞こえている。

奇妙な事に足音以外の一切の音が聞こえない。


 カツーン、カツーン、カツーン……


「──っ!」


 足音の主がハルの前を通過していく。

それは女の下半身だった。

腰から上は何もない。

水色のフレアスカート姿で、素足に白いハイヒールを履いている。


 異様なのはそれだけに留まらなかった。

とにかく足の皮膚感がおかしいのだ。

肌色ではあるがやけに光沢があり、関節もツルリとしている。

まるでマネキンの足が動いているように見えた。


(人の(オバケ)じゃ、ない……!?)


 声も出せずにギュッと手すりを握りしめる。

彼女の位置からは腰の断面がどうなっているのか分からなかったが、見えなくて正解だっただろう。


 カツーン、カツーン……


 下半身はハルに気付かなかったのか、真っ直ぐ歩いて行ってしまった。

遠ざかる足音と共に校内のざわめきが戻り始める。

ハルはズルリと手すりにもたれ掛かった。


(今のは一体何!? 気持ち悪い!)


 ()()は彼女が今まで視てきたモノ達とは明らかに異彩を放っていた。

人間のような意思も動物的な本能も何も感じられない、無機物じみた化け物──

遅れてやって来た恐怖に膝が震えて力が入らない。


(どうしよう……)


 ハルのクラスは下半身が向かって行った先にある。

ほとぼりが冷めるまでの間、彼女はなかなか教室に戻る事が出来なかった。

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