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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
八章、呪詛

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2、カラス

動物の死の描写があります。

苦手な方はご注意下さい。

 本日はDVDの返却日だった。

日が暮れる前に思い出せて良かったとヒヤヒヤしながら、ハルはレンタルショップへと赴く。

借りる時はそうでもないのに、何故返却する時はこうも億劫なのか。

不思議がりながら店内を物色するもめぼしい物は見当たらない。

結局彼女は手ぶらで店を後にした。


 お姫ちゃんの一件から数日が経っていたが、あの日以降は何の変哲もない平和な日常が続いていた。



 川に架かる橋が見えてくると、ハルは少し身を強ばらせる。

ここは赤い服の女といい鏡の事件といい、あまり良い思い出のない場所だった。

しかし心配は杞憂に終わり、何事もなく橋を渡り終える。


(そりゃそうか。これが普通だよね。そうしょっちゅう怖い目に遭ってちゃ、堪んないもん)


 暫く歩いていると屋外型の月極駐車場に差し掛かる。

入り口付近に設置されている自動販売機の脇に、何やら黒い塊が動いていた。

ハルはそっと歩みを止め、様子を窺う。

よく見るとそれは一羽のカラスだった。


(うわ、ボロボロ。可哀想……)


 喧嘩に負けたのか、カラスの羽根は抜け落ち、一目で飛べそうに無い事が分かる。

左目は病気なのか白く濁っていた。


(ん? 背中に何か乗ってる……ゴミかな)


 ハルはカラスを刺激しないよう注意しながらそろりと近付く。

カラスは大人しく、右目でじっとハルを見上げている。


(やだ、何これ……酷い!)


 カラスの背にはゴミではなく、ボウガンの矢らしき物が刺さっていた。

水色の矢羽がカラスの動きに合わせて僅かに揺れる。

痛々しい姿に顔を顰め、ハルは慌ててスマホを取り出した。


(えっと、こういう場合、どうしたら良いんだろ。近くに動物病院ってあったっけ? でも、どうやって連れて行こう……素手で触るのは怖いし、保健所? でも、それだと殺処分されちゃうかな……)


 少なからず動揺しながら「カラス」「怪我」「保護」で検索をかける。


「あー! やっぱりハルじゃ~ん!」


 突然投げ掛けられたよく知る声に、ハルは助かったとばかりに振り返った。

ハルの後ろには大きく手を振ったリナが駆け寄って来ていた。

そのさらに後方からは北本が「ちょっとリナ、いきなり走んないでよー」と文句を言いながら走って来ている。


「二人とも、丁度良かった。あのね、このカラスなんだけど……」


「へ? 何? カラスがどーかしたぁ?」


 リナは目の前にいるカラスに目もくれず上空を見上げる。

息を弾ませながらやって来た北本も頭上の電線を見上げた。


(え? まさかこのカラス……)


 ハルが足元のカラスに目をやると同時にリナと北本が数歩踏み出した。

カラスは「ギャア」とけたたましい鳴き声を上げ、折れた翼をばたつかせる。

突然暴れだしたカラスにハルが恐怖していると、二人は不思議そうな顔を浮かべた。


「カラスがいたの?」


「あ、いや、何でもない……」


(やっぱり、二人には視えてないのか……)


 尚もバサバサと暴れるカラスの気迫に押され、ハルはじり、と後退する。

「大丈夫?」と心配する北本に、ハルは控えめに頷いた。

ただならぬ様子を感じたのかリナが声をひそめる。


「ホント大丈夫? この辺は最近、不審者が出るらしいし、早く帰った方が良いかもね」


 不審者が出るとは初耳だった。

北本が「マジで?」と辺りをキョロキョロ見回す。

さっさと帰ろうと歩き出す二人に続くべきか否か、ハルは困ったようにカラスを見た。


(どうしよう……他の人には視えないとはいえ、この状態のカラスを放っておくのも……)


「ほらハル、何ボーッとしてんの。帰ろ」


 二人に急かされ、ハルは後ろ髪を引かれる思いで駐車場を後にした。



 その後、帰宅したハルは強い罪悪感に苛まれる事となる。

何もせずに立ち去った自分に腹を立てつつ、彼女は不審者の話を思い出していた。


(リナちゃんが言っていた不審者が、あのカラスを襲ったのかな……)


 安直な考えではあるが、心無い人間がこの町にいたという事は間違いない。

カラスに矢を放った人物に対する怒りと悲しみでジワジワと心が暗くなる。


(……明日、もう一度あのカラスの所に行ってみよう)


 こんなに悩む位なら北本達と別れた後にでも引き返して矢を抜いてやれば良かったと後悔する。

次はちゃんと行動しようと心に決め、ハルは無理矢理眠りについた。




 翌日、ハルは帰りのHRが終わると同時に鞄を掴んだ。


(あのカラス、まだあそこにいるかな?)


 早く矢を取ってやろうと意気込んでいると、リナから待ったの声がかかる。


「ごめーん、ハル。悪いんだけど、日直の仕事代わってくんない? ちょっと今日ヤボ用があってさぁ~」


 何とも間の悪い話だ。

ハルは申し訳なさ気に眉を下げた。


「ごめん、私も今日は急いでて……」


「そこを何とか~!」


 両手を合わせて拝む仕草をするリナに大和田が鋭い目を向ける。


「あんた、そう言って何回も別の人に代わって貰ってるじゃん。ヤボ用ってんなら、別に良いでしょ。自分の仕事は自分でやんなよ」


「そんなーぁ」


 大和田にすり寄るリナに向かって、ハルはもう一度「ごめんね」と言い残して教室を出る。

大和田に感謝の視線を送ると、彼女はヒラヒラと片手を振って応えた。


(カスミちゃん、カッコいいなぁ……)


 自分も大和田のようにハッキリと物が言えたらどれだけ良いか──ハルは軽く自己嫌悪に陥った。




 駐車場に着くとカラスの姿は無かった。

どこへ行ってしまったのかと、ハルは駐車場の敷地に入って辺りを見回す。


(いた……)


 カラスは自動販売機の裏に身を潜めるように立っていた。

思いの外近くに居た事に少し驚く。

カラスは大人しく、じっとハルを見上げている。


(つつかない、よね?)


 怖々としゃがみ込み、カラスを見つめ返す。


「えっと、矢、抜いてあげる……触っても良い、かな?」


 カラスはハルに背を向けると、チョンチョンと跳ねて移動し始めた。

通じなかったかと少し残念がりながら後を追う。

カラスは駐車場の回りを囲う植え込みの一角に入って行った。

生い茂った低木の隙間から、少しだけ顔を出している。


(そこに何かあるの?)


 ハルは誘導されるように植え込みを覗き込んだ。


「──っ!」


 そこには木と木の間に隠されるようにカラスの死骸が横たわっていた。

その体には例の矢が刺さっている。

嫌な臭いが鼻をつき、ハルは咄嗟に息を止めた。


「……酷い……」


 カラスは自身の亡骸をじっと見下ろしている。

哀愁漂う姿が無性にやるせない。

これ以上見ていられず、ハルは感情のままに鞄からビニール袋を取り出した。


「今、取ってあげるからね」


 カラスの死骸に直接触れないよう気を付けながら、ゆっくりと矢を握りしめる。

ビニール越しに感じる嫌な感触に指先が震えて仕方ない。


「……よし、抜けた」


 腐敗が進んでいたからか、案外簡単に抜き取る事が出来た。

緊張が解け、ふうと息を吐く。

気付けばカラスはいつの間にかハルの左隣に移動していた。

その背にボウガンの矢は見当たらない。


「えーっと、大丈夫?」


 間の抜けた質問をしたものだと、彼女は言ってしまってから気付く。

カラスは「カァ」と一鳴きして軽く頭を下げた。

思わずハルも会釈を返すと、カラスはスーっと薄くなっていき、そのまま消えてしまった。


(凄い。まるでお礼を言っていたみたい……)


 カラスと心を通わせた気分になり、ハルは少しだけ表情を和らげる。


「あれ?」


 抜き取った矢を植え込みに置こうとした時、矢のある部分が目についた。

顔を近付け、改めて()()を観察する。


 棒の部分は銀色のアルミ製で意外と長い。

全長四十センチ位はある。

彼女が気になったのは水色の矢羽の部分にビッシリと書き込まれた文字だった。


(これ、何だろう?)


 字はとても小さい上、ミミズが這ったような崩れた筆跡で読む事が出来ない。

しかし全体のバランスの良さから、わざとそう書いたのではないかと推察した。

辛うじて判別出来た一文字にギョッとする。


(……「呪」? やだ、気持ち悪い……)


 さっと植え込みに矢を置き、彼女は勢いよく立ち上がった。


 ビニール袋を丸め、駐車場から数件離れた先にあるコンビニまで足早に向かう。

ゴミ箱にビニール袋を捨て、すぐに保健所に連絡を入れた。

場所を詳しく伝えると職員が来るのを待たなくても良いと言われ、彼女はホッと息をつく。


(これで良し……かな)


 通話を切り、やっと緊張が解ける。


(あ、そうだ)


 ハルはカラスの前まで戻り、静かに手を合わせた。

死んだら何処へ行くのかハルには見当もつかないが、冥福を祈らずにはいられなかった。


(……って、あれ?)


 先程の矢が無くなっていた。

確かに人目に付かないように木の根とカラスの死骸の間に置いた筈だった。

ハルは周囲を見渡したが、どこにも矢は見当たらない。


(私がコンビニまで行ってる十数分の間に、誰かが持っていった……? でも、何で?)


 物騒な物が短時間で消えた不自然さと不気味さに嫌な予感を覚えながら、彼女は駐車場を後にした。




 帰宅途中、何となくカラスの姿を探して青空を見上げる。

暦の上では秋だが、まだまだ気温は高く日も長い。

そういえば学園祭が近いなどと考えていると思わぬ人物を見かけた。


(あれは、美園さん?)


 演劇部の美園舞華が何かを探すように屈みながら家屋の隙間を覗き込んでいる。

話をする間柄でもないが、何か困っているのかもしれない。

声をかけるか否か迷っている間に彼女の方からハルに近寄って来た。


「ねぇ、あなた確か、アカリの友達よね」


 どこかすました口調の彼女はどうにも取っ付きにくい。

上手く話せずコクコクと頷くだけのハルに構わず、美園は周囲を見回す。


「私、仔猫を探してるの。尻尾の先だけ白い黒猫なんだけど……あなた、見てない?」


「み、見てない、ごめん」


「あらそう。じゃあいいわ」


 言うが早いか美園はハルを残し立ち去ろうとする。

咄嗟にボウガンで撃たれたカラスを思い出してしまい、ハルは美園を呼び止めた。


「あ、あの! 探すの、私、手伝おうか……?」


「ありがとう。でも、結構よ」


 美園は素っ気なく手を振り、今度こそ行ってしまった。

自分に非がある訳でもないのに、ハルは気まずい思いでその場を離れる。

一度振り返ると、キョロキョロと猫が入りそうな場所を探す彼女の後ろ姿が見えた。


(美園さんが飼ってる猫、かな。無事に見つかると良いけど……)


 そういえば彼女はこの辺りに住んでいるのだろうか。

ハルの町内からは大分離れているとはいえ、最寄りは同じ駅かもしれない。

微妙な共通点にさほど親近感も湧かず、ハルの彼女に対する苦手意識は増しただけであった。

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