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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
六章、「出会い」「迷子」「口裂け女」

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4、迷子

「盆踊り?」


 ハルは自室の椅子にもたれながら聞き返した。

電話からは北本の「イエース!」という元気な声が返ってくる。


──世与の盆踊り、結構沢山の屋台が出るんだよ。まぁ踊る人は少ないから、盆踊りっていうより、夏祭りって感じだけど。


「へぇ、良いね」


 何だかんだと友人達の都合がつかず、今年はどこの祭りにも行っていない。

この夏最後の思い出に丁度良いだろうと、ハルは胸を弾ませながら参加の意思を伝える。


──やった! あ、ちなみに皆浴衣で行くってさ。


「え、どうしよう。私、浴衣持ってないよ……」


 たった一回の為に今からわざわざ買うのも勿体ない気がする。

ハルは仕方なしに私服で行く旨を告げると、北本は「それなら大丈夫!」と明るく答えた。


──私、今年新しい浴衣買ったの。お古で良かったら前の浴衣貸したげるよ!


「い、良いの?」


 ハルとしては願ったり叶ったりである。

北本は「モーマンターイ」とおちゃらけた。


──じゃあ、()()は着付けもあるし、明日は少し早めに集合ね。


「う、うん。ありがとう、()()()()()()



 夏休み中、少しずつだが確実にハルの人間関係は変わっていた。

渡り廊下の一件以来、大和田がハルを名前で呼ぶようになって、すぐに反応したのは北本だった。

人懐っこい北本はすぐに大和田に続き、ハルを名前で呼ぶようになる。

周りに強い影響力を持つ北本を中心に、他の友人達も大分ハルと打ち解けていった。


 転校してきた当初のクラスでの浮きっぷりが嘘のようである。

夢のように充実した日々に、ハルはスマホを握りしめたまま締まりのない顔でニヤついた。


 ブーン、とスマホが振動する。

ハルは慌てて顔を引き締め、発信元を確認した。

珍しく桜木からの電話着信だった。

何の用だと疑問に思いながら電話に出る。


「もしもし、どうしたの?」


──……あ、よぉ。


 どこか歯切れの悪そうな言い方だ。

まさか、と一抹の不安がよぎる。


「もしかして、何かあったの……?」


 厄介事かと緊張を含ませたハルの声色に、桜木は「いやいやいや!」と早口で遮った。


──宮原さ、盆踊り大会あるの知ってっか?


「あぁ、うん。知ってるよ。明日、アカリちゃんやカスミちゃん達と行くんだ」


──え、……おぉ、そっか。


「桜木君?」


 電波が悪いのか声がよく聞こえない。

ハルが何度か声をかけると、桜木は「あぁ、(わり)ぃ、聞こえる、聞こえる」といつもの調子で応えた。


──知ってんなら良いんだ。あー……俺もクラスの奴等と行くからよ。もし見かけたら声かけてくれな。


 どうやら彼は世与に来て間もないハルに気を遣ったようだ。

面倒見の良い桜木らしいと、ハルは彼の気遣いに感謝する。


「うん、わかった。わざわざ教えてくれて、どうもありがとう」


──いーって、いーって……ハァ……


 どこか疲れたような声が気になったが、桜木との通話はそのまま終わった。




 北本の言っていた通り、世与の盆踊り大会は中々に規模が大きいイベントだった。

普段は閑散としている北世与駅のロータリーには(やぐら)が建ち、道の至る所に提灯が灯っている。

屋台も多く並び、賑やかな音楽や喧騒が飛び交う。


 世与に来てからは初めて見る、凄い人混みだ。

ハルはとにかく皆とはぐれないようにしようと肝に命じた。

そんな彼女の決意など知るよしもなく、北本は「浴衣最高!」と写真を撮っている。


 北本に借りた浴衣は大変可愛らしい物だった。

濃い青地に金魚の模様が描かれており、黄色い帯が映えている。

気合いの入った北本の手により髪もアップにアレンジされた。

慣れない格好が気恥ずかしく、ハルは身を縮こませて撮影から逃れる。


 前髪を弄りながら、ハルはふと髪を切った日の事を思い出した。


──短い方が、明るく見えるよ。


(今は、どうなんだろ……あの時よりも、少しは明るく見えるのかな?)


 竜太が放った励ましともお世辞ともとれる言葉が彼女の中で尾を引いている。

しかしその考えはやって来た大和田の声によりすぐに頭の隅へ追いやられた。


「お待たせ~、二人とも浴衣似合ってんじゃん」


 浴衣姿の友人達と合流すると、たちまち記念撮影大会が始まってしまう。

普段と大分雰囲気が違うハルを面白がった友人の一人が「桜木に見せてやろう」とからかった。

そういえば以前噂になった事があったとハルは頭を抱える。

心中を察したのだろう。

大和田が同情したようにハルの背を叩いた。


 端から順に回って行く事になり、ハル達は屋台通りを練り歩く。

時折何かの音頭に混ざって迷子を探す声や駄々をこねる子の声も聞こえたが、それもまた祭りらしさを感じさせた。


 唐揚げに始まり、かき氷、たこ焼き、フルーツ飴と、各々好きな店に立ち止まっては買い食いを繰り返す。

食べ物屋ばかりなのはご愛嬌である。


 ハルも夢中になってはしゃいでいると、すれ違い様に男性と肩がぶつかった。

すぐに「すみません」と頭を下げたが、男性はあからさまにハルを睨み付けて行ってしまった。


(謝ったのに……)


 軽く気分を害しながら北本達を追おうと前を向く。

ごった返す人の流れの中に友人達の姿はない。


(ヤバ……やっちゃった……)


 あれだけはぐれないようにと気を付けていただけに、ハルは苦い顔をした。

いつまでも道の真ん中に突っ立っている訳にもいかず、彼女は邪魔にならないようコソコソと道の脇に移動する。


 クジ屋の陰に立ち、巾着に手を突っ込む。

もしかしたら既に北本達から連絡が入っているかもしれない。


 面倒な事になったと思いながらスマホを取り出すと喧騒に紛れて子供の鳴き声が耳についた。

泣き喚くというより、クスンクスンといった控えめな泣き方だ。


(声が近い……迷子でもいるのかな?)


 声のする方を見ると行き交う人々の合間から七、八歳くらいの浴衣を来た男の子が泣いているのが見えた。

通りの反対側、ハルの丁度真向かいである。


 射的屋とゴミ箱の間にポツンと立つ少年は、グスグスと目を擦って涙を拭っていた。


「うぇぇ、おとっ、お父さ……ひっく、お母さんっ、どこぉぉ……ひっく、うぅ」


(やっぱり。迷子だ……)


 運営本部の元へ連れていこうにも、ハルにはそこがどこか分からない。

何かの案内か目印でもないかと周囲を見渡す。

しかし周りは屋台ばかりでそれらしい物は見当たらない。


「ひっ、お父さん、はぐれちゃっ……ぐすっ、ひっ」


 これ以上見ていられない。

ハルは慣れない足取りで人を掻き分けながら少年に近付く。

鼻をすすりながらしゃくり泣きする彼に声をかけようとした時だった。


「ひっ、うぅ、誰か──」


「あれっ、宮原?」



 少年の言葉に被さって大きな声が投げかけられる。

ハルがパッと振り返ると私服姿の桜木が立っていた。

まさかこの人混みの中で会えるとは思わず、両者は目を丸くする。


 ハルはドキドキと煩い心臓の音を聞きながら桜木の元へ駆け寄った。


「こ、こんばんは、桜木君。凄い偶然だね」


「おぉ、やっぱ宮原だったかぁ。何つーか、あれだな。いつもとちょっと違ぇな!」


 にこやかに話す桜木につられ、ハルははにかんだ顔を浮かべる。


「っつーかよ、北本達は? 一緒じゃねぇの?」


 視線をさ迷わせる桜木に、ハルは「実ははぐれちゃって」と困ったように頬を掻く。

スマホを確認すると、北本から「今、時計の横の金魚すくい屋にいるよー」とメッセージが届いていた。


「じゃあよ、そこまで送ってやるよ。あー……ほら、何かと物騒だしな」


「良いの? でも、一緒に来てた友達は?」


「いーって、いーって。その内また合流出来っから」


 気楽に答える桜木に感謝し、胸を撫で下ろす。

ハルは申し訳ないと思いながらも彼の厚意に甘える事にした。


(良かった、面倒見の良い桜木君に会えて。……あの子、確かに……)


 先程桜木の声にかき消された少年の言葉を思い出す。


──誰か、ひひっ、誰でも良いから一緒にいこうよぉ……


 嗚咽に混じった子供らしからぬ嫌な引き笑いが、まだ彼女の耳に残っている。

寸での所で声の大きな彼に助けられたらしい。


 今にして思えば、泣いている少年に誰一人として声をかけないのは不自然だった。

もしあのままハルが少年に声をかけていたら、どうなっていたか分からない。


「なぁんだ、一人じゃなかったんだぁ」


 桜木の後を追って場を離れるハルに、いかにも残念といった声がかけられる。

その声はギョッとする程クリアに聞こえた。

思わず彼女は横目で少年のいた方を確認してしまった。


(っ!)


 少年の顔は皺の深い老人の顔だった。

隙間だらけの黄色い歯を見せて「残念だったなぁ」と可愛い声で笑っている。


 ハルはさっと目を逸らす。

はぐれないようにそっと桜木の服の裾を掴むと、慌てふためく彼の背中を押して、そのまま人混みに紛れ込んだ。


 彼女がその少年もどきを視たのはそれが最後だった。

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