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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
六章、「出会い」「迷子」「口裂け女」

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3、出会い③

 竜太が六年生になった時の事だ。


 竜太と源一郎はゲートボール大会の帰り道で、若い女性の後をつけるコート姿の男を見かけた。

少し派手なその女性はコートの男に気付いていないらしい。


 男は三、四十代くらいだろうか。

春先にも関わらず真冬のようなベージュのロングコートと黒いニット帽を被っている。

男は女性の様子を窺いながら付かず離れずの距離を保っていた。

竜太は感覚的に、男が普通の人間ではないと察する。


 このままでは女性が危ないかもしれない。

竜太がどうしようと戸惑っていると、源一郎は男の横まで足早に近付いていって無言で荷物を振り上げた。

男は怯えたような表情を浮かべ、そのまま空気に溶けるように消えてしまった。

女性は何も気付かない。

源一郎は彼女を見送る事もなく、颯々と竜太の元へと戻って来た。


 流れるような一連の動きはまさに正義のヒーローそのものに見えた。

竜太は興奮しながら源一郎に飛び付く。


「すごい! どうやったの!?」


 源一郎はなんて事ない顔で「真似すんなよ」と荷物を軽く払う。

その仕草すら格好良い。

竜太はキラキラとした尊敬の眼差しを向けた。


「ありゃあな、ちょっと前からうろっついてる駄目な奴だ」


「ダメな奴?」


「裸で若ぇ女追っかける、気の()っせぇ男だよ。ちょっと脅かすと、怖がってすぐ逃げんだ」


「あ、俺知ってる。ロシュツキョーって言うんだろ」


 これ、と源一郎に窘められ、竜太は慌てて口を押さえた。


「自分より弱ぇモン相手にしか強く出れねぇ奴ぁ、どこにでもいるもんだ。でもな、そんな奴ぁ、駄目な奴だ」


 源一郎の話を竜太は黙って聞く。

その内心は、自分も源一郎のように強くなって弱い者を助けられる人になりたいという強い憧憬に満たされていた。




 それからしばらく経ったある夏の日。

子供祭りの帰り道で、竜太は同じ子供会の同級生、愛奈あいなを見かけた。

愛奈は六年生にしては発育が良く、背の低い竜太を馬鹿にしている節があった。


 顔を合わせるのも面倒である。

道を変えようとした所で、竜太は気付いてしまった。

以前見かけたロングコートの男が愛奈の後ろをつけていたのだ。

正直、彼女の事はあまり好きではなかったが、彼の中に眠る正義感が見過ごす事を許さない。


 竜太は近くに落ちていた大きめの木の枝を拾う。

そして枝を振り上げながら源一郎の真似をして男の近くまで駆けていった。


「こらーっ!」


 男の背中に向けて枝をピュッと振り下ろす。

手応えはない。

竜太の大声に驚いた愛奈はパッと振り返り、自分が叩かれると思ったのだろう。

小さな悲鳴を上げて逃げていった。


「あ、あれ?」


 肝心のコートの男は逃げる所か、ゆっくりと振り返り竜太を見下ろした。

両者の目が合う。

男の目はまるで面白い物を見付けたかのように弧を描いていた。


 今更気付かぬフリが通用する筈もなく、竜太はジリ、と後ずさる。

彼が一歩下がるごとに、男は音もなく一歩分、すっと近付く。

大の男の余裕綽々な笑み──

久しぶりに恐怖を感じた竜太はたまらず駆け出した。


 腕や背中の産毛がゾワリと逆立ち、嫌な気配が纏わりつく。

振り返らずとも、男がすぐ背後に迫っているのが肌で分かった。

どれだけ速く走ってもまるで距離を空けられた気がしない。

竜太は無視をしろという源一郎達の教えを破った事を酷く後悔した。


 半泣きになりながらもなんとか祭りの後片付けをしている源一郎の元へと辿り着く。


「み、宮原のじいさん! 七里さーん!」


 長テーブルを畳んでいた二人は駆け寄ってきた竜太を見て何事かと血相を変えた。


「こらぁ!」


「なんだ貴様ぁ!」


 二人の老人の一喝に恐れをなしたのだろう。

背後の気配はすぐに消えた。

竜太は駆け寄った勢いのまま源一郎に抱き付いた。


「なぁんであいつが竜太を追ってたんだべ?」


 視える仲間の七里が問いかけると、竜太はべそをかきながら同級生を助けようとして失敗した事を話した。


 事情を理解した二人は「なるほどなぁ」と大笑いする。

「笑うなよ!」と真っ赤になって抗議する竜太を二人は笑いながらなだめた。


「そいつぁ災難だったなぁ」


「あいつもおめさんが可愛くって、からかったんだろなァ」


 何だそれ、と竜太は目一杯むくれた。


「まぁ、あいつを追っ払うにゃ、もうちっと男を上げろってこったぁな」


 暗に怒っても怖くないと笑われたのだ。

少年のプライドは大きく傷付いた。

すっかりふて腐れた竜太は「もう少しってどのくらい?」と口を尖らせる。

流石に笑いすぎたと思ったのだろう。

源一郎は顎を擦りながら真面目に考える素振りを見せた。


「そうだなぁ。もうちっと背ぇ伸びて、声が低くなったら……かなぁ」


「んだなぁ、それまでは大人しく無視するこったなぁ」


 源一郎と七里に諭され、渋々頷く。


「じゃあ、あいつを一人で追っ払えたら、俺も一人前?」


 いやぁ~、と源一郎は頭を掻く。



「半人前ってトコだぁな」



(半人前かよ)


 ムッとしながら竜太は目を開けた。

薄暗い自室の天井が目に映る。

寝ぼけた頭で枕元の目覚まし時計を確認すると、午前五時を指していた。

随分早く目覚めてしまったらしい。


 二度寝する気にもなれず、竜太はベッドから起き上がった。

なぜ今更になってあんな昔の夢を見たのだろうか。

彼は荒々しくカーテンを開く。


 シャッという鋭い音と共に朝日が眩しく室内に入り込んだ。

その明るさは本日の猛暑を予感させた。

ふと視界に入ったカレンダーを見て、竜太はあぁ、と声を漏らす。


(八月十四日……今日、宮原のじいさんの誕生日か)


 今まで毎年祝っていたのに、もう二度と祝う事がないというのは薄ら寂しいものである。

竜太は大きな伸びをした。

早くも今日の予定が決まったらしい。

紅茶でもやりに行く()()()()墓参りに行こうと決め、彼は汗ばんだシャツを脱ぎ捨てた。

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