8、解決
三人はなんとか大和田と書かれた表札の家まで辿り着く。
ハルは一息つく間もなく大和田に声をかけた。
「あ、あの、大和田さんっ。お兄さんの名前って、大和田佳寿樹さん?」
「え? な、何で、宮原さんが知ってんのよ……」
急な質問に怒る事もなく、彼女は動揺を見せる。
「え、えっと……」
「俺達で、はぁ……お前の兄貴、連れてきた」
息も絶え絶えに言ってのける桜木の肩を、大和田はパシリと払いのけた。
バランスを崩したハル達は危うくブロック塀にぶつかりそうになる所を寸での所で踏みとどまる。
「変な冗談はやめて。アタシ、そういうの大っ嫌い」
鋭く睨み付ける大和田の気迫に二人は息を呑んだ。
初手を間違えたのは明白だった。
まずは誤解を解かねばと桜木が気を取り直す。
すると突然、大和田の兄が桜木の背をすり抜けて彼女の前に立ち塞がった。
「うわっ」
一気に重さが抜け、軽くなった桜木の体がバランスを崩す。
よろめいた二人は結局ブロック塀にゴツリとぶつかった。
塀と桜木に挟まれたハルは痛みにくぐもった呻き声を漏らす。
──佳澄? ……あぁ、佳澄、佳澄だ……大きくなったなぁ……
(え?)
感慨深げに話す大和田兄の背中を、ハルと桜木は驚きを隠すこと無く見つめた。
二人の視線が自分を見ていないと気付いたらしい。
大和田は険しい表情のまま訝しみだした。
「お前、目が……」
──あぁ、家だ……俺ん家だ……! やっと帰って来れた……!
桜木の問いに答えず、大和田兄は自宅の門扉に手をかけた。
鉄製のノブがカタンと下がり、ギィィと重い音を立てて門扉が開く。
一連の流れが視えているハル達には自然な動きに映ったが、大和田は驚きの声を上げた。
「な、なんで、ドアが勝手に……」
大和田兄はそのまま吸い込まれるように玄関に向かい、ガチャリと玄関扉を開けて中に入っていった。
ポルターガイストを目の当たりにした大和田は「嘘。ま、まさか、本当に?」とハル達を交互に見る。
文字通り肩の荷が下りた桜木は首や肩をほぐしながら大きく頷いた。
三人が呆然と玄関を見つめていると、再びガチャリと扉が開いた。
またしても勝手に開く扉に大和田は息を呑む。
戻ってきた大和田の兄が三人の元へスーッと近寄ってくる。
ポッカリと空いていた彼の目は普通の人と変わらない目に戻っていた。
(もしかして、妹を強く「見たい」って望んだから、見えるようになったの……?)
何故彼に変化が起きたのかは、きっと彼自身も分からないだろう。
大和田兄は穏やかな表情で三人の前に立ち、桜木を見た。
──今、両親を見てきた。……もう、満足したよ。二人共、本当にありがとう。
「……そうかよ」
──妹に、父さんと母さんを宜しくって伝えて欲しい。あと、長生きしろよって……それと、
「多いな、おい」
桜木が苦笑していると、大和田は「何を話してるの」と眉間に皺を寄せる。
──夏祭り、約束してたのに、連れて行けなくてゴメンって、伝えて。……本当に、何から何までありがとうございました……
静かに頭を下げる大和田兄に向け、二人も慌てて頭を下げる。
何かを感じ取ったのだろうか。
大和田が小さく「お兄ちゃん?」と呟くと、彼は嬉しそうに微笑んで、消えた。
後には何も残らない。
虫の音だけが三人を包んだ。
「……な、何? マジで兄貴、いたの……?」
まだ半信半疑でいる大和田に、桜木が伝言をそっくりそのまま伝える。
それを聞いた途端、彼女はボロボロと涙を溢した。
「ばっかじゃないの……! そんな昔の約束、今更謝んないでよ……!」
彼女にとっては昔の約束でも、兄はきっと最近の事のように気に病んでいたのだろう。
ハルはもらい泣きしながら大和田の背を優しくさする。
桜木も湿っぽい空気の中、所在なさげに立ち尽くしていた。
暫く泣いていた大和田だったが、やがて持ち直すとしおらしく頭を下げた。
「あの、何ていうか、二人共ありがと」
「いーって、人助け人助け」
あれだけ大変な思いをしたばかりにも関わらず、彼は軽く笑ってのける。
その大物感にハルは感心した。
「宮原さん、私の言ったこと、聞いてくれたんだよね。……まさか、桜木がついてくるとは思わなかったけど」
「う、うん。いきなりでごめんね」
「俺はオマケかよ」と突っ込む桜木を無視して、大和田はいつになく優しく微笑んだ。
その笑顔は先程見た大和田の兄と、特に目元がそっくりだった。
「あ、あの。他の人には、今回の事……」
「誰にも言わないっつーの。アタシ、そんなに口の軽い女に見える?」
遠回しなハルの口止めに対し、彼女は心外だとでも言いたげに顔をしかめた。
「大事な友達の秘密を簡単に言い触らしたりしないっての」
「あ、ありがとう……」
「それはこっちの台詞! じゃあ……また学校でね、ハル! ついでに桜木も」
それだけ言って大和田はバタバタと家に向かう。
扉を閉める直前に「ホントに、ありがと」という声が二人に届いた。
彼女の赤くなった顔が玄関の明かりに照らされる。
バタンと扉が閉められた後、ハルはモジモジと俯いた。
友人に初めて名前で呼ばれたむず痒さと喜びに感極まる。
一方の桜木は「俺、生のツンデレって初めて見たなぁ」と、どこかずれた感想を述べながら玄関の扉を眺めていた。
「あぁっ!」
何かに気付いた桜木が大声を上げる。
まだ感傷と余韻に浸っていたハルはギョッとして彼を見上げた。
「俺、部活の鞄、学校に置きっぱなしだ……」
「あぁ……」
通りで手ぶらだった訳だ。
今の今まで気付かなかったハルにも落ち度はある。
空には星が瞬いている。
今から戻ったのでは施錠時間に間に合わないだろう。
こっくりさんの時といい、なんとも締まらない終わり方だ。
二人は照れたように笑って誤魔化した。
以下、本編と全く関係ない裏話。
初期設定ではハルの苗字が桜木で、竜太の苗字が宮原でした。
訳あってボツになりましたが、どうしても桜木の苗字に未練があって、生まれたのが彼です。
しかも一回きりの登場予定でした。
正直ここまで活躍するとは思いませんでした。




