7、重い想い
流石の桜木も緊張した面持ちで大和田兄に近付き、一呼吸おいてから「ほらよ」と彼に背を向ける。
大和田兄はそろそろと両手を前に出し、桜木の両肩に置いた。
「っ!」
ガクンと桜木の膝が曲がる。
あまりにも突然だった為、ハルは考えなしに桜木の腕を掴んでしまった。
それと同時に桜木の体の重さに驚愕する。
(なに、これ、凄く重い……っ!)
辛うじて地に膝をつかずに済んだが、桜木は膝に手をついて体重を支えながらやっと立っている状態だった。
──あ、あの、大丈夫ですか?
気遣うような大和田兄の言葉には悪意のような物は感じられない。
彼が純粋に心配しているとしても、やはり憑くという行為はそれなりに危険が伴うのだろう。
(こんなに重いなんて……これじゃ、大和田さんの家まで連れていくなんて、無理だ……)
「くっそ重ぇ……けど、大丈夫、だ……心配すんな」
桜木は呻きながら姿勢を正そうと歯を食い縛る。
しかし重みに耐えきれず彼の上体はふらつき、中腰になってしまう。
このまま押し潰されてしまうのではと危惧したハルは慌てて桜木の体を支えた。
(何でこんなに重いの……!?)
やはり無理だと告げようとした彼女だったが、桜木はザリ、と一歩を踏み出した。
汗だくになりながら前を見据える桜木の目に諦めの色はない。
(桜木君、このまま行く気だ……!)
「……最初はビクッたけど、慣れりゃ、なんとかなる……行ける。……重ぇけどな」
桜木の言う通り、足取りは僅かに安定してきている。
それでも十分遅い歩みではあるが。
ハルも汗だくになりながら肩を貸す。
身長一六〇センチのハルが一八〇センチもある桜木を支えるのは容易ではないが、それでも無いよりはマシな支えである。
「わり、宮原」
「平、気……っ」
──ほ、本当にすみません……
桜木の背に引っ付きながら何度も謝る大和田兄には何も言う気になれず、二人は黙々と校門を目指した。
(学校を出ればすぐにバス停がある。そこまで行けば、駅まで歩かなくて済む。駅に着いたらバスを乗り換えて……)
そんなに複雑ではないプランを何度も脳内で確かめる。
(っていうか、この状況、知り合いに見られたら誤解されるんじゃ……)
あまりに牛歩の進みすぎて余計な事まで考えてしまう。
ハルは小さく頭を振って雑念を捨てた。
幸い、ハル達は知り合いと遭遇する事も無くバス停に到着する。
桜木は鉛のように重い足を持ち上げながらやっとの思いでバスに乗車した。
車内が割りと空いていたのは幸運だった。
汗だくで支えられながら座席に座る桜木を見た乗客は熱中症かと心配そうな視線を送っている。
(やっとここまで来られた……もう、筋肉痛になりそう……)
束の間の休息に彼女は額の汗を拭う。
桜木はぼんやりと車内の広告を見上げているが、息は荒いままだ。
しれっと隣に座る大和田兄は桜木の肩に手を置いたまま「だ、大丈夫?」と時折声をかけて励ましている。
おそらく座っていても感じる重みは変わらないのだろう。
脂汗を流す友人を気の毒がりつつ、せめてこれくらいの役に立たねばと、ハルは二人分の乗車賃を握りしめた。
周囲から好奇の目に晒されながら、ハル達は相当の時間をかけて大和田の家の近くまでやって来た。
ごく普通の住宅街だ。
日は暮れ、空はすっかり暗くなっている。
街灯や住宅、店の明かりのおかげでそこまで暗さを感じる事はないが、思いの外時間がかかってしまった。
──俺、少し不安です。
大和田兄が弱々しく呟く。
左手のスマホで「もうじき着く」と大和田に連絡を入れていたハルは、手を止め二人を見上げた。
桜木が振り絞るような声を出す。
「はぁ、何が、だよ……」
──もし帰宅しても、目が見えないんじゃ、本当に俺の家か、分からないし。……例えそうだったとしても、家族を一目見ることも出来ない……
大和田兄は相変わらず桜木の背中に引っ付いたまま、ぐずぐずと項垂れる。
「……知るかよ、はぁ、そん時になったら、考えろ……っ」
──す、すみません! 二人が頑張ってくれてるのに、こんな事言っちゃって……
もはや満身創痍といった桜木に、大和田兄は消え入りそうな声で謝罪する。
どちらも仕方のない言い分ではある。
ハルは何も言えず、息を切らしながらスマホを弄った。
「あ、大和田さん、家の前で待っててくれるみたい」
「……おぉ、そりゃ、良い目印だ……」
出来るだけ明るい声で報告をしたハルだったが、重苦しい空気は変わらない。
二人は背後で「佳澄……」と呟く声を聞いたが、答える事は出来なかった。
大和田に教えてもらった道順を進んでいると前方で人影が動いた。
戸建ての家の前に立つシルエットを捉えたハルは大和田だと確信する。
「大和田さんっ」
あまり大きくないハルの声に彼女はピクリと反応した。
ハル達の元へ小走りで駆け寄ってきた大和田は目を丸くする。
「ちょ、ちょっとどうしたの!? 何で桜木が……え、大丈夫!? 二人とも汗ヤバくない?」
ただ寄り添っている訳ではないと瞬時に理解したらしい大和田は、ただ事ではないと慌てだした。
「ご、ごめん、大和田さん。手を貸して……」
少し躊躇してみせたものの、大和田も桜木に肩を貸す。
後ろでは大和田の兄が「佳澄、いるのか……?」と声を震わせた。
残念ながらその声が彼女に届くことはない。
「大和田、でけぇ届けもん、届けに来たぜ」
「はぁ? こんな状態で、あんた何言ってんの? っていうか重っ……」
心配しているのか苛立っているのか、大和田が声を荒らげる。
ハルは今更になってどう説明しようかと悩んだ。




