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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
五章、渡り廊下の怪

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5、遭遇

 背後にまで気を回していなかった彼女は「ひゃっ」と悲鳴を上げる。


「っと(わり)ぃ、そんなビビるとは思わなかった」


 肩を叩いたのは桜木だった。

申し訳なさそうに眉を下げる彼に、ハルは目を見張る。


「な、何で桜木君がここにいるの?」


「あー、それ、俺の台詞なんだけど……まぁ良いや。今日は俺、テニス部の練習で学校来てたんだよ」


「そ、そう……」


 ハルは叱られた子供のように俯く。

あれほど昨日の電話で夕方の渡り廊下に近寄らないと話していた手前、まともに桜木の顔が見られなかった。


「練習自体はとっくに終わってんだけどな。何となく、残ってた」


「何で?」


「何でって……だから何となくだよ」


 桜木はハルを見越して渡り廊下を窺い見る。

質問に答える気はないのだろう。

つられるようにハルも渡り廊下に視線を戻す。

二人でコソコソと渡り廊下を見張る姿は端から見れば変な光景だろう。


「……この距離から視た事はねぇな」


「そうなの?」


「おぉ。前に視た時は、教室の窓からとか、もっと離れた所からだった」


(もしかして私、かなり近くに来ちゃった……?)


 ハル達のいる場所から渡り廊下までの距離は十メートルもない。

これが近いのか遠いのか、彼女の麻痺した感覚では判断がつかなかった。


「で、何でこんな噂に首突っ込んでんだよ。こういうのは無視すんのが一番だって、お前も言ってただろ」


「う、うん……その……」


 嘘をつかれて怒っているのか桜木の言い方には少し棘がある。

ここまできて誤魔化す訳にもいかない。

ハルが観念して口を開いた時だった。


──誰か、いるんですか?


「え?」


 控えめな声が風に乗って届いた。

その消え入りそうな声に、ハルと桜木は思わず聞き間違いかと辺りを見回した。


──あのぅ、すみません。誰か、いますか?


 僅かに張り上げられた声は、やはり聞き間違いなどではない。

二人はバッと渡り廊下の隅に注目した。

先程まで誰も居なかった体育館の扉の脇に一人の男子生徒が立っていた。

夏制服を着た華奢な黒髪の生徒だ。


──あの、えっと、誰か居たら、助けてくれませんか?


 震えるような、懇願する声が投げ掛けられる。

彼は俯きがちで顔はよく見えない。

どうやらハル達のいる場所までは把握していない様子だった。


 桜木は小声で「どうする?」とハルの意見を仰いだ。

噂では追いかけてくるとあったくらいだ。

相手の出方が分からない以上、迂闊に動くのは危険と判断したのだろう。

運動部の桜木一人なら逃げ切れるかもしれないが、運動音痴のハルではただ見付かって捕まってしまうかもしれない。


 結局二人は息を殺したまま様子を窺うしかなかった。


──えっと、その、俺、困ってます。家に帰りたいんですけど、なんかここから動けなくて……誰か居るなら、すみませんが、俺の事、家まで連れてってくれませんか?


 おろおろとした様子で言葉を選ぶ姿に、ハルは妙に親近感を覚える。


(もしかしてあの人、本当に大和田さんのお兄さんなんじゃ……)


 一度気付いてしまうとそうとしか思えない程、彼の様子はハルに似ていた。

恐らく彼も知らない人に声をかけるのが苦手なタイプなのだろう。


 噂のような恐ろしさが微塵も感じられず、桜木も戸惑いをみせている。

ハルは思いきって校舎の陰から姿を現した。

「お、おい、宮原!」と桜木に小声で止められたが、男子生徒はハルに見向きもしない。


(もしかして、目が見えてない……?)


 音を立てずに数歩近付き、その疑問は確信へと変わる。

その男子生徒の両目は、まるでポッカリと穴が空いたように真っ黒だった。


 息を呑んだハルの気配に気付いたのか、男子生徒はゆっくりと顔を向けた。


──あの、ダメですか……? 俺、どうしても家に帰りたいんです。お願いします、俺を家に帰して下さい。


 あれっ、とハルはある考えに思い至る。


(あの噂ってもしかして「返して」じゃなくて「帰して」だったんじゃ……?)


 男子生徒は両手を前に突き出し、フラフラとハルの方に歩み寄ろうとする。

その危なっかしい動きは、見ようによっては映画などでよく見かけるゾンビの動きだ。

さほど危険は無さそうだと判断したのか、桜木がハルの前に飛び出した。


「待てよ。なんか見てらんねぇし、とりあえずお前はそっから動くな」


──は、はい。すみません……


 男子生徒は僅かに肩を震わせ、大人しく立ち止まった。


 まさかここまで話が通じる相手だとは夢にも思わず、ハル達は顔を見合わせてから少しずつ渡り廊下に歩み寄る。


 彼から二、三メートル程距離を取って、二人は立ち止まった。

一度は警戒を緩めたものの、改めてその存在の異様さに寒気を感じる。

彼の目の奥の闇が、嫌に不気味で悲しい。


(なんで、この人はこんな目になっちゃったんだろう。大和田さんの話では、頭を打ったとしか聞かなかったけど……)


 戸惑うハルを後ろに隠しながら、桜木は男子生徒に声をかける。


「お前、帰りたいって言うけどよ、そもそも家はどこだよ?」


──分からない……思い出せないんです……

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