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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
五章、渡り廊下の怪

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2、対話

 怒らせてしまったかと焦るハルを軽く睨み、彼女は静かに口を開く。


「宮原さんって、ほんっとオドオドして人の顔色ばっか窺ってるよね。そういうトコ、アタシ大嫌い」


「……ご、ごめん、なさい……」


 人に面と向かって嫌いだと言われるのは初めての事だ。

ハルは真っ青になって謝った。

気温は暑い筈なのに指先が震える。


「ほら、そういうトコとかさ。あんた大して悪くないのに謝っちゃって。気が小さいんだか優しいんだか知らないけど、正直ウザい」


「す、すみませ……」


 いよいよ泣きそうになりながらハルは足を止めて頭を下げる。

「あーもう!」と大和田は苛立たしげに茶髪を掻きむしった。


「だから、いちいち謝んないでっての! ほんっと、宮原さんって兄貴に似ててムカつく!」


「……お、お兄さん……?」


 思わぬ単語に、小さく聞き返す。

大和田はバツが悪そうに視線を逸らした。


「…………ごめん。八つ当たった。宮原さんが、あんまり兄貴に似てたから、つい……」


「だ、大丈夫……」


 内心は全く大丈夫では無かったが、珍しく殊勝な態度の大和田に関心を抱く。


「……さっきの噂。渡り廊下で死んじゃった生徒ってさ。あれ、アタシの兄貴なんだ……」


「えぇ!?」


 まさかのカミングアウトに驚きながらも、ハルは心のどこかで納得していた。


(だから、あんなに怒ってたんだ……当たり前か……)


 再び歩みを進める内に二人は駅に着いてしまった。

何を話すでもなくホームのベンチに並んで座る。

ベンチの熱が服越しに伝わり、ハルは体中からじわりと汗をかくのを感じた。


(き、気まずい……)


 ちらほらと前を行き交う人々を眺めつつ、電車の到着を待つ。


「……八年前」


「え?」


「兄貴が死んだのは八年前でさ。正確には夏休み中じゃなくて、夏休みに入る少し前だった」


「そ、そうなんだ……」


 遠くを見ながらしんみりと語る彼女の言葉に、大人しく耳を傾ける。

身内の死を面白おかしく語られる彼女の痛みがどれ程の物か、ハルには想像もつかない。


「廊下でふざけてた生徒がぶつかってきて、運悪く転んだ先が柱の土台だった。……当たり所が悪かったみたい」


「そう、だったんだ……」


「時間も六時四十四分なんかじゃなくて、七時少し前だって聞いた。部活、バスケやってたから」


「…………」


 電車の到着を知らせるアナウンスが流れるが、立ち上がる気になれない。

ハルが動く気配がないのが分かると、大和田は足を組み直した。


 ただのよくある怪談ではなかった事がショックだった。

友人の兄、実在した人間の話だ。

知らなかったとはいえ娯楽として楽しんで良い話では無かった。

押し寄せる罪悪感に苛まれながらハルはうな垂れる。


「知らなかったから……じゃ済まないだろうけど、ごめんね」


「いや、別に良いよ。つーか宮原さんが謝る事じゃないしね」


 話をした事で幾らか鬱憤が晴れたのか、大和田は表情を和らげた。

ハルは思いきって気になっていた事を質問した。


「そんなに、その、私とお兄さんって似てたの?」


 大和田は「うーん」と顎に手を当てて大袈裟に考える素振りをする。


「ぶっちゃけ、分かんない。私まだ小さかったし。でも、最初に会った時からずっと似てると思ってた」


「へ、へぇ……」


「それに宮原さんって、たまに変なトコ見てる時あるでしょ。兄貴もそうだった。それで、たまに凄く怯えたりしてた」


(それって、お兄さんも視える人だった……って事かな?)


 いつの間にかやって来ていた電車が扉を閉めて発車しだした。

二人は遅れて届いた冷気を名残惜しむように足を伸ばす。

遠のく電車をぼんやり見送り、大和田は穏やかに笑った。


「アタシさ、小さい頃、兄貴にはオバケが見えてるんだって思ってた」


「そ、そう……」


「嘘かホントかなんて、もう確認のしようが無いけど。でも多分、兄貴は人と違う物が見えてた」


「……お兄さんの事、好きだったんだね」


 ポロリと言ってしまったハルの一言により、彼女の眉間に皺が寄せられる。


「別に、普通だっつの。……まぁ、優しい人だったかな? アタシがどんな我が儘言っても全然怒らなかったし」


「そーいうトコも、ちょっと宮原さんみたいでしょ」と笑う姿につられ、ハルもやっと笑顔を浮かべた。

ぎこちないながらも、どこか互いに歩み寄れた空気がこそばゆい。


 やがて大和田は気まずそうにハルに向き直った。

彼女の真剣な眼差しに気圧される。


「あのさ、変な話だけど、笑わないで聞いてくれる?」


「な、何?」


「もし、もしだよ。もし宮原さんも兄貴と同じなら……渡り廊下の噂がホントにアタシの兄貴なのかどうか、確かめる事って出来ない?」


「そ、それは……」


 何をどう答えるのが正解なのか、即答出来るほどハルの頭の回転は速くない。

思い詰めた様子の大和田と目を合わせることが出来ず、ただ足元を見つめた。

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