7、不審者③
「な、何か、用?」
「……話すふりして、左側振り返ってみて。バレないように、自然に」
「うん?」
何にバレないようになのかは聞かず、ハルはチラリと背後に目をやる。
(……誰?)
一瞬しか見えなかったが、少し離れた電柱の陰に見知らぬ男が立っていた。
その残像を反芻し、ゾッとする。
(待って、今の人、コート着てなかった……!?)
顔までは分からなかったが、ベージュのロングコートと黒のニット帽だけはハッキリと確認できた。
この真夏日にそんな格好をする人がいるだろうか。
「あ、あの人、いつからいたの?」
「最初に会った時にはつけられてたよ」
「全然気付かなかった……」
ずっと人と目を合わせないように下を向いていたからだろう。
この場合、気付いた方が良かったのか否かは分からないが。
「ど、どうしよう……」
歩調を緩めながら竜太の意見を仰ぐと、彼はペットボトルの飲み口部分を握り締めた。
「……男は見ないようにして、今度はしっかり振り返ってみて」
「それ、難しくない?」
「嫌なら良い」
「わ、分かったよ、やるよ……」
ほぼ強制的に、ハルは地面を見ながらゆっくり振り返る。
同時に竜太は男に向かって地面を蹴った。
「え? えぇ?」
男はハルのすぐ後ろに迫っていた。
竜太の背中で殆ど見えないが、男はコートの前を両手で広げる仕草をしている。
僅かに見えた肌色から、コートの下は何も着ていないのだと直感した。
竜太が勢いよくペットボトルで殴りかかると、男は慌てたように背を向けて姿を消した。
(へ、変態だ……! 変態のおばけだ……!)
生まれて初めて遭遇した露出魔に、ハルは別の意味で青ざめる。
道路にはもう何もいない。
竜太は暫く男のいた所を見つめていたが、やがていつものムッとした顔で振り返る。
「あいつ、この辺に昔からいる変態。気が小さいから、脅かすとすぐに消える」
「そ、そうなんだ……ありがとう……」
まだショックが引かない彼女に、竜太は「いつまでつっ立ってる気?」と帰宅を促した。
彼はペットボトルを振りながら珍しくハルに歩調を合わせて歩く。
水がチャプチャプと小気味良い音を立てる。
「毎回、若い女の人を狙って見せつける。相手が視えようが視えまいが、関係ない。女の人が振り返ると、一気に距離を詰めてくる」
「それは……怖いね。色んな意味で……」
ハルは思わず後ろを振り返った。
対策を知る彼がいる時に遭遇したのは不幸中の幸いだったようだ。
「暫くは出てこない筈。もしまたあいつに目を付けられたら、大声で脅……」
彼は不自然に言葉を止めたが、すぐに首を振って言い直した。
「いや、その時は七里さんの床屋に逃げ込むか、俺を呼んで」
「う、うん。……でも、いいの?」
「別に」
(もしかして、私、大声出せない人だと思われてる?)
それはいくら何でも情けなさすぎる。
思い返せば、ハルが年長らしく胸を張って竜太に接した事など一度も無いのだ。
彼の中で自分はどれだけ頼りない位置付けなのかと彼女は落胆した。
(もっとしっかりしなきゃ……いつまでも迷惑かけられないし)
肩を落とすハルをよそに、竜太は水を一気にあおる。
水滴がポタリとアスファルトを濡らす。
夏はまだまだこれからだと言わんばかりに蝉が鳴いていた。




