6、不審者②
「……こんにちは」
「こ、こんにちは……」
まるで初対面のような挨拶だ。
ハルは戸惑いながら会釈を返す。
あからさまに面倒そうな彼の目には「話を合わせろ」と言わんばかりの威圧感が込められている。
誰かが「あらま竜ちゃんたら照れちゃって」とからかうが、どう見ても彼に照れた様子はない。
それどころか「うるさいよ、シニア」と吐き捨てる始末だ。
(な、何て失礼な……)
しかし主婦達は怒る所か爆笑の渦が巻き起こる。
どうやら彼がどんな態度で何を言っても可愛く見えるらしい。
時間の無駄だと思ったのだろう。
竜太は「これ重いからもう行く」と言い残し、角の向こうへ去っていった。
ハルもその流れに乗じて何とか主婦達の元を離れる事に成功したのだった。
予定通り、作業は一時間程で終了した。
日が高くなり始め、駐車場のアスファルトがジリジリと熱を放つ。
「皆さんお疲れ様でーす。お水、一人一本どーぞー!」
初老の男性が氷水に浸けたペットボトルを配り始める。
その隣では竜太が淡々と水を配る手伝いをしていた。
「おぉ、竜太ぁ来てたんかぁ」
「お疲れさん、竜ちゃん」
よほどこの町内の人達に人気なのだろう。
彼の周りに大人が群がっている。
ハルは空いている隣の男性の方から水を受け取ろうと近付いた。
しかし──
「はい」
「え? あ、ありがとう……」
竜太がハルに向けて腕を伸ばしてペットボトルを差し出した。
わざわざ彼の方から歩み寄りを見せるのは珍しい。
周りの生暖かい視線が不快だったのか、彼はあからさまな舌打ちをした。
「……もしかして、気付いてないの?」
「え? な、何が?」
「別に」
それだけ言って、彼はまた水を配る作業に戻ってしまった。
周りの大人達は暢気に「おめ、愛想悪ぃとモテねぇべ」と囃し立てている。
(気付いてないって、何の事?)
彼が何を言いたかったのかは分からなかったが、それ以上にこの場から離れたかった。
周りの視線から逃げるように、俯きながら駐車場を後にする。
楽しげな声を聞きながら、彼女は小さな疎外感を感じた。
(早く帰ろう……疲れた)
所詮町内の作業なので家はすぐそこだ。
嫌な時間を乗り越えられた事にとりあえずホッとする。
コンビニにでも寄って帰ろうかと考えていると、急に何者かが彼女の肩を叩いた。
完全に油断していたハルの体が跳ね上がる。
「ひっ! あ、あれ? 竜太君……?」
「ビビりすぎ」
彼は相当不機嫌な様子でハルの左隣に並ぶ。
わざわざ走って追って来たのか、彼は汗だくだった。




