4、人形④
北本に連れられ、ハル達は部員達が荷物置き場にしている部屋へと移動する。
部屋と言っても扉のない四畳程の和室だ。
棚などの大道具は外に運び出しているようだが、小道具等はここに一時的に置いているらしい。
北本は近くで椅子を運んでいた女の先輩に声をかけた。
「部長ー、お姫ちゃん友達に見せて良ーですかぁ?」
「それは良いけど、後でちゃんと片付け参加しなさいよ」
「はぁい」
イタズラっぽく笑いながら、北本は荷物置き場の中にある段ボール箱を漁る。
「ほら、この子が演劇部の守り神、お姫ちゃんでっす!」
北本はジャーン、と取り出した日本人形を二人に向けた。
(うわっ……これは……)
「へぇ、フツーの人形じゃん」
大和田は「案外可愛いね」と言って人形を無造作に受け取る。
ハルにはとてもそうは見えなかった。
憤怒。
その言葉が一番しっくりくる表現だ。
両目を見開き、眉間に皺をよせて歯を食い縛る表情は劇中の鬼より鬼らしい。
元は長さが揃っていたであろう髪もボサボサに広がり、山姥を思わせる。
「昔は小道具として使ってたらしいけど、今はお守り代わりに公演場所に連れて行くの。毎年、卒業生が着物を作ってあげるんだよー」
確かに人形自体は古びているが、赤い花柄の着物は真新しい。
芥子色の帯を締めており、着物だけなら大変可愛らしいものだった。
(それにしてもこの顔はちょっと……)
ハルが引いていると、なんと大和田が「はい」と人形を手渡してきた。
怯んでは負けだと思い、なに食わぬ顔で受け取る。
人形は大和田から視線を外し、ギロリとハルを睨んだ。
「か、可愛らしいね……」
(いや怖い怖い怖い! こっち見ないで!)
長々と目を合わせてはいられない。
早く人形を返そうとしたハルだったが、何か引っ掛かりを覚えた。
人形は変わらず恐ろしい形相だ。
しっかりとした生地の着物は丁寧に手縫いで作られている。
(何だろ、何か変……あっ)
「ねぇ、北本さん。このお人形、着物の合わせ、逆じゃない……?」
「あ、ホントだ。これじゃ縁起悪いよ」
ハルが人形の着物が左右逆になっている事を指摘すると、すぐに大和田も同調した。
北本は着物の合わせを気にした事が無かったのかピンと来ない様子で首を傾げる。
「あぁ、何か死装束、だっけ? あれ、どっちが上だっけ?」
「右前が正しくて左前だと死装束!」
「じゃあ合ってるじゃん」
「いや前ってのは上って意味じゃないから」
北本と大和田がコントのようなやり取りを始めた為、ハルは仕方なく人形の帯に手をかける。
帯は後ろでマジックテープで留められており、簡単に外せた。
小さく「失礼します」と呟き、手早く着物の合わせを右前に戻す。
帯をきちんと留めてから人形の顔を見ると、先程とは一転した穏やかな表情をしていた。
髪も整えられたおかっぱ頭になっており大変可愛らしい。
(良かった……これで大丈夫みたい)
「はい、この子、返すね」
「あぁ、ありがと」
守り神らしく優しい表情をした人形は、再び段ボール箱に仕舞われる。
それを見届けてからようやくハルも表情を和らげた。
大和田は何か言いたげだったが、これ以上北本を引き留める訳にもいかないと判断したのだろう。
結局この後は三人共普通に話し、普通に解散したのだった。




