33、勇気
立ち止まったのは良いものの、彼が手を放す様子はない。
流石にここまで来るとハルの羞恥心は萎み、心配の方が勝ってしまう。
「ねぇ竜太君。最近その……ちょっと変だよ? どうしちゃっ……」
「俺、逃げてたんだよね」
思わぬ切り出し方をされ、ハルは咄嗟に口を噤む。
竜太はハルに向き直りながらも視線を逸らしたまま訥々と話し始めた。
「俺の母親も、宮原のじいさんも、他にも世与で仲良くなったじーさんばーさんも。俺が好きな奴ら、一人二人じゃない人数が俺を置いて……死んじゃったからさ」
「……それ、は……」
「勿論、相手が年寄りばかりだった事もあるだろうし、偶然だって事も分かってる。それでも……」
地面に目を向けたままの竜太がいつになく小さく見える。
下手に口を挟めず、ハルは黙って竜太の顔を見つめ続けた。
「……忍さんとか、他にも仲良くなった若い視える奴はみんな世与から出てっちゃうしさ。俺、好きな人達に置いてかれるのも、死なれるのも。もう絶対に嫌だった」
「うん……」
ハルとて好きな者が亡くなるのは嫌だが、実際に身近で好きな者を喪った経験はない。
かろうじてあるとすれば、あまり記憶に残っていない疎遠だった祖父位のものである。
そういった意味では、ハルが真に竜太の悲しみや辛さを理解する事は難しいのだろう。
(こういう時、なんて言ったら良いんだろう……やっぱり私じゃ竜太君に寄り添えないのかな……)
重い空気に耐えかねて気持ちも沈んでいく。
そんな彼女の顔色を窺うでもなく竜太の言葉が続く。
「ハルさんと、ついでに大成も。二人にもう会えないかもしれないって思った時……俺、本気で怖くなったんだよね」
「それは……ごめ」
「謝らなくていい」
謝罪も遮られてしまい、ハルはいよいよ何も言えなくなってしまう。
しかし竜太もハルを気遣う余裕がないのか、一方的ともいえる言葉を止める気はないようだ。
「とにかく、逃げても意味ないって分かった。むしろ目を逸らしてる間に横から掻っ攫われる方がムカつくし、それで後悔するのも馬鹿らしいって思い知らされたからさ」
「……?」
急に話が不明瞭になり、ハルは怪訝な目を向ける。
しかし竜太は相変わらず目を伏せてばかりで一向にハルを見ようとしない。
「えぇっと、竜太君? ごめん、ちょっと話が見えなくなっちゃって……どういう事?」
「だから、ハルさんが居なくなるのは嫌だって話」
急に目線が上げられ、両者の目が合う。
ビシリと硬直するハルを見据えたまま、竜太は平常運転で淡々と告げる。
「怪異だろうが桜木センパイだろうが、浩二や忍さんだろうが……ハルさんを取られるのは嫌だって自覚させられたんだよね」
「な、な……!?」
何を言われたのかも、次に何を言われるのかも分からない。
今のハルは挙動不審に目を泳がせるだけで精一杯である。
(お、落ち着こう! まさか竜太君がそこまで慕ってくれてたとは思わなかったけど、それってあくまで大成君とかみたいな、お友達としてだろうし! あの竜太君に限って、た、他意は無い筈で……)
「俺、自分やハルさんが思ってる以上にハルさんの事が好きだったみたいだからさ」
「っ!?!?」
声にならない謎の声がハルの喉から漏れ出る。
とんでもない爆弾発言をした当の本人は至って真顔で「だからハルさんは居なくならないでね」と続けた。
(……わた、私、今何を言われたの……!?)
言葉の余韻が音として頭を駆け巡るものの、脳の処理が追いつかない。
驚き過ぎて無反応になるのは想定内だったのか──
竜太はハルの腕から手を離し、改めて彼女の手を握った。
(ひょえっ!?)
かろうじて声は抑えられた。
竜太は息を飲む彼女の顔を縋るような目で覗き込む。
「……俺、前ハルさんに『待たなくて良い』って言ったけど、もしかしてもう遅かった? 気……変わっちゃった?」
(ないないない! そんな訳、絶対ないっ!)
分かっているだろうにこんな質問をするとは、実にあざとい。
そんな感想を頭の遠い片隅で抱きながら、ハルは必死に首を左右に振る。
「そう」と短く答える竜太の反応があまりにも淡白に思えてならない。
ハルの中でジワジワと羞恥と実感、そして少しばかりの悔しさが芽生え始める。
「……あの……りゅ、太君……」
「何」
緊張で喉が渇く。
ハルは掠れる声も厭わず、今まで心の奥底に仕舞い込んでいた勇気を絞り出した。
「わた、私、も……竜太君が好き、です……」
「……知ってる」
さも当然のような口振りで顔を逸らされるという、いつだったかに想像した通りの反応をされてしまい残念がったのも束の間──
彼の耳の先が染まっている事に気付いてしまったハルはとうとう驚きの声を上げてしまうのだった。
<了>




