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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
最終章、繋

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30、その後

 車に戻ってからがまた大変だった。


 竜太と大成が敷地の外へ忍を運び出した時の桜木の驚きぶりは凄まじく、車のドアが壊れんばかりの勢いで飛び出した程である。


 頼みの綱である筈の忍が意識不明の大怪我で帰還した事と、行方不明の大成が戻ってきた事を同時に知る羽目になったのだから無理もない。


 慌てに慌てた桜木だったが、遅れてフェンスから顔を覗かせた千景とハルを見た事で安堵の表情へと変わる。

顔色こそ悪いものの、ハルも大成も小さな擦り傷程度の外傷しかない。

少なくとも忍のような大怪我をしていない事は喜ばしい結果であった。


 とはいえ再会を喜び合えたのも束の間の事で、桜木はフラフラの大成に代わり、竜太と共に忍を車の後部座席へと座らせる運びとなる。


 ようやく一息つけるようになっても忍の意識は戻らず、腕の応急処置もタオルを巻いて止血する以上にやれる事が無い。

竜太は思う所があるようで、忍の腕を押さえながら片時も彼の傍を離れなかった。

そんな彼らの姿にハルは申し訳なさと居た堪れなさでいっぱいである。


(どうしよう。こんな大事になるなんて……忍さん、大丈夫かな……)


 桜木と千景に「怪我はないか」「気分はどうだ」と矢継ぎ早に質問されてもうわの空の返事しか出来ない。

大成も疲労のせいか声に張りがないようだ。


(まさか鉢望小がこんな県外の田舎だったなんて……周りは林とか空き地ばっかりだし、救急車とか来られるのかな……)


 グルグルと思考が纏まらない。

それでもどうにか桜木達の話に耳を傾ければ、大まかな部分は理解出来た。

どうやら「応援に来た同僚」とやらは二人の男女だったらしい。


(じゃあさっきの人と、もう一人はどこに行っちゃったんだろ? それと、あと……あれ? 何だっけ。色々気になる事があった筈なのに、頭が働かない……気が緩んだから、かな……)


 どうにも瞼が重い。

ハルの相槌の頻度が下がっている事に桜木が気が付いた。


「……ん? おい、宮原? 宮原っ!」


「ちょっと大丈夫? ハルお姉ちゃ……あれ? 兄ちゃん? 兄ちゃんっ!? どうしたの二人とも!?」


 体の異変を感じてからは早かった。

嫌に体が重くなったかと思えば瞬く間に意識が遠くなり、ハルは力なくシートに倒れ込んだ。


(なに……が……)


 彼女が完全に気を失う寸前、懸命に呼び掛ける声の中に竜太の声を聞いた気がした。




















 一週間後──





「………………よし、と」


 随分と長い時間仏壇に手を合わせていたハルは、ようやく顔を上げると静かに後ろを振り返った。


「お礼、ちゃんと伝わったかな?」


 仏壇から漂う線香の香りが鼻を擽る。

振り返った先には完全に寛いだ様子の大成と千景が座っており、彼らの向かいの席では竜太が出された飲み物を煽っている所だった。


「そんだけ長く拝んでくれたんすから、そりゃもうバッチリっすよ!」


 笑顔でサムズアップする大成に微笑み返し、ハルは竜太の隣の椅子に腰を下ろす。

ハルとしてはまだ少し気まずさが残るものの、これまでの怪異で鍛えられたポーカーフェイスで取り繕っていた。


 彼女の複雑な心境などつゆ知らず、千景は仏壇を眺めながら頬杖をついている。


「あれだけ頑張って助けてくれたんだもん。二人が元気になって、きっと喜んでると思うよ」


 その言葉に全員が小さく頷く。

ハルが改めて感謝の念を抱いていると、千景は頬杖をついたままわざとらしく口を尖らせた。


「それにしてもさぁ、まさかアタシに双子の妹がいたとは夢にも思わなかったよー。お父さんもお母さんも、今までちーっともチヒロの事教えてくれなかったんだもん!」


 あまり気にしていない体を取り繕いながらも、やはり何も知らされていなかった不満はあるらしい。


 仏壇に置かれた小さな位牌に自然と注目が集まる。

大成家の先祖や祖父母の物とは別の──チヒロの位牌だ。

大成は少し困った様子で「俺も小さかったからちゃんと知らされた訳じゃないんすけど、死産だったみたいっす」と小声で補足した。


「……ご両親にも色々あったのかもね。それにしてもチヒロちゃん、見た目は千景ちゃんにそっくりだったね」


「だよねだよねー。あ、性格は? アタシ、チヒロとはちょっとしか喋れなかったんだよねぇ」


 ハルは廃校で一緒に彷徨い歩いた千景改め、チヒロの事を思い出す。

今になって思い返してみれば小さな違和感は幾つもあった。


「ほんの少しだけ、チヒロちゃんの方が大人しかった……かな?」


「ハハッ、千景みてーにお化けブン殴ろうとはしなかったしなっ!」


 ハルより早く退院しただけあって、大成はすっかりいつもの調子で腹を抱えている。


 例に漏れず霊障の後遺症によりハルは高熱で二日も苦しんだのだが、大成はたった一日で回復してしまったそうだ。

竜太と桜木も一晩高熱や吐き気に見舞われたのに対し、千景だけがピンピンしていた所をみると、やはり個人差が大きいのだろう。


 ムゥと頬を膨らませる千景を宥めながら、ハルは地味に気になっていた質問を口にした。


「ねぇ大成君。もしかして廃校にいた時にはもう、チヒロちゃんの事、千景ちゃんじゃないって気付いてたの?」


 ハルの記憶では彼は廃校でチヒロに会った時以降、彼女の事を一度も「千景」と呼ぶ事はなく、それが最たる違和感であった。

大成は少しだけバツが悪そうに「まぁ……一応兄貴なんで」と苦笑を交えて頭を掻いている。

一人っ子には分からない感覚だが、ハルは「そういうものなのか」と素直に納得した。


「っつーか天沼、さっきから静かじゃね? お菓子食う?」


「いらない。……別に話す事がないならいつもこんなもんだろ」


 そうつれなく返すも、竜太ははたと何かを考え込むと千景を一瞥した。


「……チヒロが大成妹に似てたのは、本人がそう望んだからかもね」


「へ?」


「ずっとお前達兄妹を近くで見守ってたみたいだし、『自分も生きてたらこうだったかも』とか『こうなりたい』って本人が思ったからソックリに成長したんじゃないの」


 あえて「変異」とは言わず「成長」と表現したのは竜太なりの気遣いかもしれない。

考えすら及ばなかったチヒロの気持ちに、大成兄妹はパチクリと目を瞬かせた。


「なんつーかさぁ、天沼。……ホントありがとな、色々と」


「別に大した事してない。それと礼なら忍さんに伝えとく。この後会うし」


 礼を言われる度に少し機嫌を損ねる辺り、本当に「大した事をしていない」と思っているのだろう。

それが竜太なりの負い目のように感じられて、ハルは内心で溜め息を吐いた。


(やっぱり竜太君、あの日から元気ないよね……)


 心配をかけまくった上に、兄のように慕う忍が倒れたのだから無理も無いかもしれない。

はたして自分に励ます権利があるのだろうか──ハルは頭を悩ませながら静かにお茶を啜る。


 その後五分ほど雑談を交わし、会話が途切れたタイミングで竜太が立ち上がった。


「ハルさん、そろそろ行こう」


「あ、うん」


 ハルは促されるままに立ち上がる。

この後は竜太と二人でナナサト床屋に向かう予定であった。


「忍さんって昨日退院したんすよね? 見舞いの時にもお礼は言ったっすけど、改めて伝えておいて下さい」


 今回の訪問の目的は忍の退院祝いと廃校事件の顛末を聞く為である。

「流石に大勢で押しかけるのは悪いだろう」という事で、桜木と大成兄妹は訪問を自粛し、ハルと竜太が代表で行く事となったのだ。


「そんじゃ、ハルお姉ちゃんも天沼のお兄ちゃんも、眼鏡のお兄ちゃんによろしくねーっ!」


 玄関先まで見送りに来た千景に「やはりチヒロとはちょっと違う」と感じつつ、ハル達は大成家を後にした。


(……き、気まずい……)


 沈黙を打破する話題が見つからず居た堪れない。


 ハルは話題の取っ掛かりを探るように隣を歩く竜太を盗み見る。

歩く速度を合わせてくれてはいる──が、それだけである。


(お見舞いに来てくれた時にお礼は言ったけど……竜太君の表情は固いままだったなぁ)


 入院中はせっかくの三連休にも関わらず竜太と桜木、千景の三名は毎日欠かさず見舞いに訪れていた。


 現世への帰還を無邪気に喜ぶ千景と喜びつつも心配する桜木──

そんな二人とは対照的に、竜太は普段以上に言葉少なであった。

そんな態度が続けば流石にハルの心も曇らざるを得ない。


(心配かけた事を謝ったら「なんで謝るの」ってもっと嫌な顔されちゃったし……)


 今は何を言っても空回る気がしてしまい、彼女の口は開きかけては閉じるを繰り返してしまう。


(とりあえず、今日は忍さんに改めてお礼を言って、大丈夫そうなら話を聞こう。忍さんが元気になったら竜太君も安心していつも通りに戻ってくれるかも……)


 しおしおと肩を落とす彼女を横目に、結局竜太はナナサト床屋に到着するまで一言も発する事は無かった。

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