27、悪寒
竜太と千景が声掛けを始めてから早数分。
気配と足音は相変わらず右往左往を繰り返していた。
「くそっ……大成! ハルさん! おいっ!」
「兄ちゃーん! ハルお姉ちゃーん! 助けにきたよーっ! 気付いてー!」
ミシミシッ、パキッ
ガキンッ バキッ
ミシッ、ガコンッ
ただでさえもどかしい状況の中、あちこちから聞こえるラップ音が苛立ちを助長させる。
音は二人が大声を上げれば上げる程に激しさを増しているようだった。
流石に何かおかしいのでは──
忍を振り返った竜太は思わぬ光景に言葉を失った。
「!」
地面についた忍の左腕は肘の辺りまで紫色に変色し、ギリギリと数珠が巻き付いている部分からは血が滲み出ていたのだ。
彼の額には玉のような汗が浮かび、鼻からはパタパタと鼻血が滴り落ちている。
それでも彼の呟きは止まる事なく繰り返されており、はたから見れば鬼気迫る異様な光景でしかない。
(何だよコレ……こんな忍さん見たことない)
「しの……」
不安と心配が勝り、竜太が声を掛けようとした時だった。
「────、──、────……」
ギロリと忍の鋭い目が向けられた瞬間、竜太は金縛りにでも合ったかのように息を呑んだ。
このひと睨みは間違いなく、「声を掛ける相手が違うだろう」という言葉なき苦情なのだろう。
よく見ると彼の左目は真っ赤に充血していた。
ブツブツと呟きながら肩口で鼻血を拭う忍の様子から、嫌というほどの危機感と本気度が感じられる。
竜太はグッと口を閉ざすと再び前を向いてハル達への呼び掛けを再開した。
「おーい、気付けって! 下だ、下っ!」
「兄ちゃん、下の階だよーっ! こっちこっちー!」
「ハルさん! 早くこっちに……」
──竜太君……!
何となく呼ばれた気がして、竜太の声掛けがはたと止まる。
耳で聞こえたというよりも「感覚で察知した」という不可思議な現象に竜太の鼓動が早まっていく。
「……ハル、さん……?」
「ちょ、どうしたの? 天沼のお兄ちゃん。もっと声かけなきゃ!」
「…………分かってる……」
「おーいっ! 二人ともーっ、こっちこっち、下だよーっ!」
声を張り続ける千景に続いて声を上げ続けるも、嫌な感覚が消えない。
「虫の知らせ」という言葉がフラッシュバックよろしく脳裏をよぎり、竜太は冗談じゃないと頭を振った。
そして動き回っていた上階の気配が止まるとほぼ同時に、竜太は今までになく前のめりに一歩踏み込んだ。
「ちょ!? 天沼のお兄ちゃん!?」
今にも飛び出していきそうな勢いの竜太の腕を千景が咄嗟に掴む。
彼は振りほどく事なく大きな声で怒鳴った。
「こっちだっつってんだろ、ハル! 大成!」
ガラスが震える程の大声が辺りに響き渡り、けたたましかったラップ音がピタリと止んだ。




