13、現世側②
竜太達はゾロゾロと足早に忍の白いミニバンに乗り込む。
自称『チヒロ』は千景の身体を動かせないらしく、桜木が運び手を担う事となった。
「んじゃ、行きますか」
全員がシートベルトを着用した事を確認すると、忍は言葉少なに車を発進させた。
助手席には竜太が座り、スマホを片手にカーナビを操作している。
カーナビによる到着予定時刻は二時間十分後となっていた。
トラブルが無ければ十二時半前後に到着する計算である。
運転席の後ろには桜木が着席し、竜太の後ろにグッタリと座る千景を気遣っている。
チヒロは険しい顔のまま「黙ってお姉ちゃんを置いて来ちゃったから長くは話せない」と呟き、今の内に聞きたい事は無いかとバックミラー越しに忍を見つめた。
「じゃあ取り急ぎ要点だけ。ハルちゃんと大成君、お二人の状況は?」
「お姉ちゃんとは離れの校舎を調べた後、本校舎一階の職員室で別れたの。今は一人で他の教室を調べてるはず。外は変な暗~い黄色っぽい灰色で、お兄ちゃんは……分かんない」
小さく謝る彼女に構わず、忍は淡々と次の質問を繰り出す。
「その廃校には何がいた?」
「えっと……私が確認してるのは血塗れのヤバそうな女の人と、血塗れの男の人と……あと小学生の女の子が二人かな」
「うわ、多いな!」
思わず声を上げてしまった桜木を一瞥し、チヒロは微かに首を振った。
「でもね。それだと数が合わないの」
「? 数って何」
「あ、えっと、ちょっと思っただけで私の考えすぎかもしれないんだけどさ……」
身を乗り出して後ろを振り返る竜太に、チヒロは何と説明すれば良いのか分からない様子で口ごもる。
萎縮させたい訳ではなかった竜太は不機嫌な顔で再び前を向いた。
「なんかその学校、お姉ちゃんと調べた資料によると女子生徒が三人、男の先生が一人、生徒のお母さんが一人亡くなってるみたいなの。だから……」
「なるほど。それなら確かに一人足りないと思っても仕方ないっスね」
「でしょ? でも多分、まだお姉ちゃんは『遭遇した子供は一人』って思ってるかも。私達が廃校で会った女の子は今の所、笑い声と足音だけだったから」
微妙に気になる発言である。
竜太が「廃校以外でも誰かに会ったのか」と問えば、彼女は気まずそうに頷いた。
「何日か前から、女の子がお兄ちゃんに近付いてたんだ。ほら、寝てる時って無防備でしょ? お兄ちゃんはただの夢だと思ってたみたいたけど、何度も何度も接触してきて、それで……」
「段々と縁が太くなってしまったんスね」
「そう。私も頑張って追い払ってたんだけど、昨日の夜、お兄ちゃんってば夢を通じてその女の子を自由にしちゃったの。多分その子も廃校にいると思うんだよね」
忍の口かららしくもない重い溜息が吐かれる。
そんなに良くない状況なのかと、隣でスマホを操作していた竜太は人知れず顔を強張らせた。
「その子、お兄ちゃんを自分のお兄さんだと勘違いしてるみたいでさ。もしあの子に捕まってるとしたら、かなーりマズい状況かも」
そう言いながらブルリと震えるチヒロに掛ける言葉が見つからず、桜木は忍のシートに両手をかけた。
「忍さん。その……もし幽霊に捕まっちまったらどうなるんですか? なんて言うか……ちゃんと助けられるんですか?」
「それはもう『時と場合による』としか言えないスね」
抑揚のない声が車内を静かにさせる。
張りつめた空気の中、突然チヒロが早口で捲し立てた。
「とーにーかーく! 今お姉ちゃんは本校舎の、多分まだ一階っ。外へのドアは開かなくてお兄ちゃんは行方不明っ。ヤバ女は離れの校舎から出られないみたいだったけど、男の先生は本校舎を徘徊中だから早く助けに来てね!」
「あ、おい!?」
誰の返事を待つ事もなく、千景の体がカクンと脱力する。
慌てた桜木が千景の顔を覗き込むも、スヤスヤと寝息を立てている平和な顔しか確認できなかった。
「……寝てます」
「結構長い憑依だったからね。消耗は激しい筈ス。寝かせといてあげましょ」
そういうものなのか──
竜太と桜木の何とも言えない視線など物ともせず、忍は無表情でハンドルを握っている。
「で、さっきのチヒロって奴は何者なの」
「そ、そうですよ! 正直俺もう、何が何だか……」
「はは、竜太は薄々気付いてんだろ? あの子は……」
ある程度想像通りの答えが返され、二人は各々納得した様子で次の話題へと移った。
「それはそうと鉢望小学校で起きた事件の記事見つけたんだけど。結構話題になった事件みたい」
「事件?」
「ナイス竜太。読み上げて」
竜太は酔う事も厭わず重要そうな部分を抜粋して読み上げていく。
「えーっと、九十年代に起きた鉢望小学校教師、刺殺事件……」
被害者は佐藤響汰(当時31)
放課後の校内にて、包丁で全身を複数回刺されて死亡。
近くにいた児童に逃げるよう指示し、他に怪我人が出る事はなかった。
犯人は生徒の母親、大嶋多都子(当時39)
犯行の動機は一年前に校内で起きた、娘の希羽ちゃん(当時10)の死因が佐藤氏にあると考えた為とされている。
佐藤氏殺害後、数分に渡り校内を徘徊した後に自身の首や手首を切って自殺。
大嶋氏が佐藤氏を恨んだ件に関しては、ある児童による目撃証言があったからだと思われる。
証言内容は「佐藤先生が希羽ちゃんを階段の上から突き落とした」というものであったが、児童の証言は二転三転し、事故のショックによる勘違いであるとみなされていた。
また、警察の取り調べによって佐藤氏はそもそも事故現場に居なかった事が判明。
この事件は娘の死を受け入れられなかった大嶋氏の逆恨みによる犯行として世間を騒がせた。
更に同年、同クラス内から二名の児童が相次いで亡くなった事で、一部マスコミからは「呪われた小学校」と取り上げられてしまう。
元々過疎化が進んでいた事も相まり、事件から僅か二年後に廃校が決まる。
「未だ校舎取り壊しの目処は立っておらず、建物の劣化が激しい為、現在は立ち入り禁止である……だって」
一気に読み終えた竜太は探るように運転席に目を向ける。
残念ながら忍の表情からは何を考えているのか汲み取れなかった。
「忍さん、ちゃんと聞いてた?」
「聞ーてる聞ーてる」
忍の薄い反応とは対照的に、桜木はすっかり被害者に同情した様子で肩を落としている。
「その先生、すっげぇいい先生だったんだな。最後まで生徒を逃がそうとするなんて、中々出来ねぇよ」
「……まぁ確かに。記事が事実なら流石に同情するよね」
思いのほか情のある竜太の発言が意外だったのか、桜木は僅かに目を丸くして頷いた。
「っつーかよぉ。宮原達が閉じ込められてる場所にそいつ等がいるって事だろ? だとしたら一番ヤバいのって、チヒロちゃんが言ってたように血塗れの女……大嶋多都子って人だけなんじゃねーか?」
桜木の中では既に「佐藤先生=良い人」という図式が成り立っている。
しかしそれを否定したのは竜太だった。
「生前が良い奴だからって今もそうとは限らないでしょ」
「? 何でだ?」
キョトンと首を傾げる桜木を軽く振り返りつつ、竜太は面倒くさそうに口を尖らせた。
「アイツ等ってさ、よく自分の都合良いように変貌するじゃん。悲惨な死後の長い時間、恨み辛みが溜まらなかったとは言い切れないでしょ」
「え……で、でもよ……」
変わらない霊だっているのでは──
そんな桜木なりの意見は、ふと思い出した大和田兄の変化の事例により発せられずに終わる。
大和田の兄は長年学校に留まっていた事で目が見えなくなり、妹を前にして目が見えるようになっていた。
彼を背負う事になった桜木の負担はとても大きく、怪異本人にその気がなくとも生者に悪影響を及ぼす事は十分にあり得る話だった。
「何にしろ、こっちの道理が通用するとは限らないと思った方がいい」
「……そう、か。……そうかもな」
気まずいともしんみりとも言える雰囲気が続く中、忍が口を開く事は殆ど無かった。




