12、現世側①
ハルが廃校を探索している頃──
千景と桜木の合流を皮切りに、話はトントン拍子に進んでいた。
八木崎へ送った緊急のメッセージはすぐに既読がつき、五分と経たずに竜太とのやり取りが実現する。
「宮原と大成に連絡がつかない」と異常事態である可能性を伝えた所、竜太はすぐにナナサト床屋を訪れるよう地図を送った。
まるで見えない何かに導かれているような展開の早さである。
「なぜ床屋なのか?」という桜木の疑問は、店の外観を目にした事で妙な納得へと変わった。
彼はおよそ一年前、リナが作った呪具人形を処分する為にナナサト床屋を訪れているのだ。
まさかまた訪れる羽目になるとは思わず、桜木は複雑な思いで店の扉に手を掛ける。
「……もう来たんか」
突然、住居側の玄関から八木崎が顔を覗かせた。
「あ? 何で八木崎がここに……」
「っせぇな。ここ、俺のじーちゃん家なんだよ」
「はぁ!? マジで!?」
「いーからこっちっ方来い、面倒くせぇ」
苛立ちを隠しもしない八木崎に促され、桜木と千景は七里老人の住居に上がる。
案内された部屋は狭い和室で、中には竜太と眼鏡を掛けた金髪の男──忍が胡座をかいて座っていた。
「あっ! 天沼のお兄ちゃん!」
竜太を目にした瞬間、千景が一気に詰め寄る。
「兄ちゃんが、兄ちゃんが朝練前にハルお姉ちゃんと会うって言ってて! でも朝練に出てなくて! 二人共連絡つかないの、どうしよう!」
「うるさ……」
「はいはい、そこまで。落ち着いて」
顔を顰める竜太と千景との間に忍の右手が割り込まれた。
「まずは座って」と促されるままに、桜木と千景は腰を下ろす。
最初に口を開いたのは八木崎だった。
「兄貴、俺もう帰っても良かんべ。聞ーた感じ、危ねぇのは宮原とそのガキの兄貴だで、俺ぁ関係ねーよ」
「んーだな。一応、御守りは手放すなよ」
「おー」
「気ぃつけて帰れよ」
言うが早いか、八木崎は挨拶も無しに出て行ってしまった。
ピシャリと閉められた襖を呆然と見つめる二人に、忍は簡単な挨拶を述べる。
「態度悪い奴ですみませんねぇ。俺は浩二の兄の七里忍といいます。怪異に関してはそれなりに対処出来るんで、お話聞かせて下さいよ」
「えぇっと……突っ込みたい所が多いですけど、宜しくお願いします」
次いで桜木と千景が名乗ったところで、痺れを切らしたように竜太が詳細を求めた。
竜太の短気を軽く注意しつつ、忍は静かに千景の話に耳を傾ける。
未だにハルと大成への連絡は未読のままで電話も繋がらない。
圏外のアナウンスを実際に聞かせながら、千景はしょんぼりと肩を落とした。
「大成とハルさんの話の内容に心当たりは無いの?」
千景は暫し思案するも、静かに首を横に振る。
「ない……かな。兄ちゃん、アタシには心配かけるような話は全然しないから」
「あー、兄貴ってそういうもんだかんなぁ」
「そうっスね。ハルちゃんから大成君に怪異の話を持ち掛けるとは思い難いし、十中八九、大成君がハルちゃんに何らかの相談を持ち掛けたんでしょう」
相談──
そのワードに竜太は「あ」と小さな声をあげた。
「そういや俺、大成に相談があるって言われてたんだった。それどころじゃ無くて聞きそびれたけど」
「えぇぇ!? 何で聞かなかったのさぁ! 天沼お兄ちゃんのバカァ!」
「体調不良だったしバイトもあったんだから仕方ないだろ」
真っ赤になって怒る千景をどうにか宥め、桜木は忍に向き直る。
「あの、もし宮原と大成が怪異に巻き込まれてるとして。忍さん……は、二人を見つける事は可能なんですか?」
半信半疑といった桜木の視線を不快がる事もなく、忍はあっさり「それは無理っスね」と首を振った。
「俺の御守りを持っているハルちゃんなら、ある程度の近い距離に居れば察知出来なくはないですけど。そもそも俺と大成君は会った事が無いですから」
忍曰く「縁が繋がっていないと無理な事」は多いという。
彼が世与に戻って来た理由である「虫のしらせ」の対象も、大成ではなくハルであったのだ。
「俺はてっきり、浩二か竜太辺りが危ないと踏んでたんスけどねぇ。まさかハルちゃんだったとは驚きっス」
「はぁ……便利なんだか不便なんだかよく分かんないですね」
まるで漫画のようなトンデモ話に若干引きながらも、桜木は曖昧に頷く。
このまま話が進まないのではと懸念が生じてきたところで、忍の声色が変わった。
「それよりも……お客さんスね」
「「?」」
思わぬ発言に竜太と桜木が首を傾げる。
二人は忍の視線が千景に注がれている事に気付くと、ほぼ同時に彼女を見た。
「「っ!?」」
いつの間にやら千景の様子がおかしくなっていたのだ。
固く閉じた両目に、額に滲む玉のような汗。
極めつけは纏う雰囲気である。
「千景ちゃん!? 大丈夫か!?」
桜木が慌てて肩を揺すると、千景はゆっくりと目を開いた。
先程とはまるで違う様子の垂れ目がちな瞳が桜木を捉える。
「お、おい?」
「…………」
何も言葉を発さない彼女に、忍が静かに声を掛けた。
「どうも初めまして。俺は忍。キミは?」
「………………チヒロ」
息を飲んだのは桜木か竜太か──あるいは両方だったのかもしれない。
場の空気が凍る中、忍の声かけが続く。
「チヒロちゃん。キミは何か伝えたくて来てくれたんスよね?」
「う、うん……」
チヒロを名乗る何者かはよほど忍が怖いらしく、警戒とも怯えとも取れる態度で言葉を詰まらせている。
「大丈夫。俺はハルちゃんも大成君も、勿論キミの事も悪いようにはしませんよ」
その言葉を信じる事にしたのか、迷っている時間は無いと思ったのか──
彼女は意を決した様子で叫んだ。
「は、鉢望小学校の本校舎……! お願い、時間がないの! このままじゃお兄ちゃんもお姉ちゃんも死んじゃうよっ!」
不穏すぎる内容である。
しかしその言葉を聞いた忍はニヤリと笑みを浮かべた。
「鉢望小学校スね」
「…………忍さん、あった。隣の県の、もう廃校になってる学校だってさ」
竜太がスマホで検索すれば目的の場所はすぐに表示された。
結構な過疎地のようで最寄りの駅からは距離があるらしい。
「乗り換え駅も調べる?」
「いや、車だな。高速使って二時間って所か」
「俺も行く」
千景の様子といい「チヒロ」を名乗る存在といい──
気になる事は多すぎるが「今は悠長に話している場合ではない」というのがこの場にいる全員の判断であった。
忍にマップを見せ続けていた竜太は出掛ける支度をする彼に倣って立ち上がる。
それを見た桜木も、千景の肩を支えながら「俺も行きたいです!」と勢いよく頭を下げた。
「そっスねぇ……」
竜太が来たがるのはともかくとして、怪異の話に引いていた桜木までもがそう言い出すのは忍の予想外であった。
涼やかな顔とは裏腹に忍の脳内は忙しなく最適解を選び抜く。
彼の中でまず確定なのは、千景(というよりチヒロ)を連れて行く事であった。
しかしこの憑依状態は一時的なもので長くは続かないだろう。
途中で目を覚ました千景の相手をしながらハル達を助けに行くのは困難である。
確かに子守り要員は必要だが、二人も必要ない。
守る対象が増えるのは余計なリスクが高まる事にも繋がりかねなかった。
「……良いっスよ。桜木君は千景ちゃんが目を覚ました時のフォローに当たって」
「は、はい! ありがとうございます!」
「忍さん、俺は?」
不満げな目が忍を睨む。
この様子では仮に置いて行った所で電車を使ってでも付いてくるだろう。
昨日から続く竜太の不調も親しい二人の危機を察知しての「虫のしらせ」であった事を踏まえると、置いていくのは流石の忍でも憚られた。
待機か、同行か。
ギリギリまで悩んだ結果──
「……竜太は地図要員。助手席な。行くぞ」
まるでわざと勿体ぶったかのように、忍は口元を歪ませたのだった。




