11、情報整理
「や、やだ、大成君!? 大成君っ!」
慌てて駆け寄り肩を揺らすも返事はない。
一瞬だけ恐ろしい考えが頭を過ぎるが、よくよく観察してみると彼は静かに寝息を立てていた。
「……はぁ……良かった……」
思わず脱力したものの、すぐに気を取り直して彼の両肩を強く揺する。
「大成君、起きて、起きて! 大変な事になってるの。早く起きてっ!」
「ふがっ!?」
間の抜けた声を発しながらビクリと跳ね起きる大成を見て、ハルはようやく一つの節目に到達したような安堵感を覚えた。
「んぁ、え? 宮原、先輩? あれ? 俺どうして寝て……?」
数秒目を白黒させていた彼は混乱しきりでハルと周囲を交互に見やる。
見慣れない場所で目覚めたのだから無理もない。
「怪我はない……よね? 大丈夫? 気持ち悪くない?」
「あ、はい。元気っす。っつーかココどこですか? 俺ら公園にいた筈じゃ……?」
大成は窓から差し込む怪しげな黄土色の光を見て不安げな表情を浮かべている。
ハルはここが奇妙な廃校である事と千景とはぐれてしまった旨を簡単に伝えた。
内容が内容だけに伝えにくいものだったが、彼は意外にも取り乱す事はなく真剣に耳を傾けている。
「えぇっと、ちょっとまだ理解が追いつかないんすけど……とにかくこの校舎のどこかに千景が居るんですね?」
「う、うん。あの、千景ちゃんの事、ちゃんと守れなくて本当にごめんなさい」
折角兄の方を見つけたというのに、今度は妹探しをする羽目になるとは夢にも思わなかった。
詫びのしようがない思いで頭を下げるハルに、彼は勢いよく首を横に振る。
「いやいや! 話を聞いた感じアイツが勝手に無茶した訳だし、宮原先輩が謝る必要ないっすよ。むしろなんか巻き込んじまったみたいですんません!」
逆に反省しきりの大成に返す言葉が見つからない。
「でも……」
「だぁ~いじょうぶですってぇ! アイツ俺より全然度胸あるし。運動神経だって良いし、悪運も強いんでっ!」
互いに落ち込み合うのも無駄だと悟ったらしく、大成は明るい掛け声と共に立ち上がる。
少し顔色が悪いとはいえ、彼の顔は妹を信じ切っている目をしていた。
「とにかく、まずは千景のバカを探しましょう!」
「う、うん」
「そんでもって、こんな陰気な学校とはサッサとオサラバっすよ。ほら、三人寄ればナントヤラって言うし、絶~対帰れますって!」
(大成君、ホントは怖がりなのに。かなり無理してるよね……)
から元気を真正面から浴びつつ、ハルも重い腰を上げる。
「とりあえず二階に行きますか!」と廊下を歩き出した彼は「ギャア!」と派手にひっくり返った。
通路の先──
階段の手前に血だらけの佐藤氏が佇んでいた。
ハルとしては「まだそこに居たのか」という少しの驚きで済んだが、初見の大成からすれば相当のショックだったらしい。
すっかり腰を抜かす大成を落ち着かせるべく、ハルは慌てて血塗れの彼──佐藤氏の協力で大成の発見に至ったのだと告げた。
「うえぇ!? いやアレ、どう見てもヤバい霊っすよ!? ナムアミダブツっすよ!?」
「でも襲ってくる感じじゃないし……それに気になる事も多くって……」
中々立ち上がれずにいる大成に、ハルは廃校に来てからの一連の流れをざっくりと説明した。
今後出会うかもしれない怪異に対する「心の準備」をさせる為の情報共有である。
離れの校舎で千景と目覚め、血塗れの女に追われた事。
鉢望小学校で起きた大嶋希羽の階段転落死。
佐藤氏刺殺事件と、犯人である大嶋多都子の自殺。
奥田珠璃と平井田知佳子の謎の死。
そして佐藤氏から逃げる際に千景とはぐれ、平井田と思われる顔の爛れた少女に襲われた事。
当然、固有名詞はあやふやな所もあったが、そこはハルの記憶力の限界である。
ついでに白い光と会話の内容も添えられた。
一度目は佐藤氏に注意された後、奥田の発した不穏な独り言。
二度目が「本当の事を言おう」と持ちかけた平井田が奥田に脅される会話。
そして三度目が、嘘を吐いた事を謝る平井田と、彼女を閉じ込める佐藤氏の霊のやり取りである。
「ひぃ~、情報量多すぎ! えーっと、死んだ生徒は三人で、平井田って子が俺の夢に出てきた奴で……?」
未だ腰を抜かしながらも指折り登場人物の把握に努める大成を横目に、ハルの中でも考えが纏まっていく。
(女の子二人の会話だと、佐藤先生が殺された原因がその子達にあるっぽいよね? でも佐藤先生は脅されてた平井田ナントカさんを、やり方はどうあれ匿おうとしてた……)
だとすると、大成がこの小部屋に閉じ込められていたのも佐藤氏なりの善意だったのかもしれない。
そこまで考えた所で、ハルは言いようのない奇妙さに気が付いた。
(そういえば、佐藤先生は私達を何から匿おうとしてたの?)
やはりあの血塗れの女、もとい彼を刺殺した犯人である大嶋多都子の霊からだろうか。
しかしあの女は離れの校舎から出られないようだった事を踏まえるとどこか納得がいかない。
漠然とした違和感に眉を顰めている内に、大成も落ち着きを取り戻したらしい。
フラフラと立ち上がろうとする彼に肩を貸しつつ、ハルは気持ちを切り替えて佐藤氏を見据えた。
「それじゃあ大成君。二階に向かうよ」
「う、うっす」
「もし襲われたとしても、あの先生は動きが遅いから逃げ切れる筈。でも女の子に襲われたら全力で逃げよう。はぐれたら集合場所は一階って事で」
「うぅ……りょーかいっす!」
真っ青な顔で佐藤氏から目を逸らす大成に多大な不安を残しつつ、ハルはゆっくりとした足取りで階段へと向かう。
佐藤氏はジッと佇んだままで何かをする様子はない。
「あの……友達、一人見つけました。ありがとうございます」
『おぉ……』
「そ、それで、あの。もう一人……さっき職員室で私と一緒にいた、お団子頭の女の子が何処に居るか知りませんか?」
ハルが淡い期待を込めて声をかければ、暫しの沈黙が続く。
やや置いて返ってきた反応は微妙なものだった。
『ゔぅん……』
ぎこちなく首を振るような仕草で知らないのだろうという事を察する。
ゴプリ、と喉元から吹き出す血の臭いが生々しい。
吐き気を催す様相に変わりはない──が。
意思の疎通が出来る事を目の当たりにしたからか、大成も口を覆いながら声を震わせた。
「わ、分かんねぇってのか? アンタ、千景と職員室で鬼ごっこしてたんだろ?」
『ゔぅ、ん……』
歯切れの悪い反応である。
埒が明かないと早々に諦め、二人は「二階に行きたいから」と佐藤氏に退くよう頼んだ。
彼は意外にもあっさりと身を引き、階段の前を明け渡す。
若干拍子抜けしつつ、二人は恐る恐ると階段を登り始めた。
「(嫌にアッサリっすね)」
「(だね……早く千景ちゃんを見つけて元の世界に帰って欲しいのかも?)」
「(そうだったら良いんすけど……)」
階段の踊り場に差し掛かり、思わず振り返った大成が小さく悲鳴を上げる。
つられたハルが振り返ると、階段の下から二段目に立った佐藤氏がこちらを見上げていた。
(え、まさかついてくる気なの!?)
試しに一段登ってみれば、彼もぎこちなく一段登ってくる。
ボタボタと血の滴り落ちる不快な音が耳につく。
「ひぃっ!? み、宮原先輩ぃ~……」
「……今はあんまり気にしないようにしよう……」
一定の距離感は不気味以外の何物でもないが、むしろこの絶妙な距離は見た目が恐ろしい事を自覚した佐藤氏なりの気遣いなのかもしれない。
走って追われるよりはマシだと自分に言い聞かせ、ハルは大成を励ましながら二階に向かうのだった。




