6、分断
(この雑誌の記事……呪い云々はさておき、事件のあらまし自体は新聞と同じ内容っぽいなぁ。用務倉庫の資料でも女の子が亡くなったって書いてあったし、間違いはなさそう……)
それより気掛かりなのは教師殺害の犯人である母親についてである。
(大嶋って、確か亡くなった生徒の中にもそんな名前の子がいたような……それに、さっき渡り廊下の前で叫んでいた女の人も首や手首から血を流してたし。まさか……)
先程の女性が生徒の母親なのだとしたら──
女子トイレの中で聞いた不穏な言葉が嫌でも思い起こされる。
『何処にいるの──? 無駄よ。何度だって殺してやるわ──』
(「あいつを出せ」って叫んでたけど、その「あいつ」って……)
ハルは刺殺されたとされる佐藤響汰氏の顔写真をやるせなく見つめた。
なぜ母親が教師を犯人だと思い込んだのかは不明だが、資料が正しいならば娘の死は事故死である。
思い込みで殺された挙げ句、死後も恨まれ続けているなど不憫としか言いようがない。
記事を読んだ千景も思う所はあったらしく、神妙な表情を浮かべている。
そんなしんみりとした空気は、突如として現れた第三者の気配により一転した。
ガラララッ
「「ひゃっ!?」」
木製の引き戸が無遠慮に開けられ、ハル達は弾けるように振り返る。
扉の前には全身血塗れの男性が立っていた。
「うっ……」
それなりに怪異を見慣れているハルでさえ吐き気を催す程の流血っぷりである。
特に顔や首、胸や腹の出血が酷い。
どれも刺し傷と切り傷のようだ。
元の顔がよく分からない状態だが、ハルは彼が「佐藤先生」なのだと直感した。
(なんて酷い。この人はこんな、こんな死に方をしたの……?)
あまりにもショッキングすぎる光景だ。
言葉を失い立ち尽くす二人に、男が一歩近付いた。
『ぅぐぁ、おぉおぉあ……あぅあぃ……』
「きゃ!?」
ヨタヨタとしたぎこち無い動きは映画のゾンビを彷彿とさせる。
実際に目の当たりにするとこんなにも不快で不気味な動きなのかと思いながら、ハルは千景と共に男から距離を取った。
『おぉおぉあ……あぅあぃ……おっいぃ、おぃえ……』
(な、何? もしかして……何か言ってるの?)
ゴボッと嫌な音が混ざるおかげで集中して聞き取る事も困難である。
鳥肌と嫌悪感が止まない中、千景が静かに長く息を吐き出した。
「……お姉ちゃん」
「な、何? 千景ちゃん」
「ダッシュで職員室出よう。出たらすぐに隣から探索再開ね」
「え、え?」
「ほら、早く行くよ。五、四、三……」
何か考えがあるのだろうか──
強引にカウントダウンを始める千景に急かされる形で、ハルは考える間もなくデスクの合間を縫って走り出した。
(何なの!?)
男はガクリガクリと上半身を揺らしてハル達の後を追ってはいるものの、追いつかれる心配は無さそうだ。
ハルが「えいっ」と廊下へ飛び出した直後──
勢いよく閉まる扉の音が響き渡り、次いで鍵の掛かる音も聞こえた。
「えっ!?」
慌てて振り返った先には当然のように扉が閉まっており、そこに千景の姿はない。
「うそうそ、やだ! 千景ちゃん!? 千景ちゃんっ!」
ハルの呼びかけに千景が扉越しで返事をする。
どうやら鍵を掛けたのは千景本人だったようだ。
「大丈ー夫! このヒト足遅いから追い付かれないし! だからお姉ちゃんは先に他の部屋を調べてて!」
「何を言ってるの!? だったら千景ちゃんも一緒に……!」
半泣きで扉を叩き続けるハルとは対照的に、千景のあっけらかんとした声が小さく聞こえてくる。
「他の部屋は鍵掛かるか分かんないじゃんっ。それにもし狭かったら逃げらんないしさ、暫くしたら私もここから出るから早く先行って!」
こんな所で体を張るとは露ほども思わず──まさかの囮作戦にハルは開いた口が塞がらない。
千景の口振りからして頑として意見を変える気は無いようだ。
説得は難しそうだと判断し、ハルは渋々嫌々と彼女の決意を尊重した。
──というよりも尊重するしか選択肢が無かった、が正しいのだが。
「もう! 絶対に無理しちゃ駄目だよ!? 本当、お願いだから早く逃げてきてね!?」
ハルなりの怒りは「分ぁかったってばぁ。もう疲れるから返事は控えるからね~」という、まるで反省の色が見られない声で躱されてしまった。
そうと決まればウダウダしている時間はない。
(早く、早く安全そうな場所を見付けなきゃ! 千景ちゃん、お願いだから無事でいて!)
祈る思いで隣の部屋に駆け寄る。
その扉には「校長室」と書かれた札が掛けられていた。




