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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
九章、夏の終わり

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7、丹精

※お詫び※


またもや一話分(このお話です)を飛ばして投稿してしまいました。

抜けていても問題のないお話だったのが不幸中の幸いですが、気付くのが遅れて申し訳ありません。

今度こそ本当に以後気を付けます。

 Y大学の面談で提案された小論文の課題が思いの外難しく、難航している。


 課題図書を読み、関連図書を探し、また読み──

読み慣れない専門書にすっかり参ってしまったハルは、AO入試へ挑戦した事を早くも後悔し始めていた。


「はぁ……」


 図書館で借りた本をリビングに広げてはため息が出る。

理解が難しい内容をどう纏めようかと唸っていると、チラシを手にした母がひょっこりと台所から顔を覗かせた。


「ねぇハル、お母さん今から買い物に行くんだけど、何もしてないなら一緒にどう?」


「何もしてない訳じゃないけど……行こうかな」


 気分転換にはなるだろう──

そんな思いでハルは母の買い物に同行する事にした。


「買い物ってどこ?」


「キュウサンスーパーよ。卵と牛乳が安いのよね。あと洗剤と柔軟剤が特売なの」


「うわ、ここぞとばかりに重い物買われる気がする」


 ハルは荷物持ち要員となる予感を抱きつつ、母と共にスーパーへと向かった。



 普段は呑気者なハルの母も食料品店に着けば主婦の顔を見せる。


「まずは人参とカボチャでしょー。玉ねぎはあるしー、大根は高いからいらないしー」


 買い物カートを押しながらブツブツと野菜を入れていく母の少し後ろを、ハルはぼんやりとついて歩く。


(どれが安いとか高いとか、分かんないなぁ)


 母とは違うペースで青果コーナーをフラフラ歩いていると、地元で採れた野菜を売っているという特設コーナーが目についた。

くどい程貼られたポップには「私が育てました」と生産者達の名前や写真が表記されている。


(世与も駅から離れると田舎な所あるしなぁ……私の身近に居ないだけで、農家さんも意外と近くに居るんだろうなぁ)


 何の気なしに地産野菜を覗き込んだハルは、袋詰めされている一際(ひときわ)大きなジャガイモを見てヒュッと息を飲んだ。


 ぱく


    ぱく


 そのジャガイモには人の顔が浮かび上がっており、まるで魚のように口を開閉していた。

野菜と目が合うなんて滅多とない経験である。


(なにこれ気持ち悪い!)


 透明のビニール袋越しでも微かに聞こえるリップ音に嫌悪感が増す。


 ぱく


  ぱく ぱく


 浮かび上がった顔には眼球こそ無いものの凹凸はしっかりしており、嫌な事にバッチリと視線を感じる。

横に広い低めの鼻に、彫りの薄い頬骨。

泥が入り込んでいるのか開かれた口の中は黒く、右側のほうれい線と二重顎が目立つ。

中年のような顔立ちなのは分かったが、性別までは判断出来なかった。


(誰なの、このジャガイモ……)


 ふとハルの脳裏に「人前で緊張した時は相手をジャガイモだと思え」という話がよぎってしまう。


(こんな顔がついてたんじゃ、ジャガイモ相手でも緊張しちゃうよ)


 そんな下らない事を考えていると他の客がハルの隣に立った。


「あ、すみません」


 そそくさとその場を離れた彼女は、もう一度チラリと人面ジャガイモを窺い見た。


 ぱく


  ぱく


(あのジャガイモやけにデカかったけど……買われるのかな?)


 視えない者からすればただのジャガイモだろうが、視える者からすればとても食べたいとは思えない代物である。


 後から来た客は暫しジャガイモの袋を吟味していたが、結局一度も人面ジャガイモの袋に触れる事なく商品をカートに入れた。


(良かった……買わないんだ)


 少しホッとした彼女はそのまま青果コーナーを後にする。

人面野菜の事は忘れる事にして適当に歩いていると、やっと追い付いてきた母に声をかけられた。


「あ、ハル。何か欲しいものあった?」


「んー、今の所は別に……あ、コーヒーゼリー食べたいかも」


「じゃあ自分でカゴに入れてね。お母さんまだこの辺にいるから」


 精肉コーナーで目を光らせる母と再び別れ、ハルはチルドコーナーへと移動する。

目当ての品を手にしながら他の商品にも目移りしていると、突然後ろの方から()()()()()声が聞こえだした。


『お、あ、ぁあ、えぇ゛、ぉあ゛ぁぅ、ぐぇ』


(!?)


 えずき混じりの声にビクリと肩が跳ねる。

不自然にならないよう静かに振り返ったハルは、声の発生源に気付くのに十数秒の時間を要した。


(?…………げ)


 後ろには買い物カートを押している女性客が一人いるだけである。

そのカゴの中には先程見たジャガイモが入れられていた。


『ぁが、おぉぁ、げぁ』


  ぱく


 ぱく


(ひぇ……)


 言語とは思えない発音だ。

知性や感情があるのかすら判断がつかない。


 生々しい顔で口を動かすジャガイモはすぐに通過して見えなくなってしまったが、声だけは暫く続いていた。


「ハル、ゼリーあった? お母さんの分もある?」


「あ、うん」


 ガラガラとカートを押してやって来た母に、ハルは「今日の夕飯、ジャガイモは止めてね」と頼んだのだった。





 さて、過ぎてしまえば夏休みというのは実にあっという間である。

昨年は怪異に不馴れだった事もあり、色々と大変な夏休みだと思っていた。

しかし今年の夏はそれを軽く上回っていたのだから慣れというのは恐ろしいものである。


(今年は入試の事もあったし、やけに怪異絡みの出来事も多かったし……)


 こんなに疲れる記録更新はこりごりとしか言いようがない。


 Y大学を受ける事を決めたり、千景の相談に乗ったり、竜太が家に来たり──

他にも友人達と食べ放題のランチに行ったり、忍の手伝いを日帰りバイトでこなしたり、本屋で偶然桜木と出くわしたりと、とにかく怪異の有無に関わらず目まぐるしい夏休みであった。


(濃かったなぁ)


 昨年の新学期は竜太が鏡に閉じ込められて呪詛事件にまで発展してしまうという散々ぶりだった事を思い出してしまい、ハルは小さく項垂れる。


(どうか今年の二学期は平穏でありますように)


 彼女は心の中の神様、もといイモムシモドキにお祈りしつつ、翌日から始まる新学期に向けてベッドに潜り込んだ。

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