6、最終警告
彼からすれば挟み撃ちにあったような絶望的状況でしかないだろう。
(え、何で!?)
顔から出るものを全部出す青木の横顔を呆然と眺める。
よく見ればT字路の残りの一方側にも日本人形らしき影が浮いているのが見えた。
(わ、私を入れてお姫ちゃんが三体もいる!?)
もはや訳が分からない。
なすすべなく立ち尽くしていると、一体のお姫ちゃんが音もなくスゥと青木に近付いた。
「ぎゃあ!?」
手足をバタつかせて抵抗する彼を、お姫ちゃんはただならぬプレッシャーを放ったまま黙って見下ろしている。
ボサボサになった髪の隙間から見える憤怒の形相が、暗がりのせいで余計に不気味さを醸し出していた。
何が起きるのか予想もつかない。
固唾を飲んで見守っていると、ふいに彼に近付いたお姫ちゃんの首がガクガクと小刻みに揺れだした。
顔は正面を向いたまま上下左右に──無条件で不安を煽る揺れ方だ。
静寂の中、ギチギチ、ギギギと関節の無い人形からは聞こえてはいけない音が聞こえる。
「ひっ、ひぃっ……」
『んー、もう次は無いよぉ?』
固く食い縛ったままの人形の口から発せられた声は、北本の声に非常によく似ている機械的な少女の声だった。
「っは!? はぁっ、はぁっ……!」
汗びっしょりで目が覚めたハルは、息も絶え絶えに枕元の時計を確認した。
時刻はまだ夜中の十二時半で、寝ていたのはほんの三十分程度だったようだ。
(今のって夢? それにしてはもの凄くリアルだったけど……)
無事に戻って来られた事は喜ばしいが、まだまだ動悸は治まりそうにない。
額に滲む嫌な汗を拭っているとスマホが震えた。
心臓が更に大きく跳ねたものの、着信相手が北本だと分かり息を吐く。
数回目のコールで電話に出れば、スマホの向こうから半泣きの声が聞こえてきた。
「わーん、ハルーっ! 今すっごい怖い夢を見たよぉ~!」
「あ、アカリちゃん、大丈夫!?」
取り乱しながらも「こんな時間にごめぇん!」と鼻をすする北本を宥めていると、聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。
「ヒクッ、気付いたら夕方の通学路に居てぇ。私ったらいつの間にか体がお姫ちゃんになっててさ。体が動かないし、近くに青木君がいたから助けて貰おうと思って追いかけてたら、他にもお姫ちゃんがいて……なんか私みたいな声で喋ってるし……。もう訳が分かんないけど、とにかく夢じゃないみたいに凄ーくリアルだったの!」
「えぇ!? それってもしかしてアカリちゃん家の近くのT字路? 他にもお姫ちゃんがいたって言ってたけど……まさか全部で三体だったりする?」
「わわ、ハルってば凄い! 何で分かったの?」
実は自分も似たような夢を見たと告げるハルに、北本はズビズビと鼻をかみながらも黙り込む。
もしあの場にいたお姫ちゃんの中身がハルと北本だったのなら──
青木に近付いて警告めいた言葉を発したお姫ちゃんこそが本物だったのかもしれない。
(二人が同時に同じ夢を見るなんて……)
今までの経験上、ただの偶然とは思えない。
そう考えた所で、ハルはもう一人の登場人物の存在を思い出した。
「ねぇ、アカリちゃん。もしかしたら青木君も私達と同じ夢を見たんじゃないかなぁ?」
「!…………そう、かもね……」
考えたくはないが否定できるような心境でもないのだろう。
なぜ青木はあんな時間帯に北本の家の近くに居たのか。
彼の言う「もうしません」という謝罪は誰に、何に対してだったのか。
今までのハルの予想が全て当たっていたのだとしたら、お姫ちゃんは本当に北本の事を守ってくれたのかもしれない。
それこそ、あれ程までに動かし難い体を無理に動かしてまで──
(……まさかと思いたかったけど……)
北本は話している内に落ち着いたらしい。
礼と謝罪を告げられたハルも、幾分か心穏やかになった所で通話を切った。
◇
お姫ちゃんの悪夢を見た日を境に、何故か青木は北本を避けるようになったらしい。
「挨拶してもあからさまにキョドって逃げられるんだよねぇ」と苦笑する北本には、流石のハルも苦笑しか返せなかった。
同時期に手紙や付きまといといったストーカー被害もピタリと止んだらしいが、真相は闇の中だ。
──とはいえ、北本はお姫ちゃんにお礼の髪飾りを手作りしたらしいので、既に彼女の中では答えが出ているのだろう。
送られてきた画像を見たハルの口元が緩む。
(かなり生々しくて怖い夢だったけど、友達を助けてくれてありがとう、お姫ちゃん。……お疲れ様)
どこか誇らしい顔で微笑むお姫ちゃんの頭には、橙色の毬がついた可愛らしいヘアピンが留められていた。




