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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
九章、夏の終わり

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4、追尾

 店を出た瞬間、ムワリとしたうだるような熱気に包まれる。

二人はジリジリと照りつける日差しと焦げたアスファルトの匂いに顔を顰め、手早く日傘を開いた。


「暑ぅ、超ヤバい」


「あ、そうだ。家まで送るよ。昼間でも一人にするのは心配だし」


「大丈夫!……って言いたい所だけど、お言葉に甘えよっかな。折角だしウチで涼んでってよ~」


 滲む汗を拭いながら歩き出す。

暫く歩いていると、ふいに背後から聞きなれない声が掛けられた。


「あれっ、北本か?」


「ん? あ! 青木(あおき)君じゃーん!」


 声を掛けてきたのは同い年位の青年であった。

特に目立った特徴はなく、強いて挙げるならハキハキとした口調の人物である。

すぐに人懐こい笑顔で手を振る北本を横目に、ハルも小さく会釈をした。


(アカリちゃんと同じクラスの人かな?)


 三人は誰からともなく街路樹の日陰へと身を寄せる。

彼は買い物帰りなのだとビニール袋を揺らし、ジロジロと物珍しそうな目でハルを見た。


「あははっ、北本ってなんつーか……意外な組み合わせで遊んでんなぁ。お前らって何話す訳?」


 ハルが彼を知らないように、彼もハルをよく知らないからこその発言だろう。

純粋な疑問として発せられたと思いたいが、この言葉を受けたハルは何とも言い難い不快感を覚えた。


(なんかこの人、苦手だなぁ。口調は明るくて友好的だけど、何となく見下されてるみたい)


 幸いな事に、北本が派手に「えー、そんなに意外ぃ? 私ってばこんなにハルの事大好きなのにぃ~」とおどけた事で変な空気にならずに済んだ。

被害妄想の自意識過剰かと思い直し、ハルも曖昧に微笑む。


 青木と呼ばれた彼はふーんと興味無さげな声を発しながらも、「なんか良いよなー、そういう女の友情? ってーの」と笑っている。


 いつになく調子に乗った北本が「良いでしょ~」とハルに抱き付いた時だった。

それまで笑みを浮かべていた青木の表情がギョッとしたような驚愕の色に変わったのだ。

どうしたのかと問う暇もなく、ハルは彼の目が自分達を見ていない事に気が付いた。


(? 私達の後ろに何が……ひっ!?)


「キャッ!?」


 振り返ったハルが肩を揺らすのと、同じく振り返った北本が短い悲鳴を上げるのは同時だった。

二人のすぐ後ろに連なる植え込み──ツツジの低木の上に、見慣れた日本人形が乗っていたのだ。


(お姫ちゃん!?)


 先程までは確実にそこに居なかったと断言できる。

突如として現れた人形は、いつかの時のように目を剥き、歯を食い縛った憤怒の形相でハル達を見上げていた。


(相変わらず凄い顔……)


 まるで般若や鬼を思わせる顔つきから、ハルは驚き冷めやらぬ一方で「やはり何か悪いモノが近くに居るのだ」という確信を得る。

どんなに恐ろしい顔をしていたとしても、お姫ちゃんが人に危害を与えた事は無かったという今までの信用あっての考えであった。


(って事は、まさかアカリちゃんのストーカーが近くにいるの!?)


 静まり返った場を打ち破ったのは青木だった。


「何っなんだよ、この人形! 気持ち悪ぃっ!」


「や、やめて!」


 今にもお姫ちゃんを叩き落としそうな彼に、ハルは慌てて待ったをかける。

彼はいきなり大声を出したハルを怪訝な顔で見下ろした。


(んー)だよ急に。っつーかこの人形って、前に北本の鞄に入ってた奴だろ? 北本もビクってたし、何度も付きまとってくるとか、呪いの人形なんじゃねーの?」


「え……っと、でも……」


 気味悪いから捨てちまおうぜ、と人形を睨みつける青木に返す言葉が見付からない。


「こんなキモい人形庇うとかさぁ、フツーに頭おかしくね? それによぉ、北本がビビってんのに人形優先するとか友達としてどーなん?」


「そ、れは……」


 非難の視線が痛い。

ハルがモゴモゴと口ごもっていると、ハッと我に返った北本がフォローに入った。


「ち、違う違うっ! 違うよ青木君! ハルは私がお姫ちゃん……この人形をずーっと大事にしてきたのを知ってるから、私の代わりに庇ってくれたんだよ!」


 眉を下げて「ちょっとビックリして固まっちゃっただけなの」とお姫ちゃんを拾い上げる北本を、青木が奇妙なモノを見る目で見つめる。

彼は「そーかよ」と眉間に皺を入れるとそれきり黙ってしまった。


「ごめんねぇ、ハル。お姫ちゃんも」


「あ……いや、気にしないでよ」


 むしろ気にして欲しいのは青木の方である。

どさくさに紛れて結構な事を言ってきた割りに謝りもしない青木に、ハルは最初に感じた以上の不快感を抱いた。


 ボサボサになったお姫ちゃんの頭を優しく撫でる北本を見て、流石の彼も居心地の悪さを感じたのだろう。


「そんなヤバそうな人形、早く何とかした方が良いと思うけどなー」とだけ言い残し、彼は北本に別れを告げて立ち去ってしまった。

一応ハルにも会釈はしていたが、どこか冷たさの残る視線であった。


「……ほんとにごめんねぇ、ハル。まさかこんな事になるとは思わなかったよ~」


「そんな、アカリちゃんが謝ることじゃないよ」


「んー……それにしても青木君ってあんな感じの子だったんだなぁって、ちょっとショックかも」


「え!? もしかしてアカリちゃん……」


 彼に気があったのかと驚くハルに、北本は「違うってばぁ」と勢いよく左右に手を振る。


「そうじゃなくって……ただ、私と二人で話してる時とは随分と印象が違うんだなーっていうのがね。知りたくなかったけど、でも早めに知れて良かったよ」


 今後は少し距離をとろうかな、と首を傾げる彼女に、ハルの中で小さな疑問が浮かび上がる。


「って事はアカリちゃん、青木君とは最近仲良くなったの?」


「同じクラスになってからちょっとずつ話すようになったんだよ。そういう子って、結構いるでしょ?」


(分からなくはないけど、「結構」は居ないかなぁ……)


 交遊関係の狭さを自覚しつつ、ハルは彼がお姫ちゃんの件を知っているような口振りであった事を思い出した。

お姫ちゃんの件は夏休みに入ってから起きたというにも関わらず、何故彼が知っているのか──

それとなく指摘すると、北本はあっけらかんと答えた。


「だって最初にお姫ちゃんが鞄から出てきた時に居合わせたのが青木君なんだもん」


「え、一緒にコンビニに寄ったクラスメイトって青木君だったの?」


 何の根拠もなく女子を想像していた為、にわかに思考が鈍る。


(え、待って、待って。二回も青木君が居る時にお姫ちゃんが出てきたのって、それは偶然? まさか……まさか)


「ねぇアカリちゃん。他にお姫ちゃんが現れた時って、周りに誰が居たか覚えてる?」


「えー? 演劇部の子が居る時も、お母さんが居る時も、一人の時もあったしなぁ。そこまではよく覚えてな……あ」


 何となくハルの言いたい事が伝わったらしい。

彼女は半笑いをひきつらせると、「そこまでは考えもしなかったなぁ」とお姫ちゃんの髪をソッと梳いた。


「むしろ考えないようにしてたのかも。『私の友達にそんな事する子がいる筈ない』ってさ。でもそれって結局、ただの現実逃避だよねぇ」


「アカリちゃん……」


「……ハル、ファミレスで言ってたよね。お姫ちゃんが出てきた時は、外で尾行されやすそうなタイミングだって」


 力なく呟く友人に頷いてみせれば、彼女は「疑いたくないけど気付いた事がある」と深い溜め息を吐いた。


「青木君、塾が同じなの。クラスは違うんだけど、曜日も終わる時間もほぼ同じでね」


「え……」


「それと、前に一度家まで送って貰った事があるからウチの場所も知ってるんだ」


 一度疑いだすとどんどん怪しく思えてきてしまう。

「まぁ、あくまで可能性の話だけどね!」と明るく締めくくる北本に、ハルは難しい顔をするしか出来なかった。

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