2、八尺様②
──この話がネットで流行って、八尺様は有名な都市伝説の仲間入りしたんだよね。そうなると、もう八尺様は一人じゃなくなる。
──どういう事?
──口裂け女とかトイレの花子さんが良い例。まさかたった一人の怪異が日本全国を駆け回ってる訳ないでしょ。そういう奴らは噂を恐れる人間達によって、噂がある所に生まれ出るんだよ。
(な、なるほど……?)
確かに、花子さんが日本中の学校のトイレを縄張りにできる程強い力を持っているとは思い難い。
納得する反面、おびただしい数の花子さんや口裂け女が日本各地にいると考えるとおぞましいものがある。
──都市伝説のオバケが複数いるかもしれないのは分かったよ。それが、八尺様とどう関係があるの?
ハルは薄々抱いた嫌な予感には触れずに竜太の返事を待つ。
程なくして意外な人物の名前が上がった。
──大成が八尺様に魅入られた。
(え……大成君!?)
思わぬ話に呆気に取られるも、すぐに不安が押し寄せる。
何せネットには「八尺様に魅入られると死ぬ」と書かれていたのだ。
──大成君は大丈夫なの!?
──アイツは大丈夫。順を追って説明するから落ち着きなよ。
事の発端は今朝──大成からの相談だったという。
どうやら彼は昨日の夕方のジョギング中に、帽子を被った妙に背の高い女を見かけたらしい。
それがどこまで移動しても、一定の距離を保って付いてくるというのだ。
帽子のつばで顔が見えない女の口からは、微かに「ぽぽ」だか「ぼぼ」だかの低い声が発せられていたそうだ。
知る者からすれば分かりやすい情報に、竜太はすぐさま「都市伝説の八尺様」だとアタリをつける。
外にいると必ず視界に入って来る女など、不気味以外の何物でもない。
泣きつく大成を放っておく訳にもいかず、竜太は当然のように忍を頼ったそうだ。
──でも、忍さんと連絡取ってる途中で状況が変わった。
(そのタイミングで? 嫌な予感しかしないんだけど……)
──急に八尺様らしきデカ女が俺にも視えだした。逆に、大成からは女の姿が視えなくなった。
──それってつまり……?
──八尺様は大成じゃなくて俺に狙いを代えたみたい。
(そんな!?)
死ぬ、という言葉が頭を駆け巡る。
頭が真っ白になるハルの手中で、スマホが立て続けに震えた。
──言っとくけど、俺も大丈夫だから心配いらない。
──忍さんによると大成はかなり強いものに守られているらしい。
人を憑り殺せる怪異が近寄れない位だから相当だよね。
そして八尺様が遠くから手をこまねいている所に、俺が現れた。
──俺の方が大成より狙いやすいと思ったか、単に気が変わったのかは分からないけど、とにかく大成はもう大丈夫だってさ。
大成が無事なのは分かったが、まだ竜太への心配が解消された訳ではない。
──竜太君は本当に大丈夫なの?
──今夜は七里さん家に泊まる事になった。
夕方には忍さんも合流してくれたんだけど、色々あってさ。
結局ネットに書いてあった話になぞらえて対処する事になった。
(ネットにあった話?……あ!)
そこでようやく、ハルは投稿者が一人部屋に閉じ籠って夜を明かす場面を思い出した。
──まさか、竜太君は今……
──そのまさか。一時間位前から一人で籠城してるよ。
忍さんや七里さん達は別室で休んでる。朝になったら部屋を出る予定。
(嘘でしょ!?)
よりによって一番怖いシーンを再現中などと、誰が想像できようか。
「小説の主人公になったみたいで楽しい」と追記してくる神経の太さに言葉を失い、ハルは頭を抱える。
──まぁ、大丈夫って言うなら信じるけど……絶対に戸を開けちゃダメだよ?
──流石に開けない。
それよりも、ネットの話になぞらえてるだけあって、本当に声が掛かってきたのに驚いてる。
──え、声が聞こえたの? 投稿者さんの時みたいに?
──聞こえたよ。七里さんと、奥さんと、忍さんの声。
「飲み物いるか?」とか「怖かったら出ておいで」とか、「もう大丈夫だから出てきていいスよ」とか。
露骨過ぎだよね。もっと捻れば良いのに。
(いや何でそんな余裕なの……!)
──さっきまで襖を叩く音がしてたけど、今は静かかな。
そんな訳で超ヒマだったから、ハルさんが連絡してくれて丁度良かったよ。
──そう。お役に立てたなら良かったけど、本当に気を付けてね。
忍が近くに居るからというのもあるのだろうが、油断しないで欲しいものである。
そう追加の一言を送ろうとした時、突然部屋の窓がコンッと音を立てた。
「ひゃっ!? な、何………?」
風の音か何かだろうか──
タオルケットを頭から被ってビビり通していた為、今のハルには聞き間違いかどうかの判断がつかない。
──どうしたの?
驚きのあまり途中送信してしまった為、不審に思った竜太からメッセージが届く。
しばらく息を飲んで耳を澄ませるが何も聞こえず、ハルはスマホに付いた御守りを握り締めたまま静かに息を吐いた。
──ごめん。何か今、窓で音が鳴ったような気がして驚いちゃった。
気のせいだったみたい。
──そう。怖がり過ぎると物音に敏感になるって言うし、気にしない方が
(? 竜太君も途中送信?)
怪訝に思う間もなく追加メッセージが表示される。
──今、ハルさんが来た。
(……は? 私?)
何を言われたか分からず、ハルはとりあえずクエスチョンマークのスタンプだけを送った。
──襖の向こうから、ハルさんの声で「直接話そうよ」「出てきて欲しいな」ってさ。
本物のハルさんより積極的で笑うんだけど。
──いや笑えないよ! 私家に居るし、それ私じゃないからね!?
──分かってるって。
勝手に人の声で恥ずかしい台詞を言わないで欲しいものである。
恐怖よりも怒りの方が湧いてくるが、やはり怖いものは怖い。
──ハルさんそろそろ寝るでしょ。長々付き合わせてごめん。
──それは良いよ。元々お話したくてこっちから電話しちゃった訳だし。
そう送ってしまってから、ハッとする。
(わ、私ってば八尺様と同じような事を……!)
慌てて取り消すにはハルの動作は遅すぎた。
──じゃあ話すのはまた今度だね。
当たり障りのない返しだ。
助かる反面、それが少し寂しいと思ってしまうのだから我が儘な感情である。
(と、とにかく竜太君が無事なら何でも良いや……)
その後短いやり取りを交わして話を切り上げた彼女は、部屋の電気を付けたまま眠りに就いたのだった。
ちなみにこの八尺様騒動は、翌朝滞りなく解決したらしい。
その一報を受けたハルは安堵する傍ら、うやむやになってしまった自身の告白について頭を悩ませる事となる。




