1、八尺様①
※重要なお知らせと謝罪※
前回の更新分ですが、お話が一話抜けて投稿していました。
中々気付かず対処が遅れてしまい、誠に申し訳ありませんでした。
今後二度とないよう気を付けます。
抜けていた一話を追加しましたので、未読の方はこのページの一つ前「11、要望」をご一読の上、九章をお楽しみ下さい。
竜太が線香をあげに来た日から数日が経過した。
ハルは今まで通り塾や学校夏期講習に勤しむ傍ら、AO入試を視野に入れてY大学への面談を重ねていく。
もし不合格であった場合のリスクは大きいものの、やる気と熱意を重視するという選考方法は、今や「Y大学しかない」と考えているハルからすれば逃したくないチャンスであった。
大学側からアドバイスされた小論文の書き方を学びつつ勉強を続けるのはかなり根気がいる。
そんな中、ふとした瞬間に竜太とのやり取りを思い出しては頭の隅に追いやるのがハルのルーティーンとなっていた。
桜木との進展は特にないままだ。
今が夏休みである事とクラスが違う事も関係が変わらない要因の一つだろう。
今までと変わらず、たまに猫の画像や最近観た映画の感想が送られてくる位のものである。
いずれにせよ大きな関係の変化が無い事は彼女にとって有り難いものであった。
(ふぅ……もう今日は勉強止めようかな。疲れたし)
自室の机に向かっていたハルは伸びをしながら時計を確認する。
時刻は夜の十時を回ろうとしていた。
凝り固まった首や肩を回しながら勉強モードをオフにすれば、飽きもせず頭に浮かぶのは竜太の言葉である。
ハルは引きずりまくる自身の性格に辟易しつつベッドへとダイブした。
(そういえば竜太君、「私には悪いけど結局半端なまま」って言ってたっけ。でもそれって、よく考えたら私にも言える事なんだよなぁ。だって……)
ゴロゴロと寝返りを打ちながら頭を抱えた彼女は、やがてピタリと動きを止めると両手を投げ出した。
(だって私、まだちゃんと竜太君に告白してない……)
それこそが宙ぶらりんな現状の一端を担っている気さえする。
ハルは深く長いため息を吐き出した。
(竜太君からしたら私の気持ちなんてバレバレで、わざわざ言葉にされる必要も感じて無いんだろうけど、でも、でもさ……)
──本当に伝わっているのか──?
そんな思いが燻って仕方ないのだ。
現にハルは桜木の好意を薄々感じていたとはいえ、実際に告白されるまではまるで実感が無かった位である。
(桜木君は凄いなぁ……好きって伝える勇気があって。私はそんなの……)
そこまで考えた彼女はうつ伏せになってスマホを手繰り寄せた。
(……私も、ちゃんと言ってみようかな。……恥ずかしいとか、格好悪いとか、全部今更だし)
そもそも「好きだ」と口に出した所で、「知ってるけど」の一言で済まされる可能性の方が高いのだ。
何なら「何を今更急に」と呆れられるかもしれない。
(で、でも竜太君、「気を使わないで、言いたい事言えばいい」とも言ってたし……)
人間、どんなタイミングで行動力を発揮するのか分からないものである。
気付けば指が動いていた。
スマホから竜太へのコール音が聞こえてくる。
ハルはドクドクと速まっていく鼓動を感じながらスマホを耳に当て続けた。
しかし──
(出ない……バイトだったかな)
先程まであった勇気がしおしおと萎れていく。
諦めて電話を切った彼女は、早まった判断をしてしまったとすっかり落ち込んでしまった。
ヴーッ、ヴーッ
突然スマホが震えだし、ハルは飛び付くように画面を開く。
そこには竜太からのメッセージが表示されており、そこに書かれた一文を目にした彼女は眉を顰めた。
──今の電話、本物のハルさん?
(これってどういう意味? もしかして何かあったの……?)
疑われるのは不本意だが、それよりも偽者の自分がいる可能性があるなどとは考えたくもない話である。
少し悩んだ末、ハルは正直な言葉でメッセージを返信した。
──偽者がいるかは分からないけど、一応私は本物だよ。何かあったの? 大丈夫?
──なら良い。悪いけど今は電話出来ない。用件は?
もはや告白どころはないだろう。
そもそも恥ずかしすぎて後に残る文章で伝えるつもりはない。
ハルは「ちょっと話せないかと思っただけ」と返し、改めて大丈夫かと心配する一言を添えた。
──説明すると長くなるけど、ハルさんは今大丈夫?
──大丈夫だよ。今日の勉強は終わったし。
すぐに既読はついたものの、それ以降の返事が来ない。
それでも辛抱強く待ち、五分以上たった頃、ようやく返事が返ってきた。
──ハルさんは八尺様って知ってる? ネット発祥の都市伝説なんだけど。
(はっしゃく、さま? 何だろう?)
わざわざURLが添付されている辺り、ハルなら知らないと予想したのだろう。
リンク先を確認すると、「八尺様」とやらの書き込みについてのまとめサイトに飛ばされた。
(えぇっと、何々。「八尺様」とは……)
内容は投稿者の男性が実際に体験したという体で書かれた怪談であった。
要約すると、祖父母の元を訪れた投稿者が近所で不自然に背の高い女を目撃した事から話が始まる。
女の「ぽぽぽ」という不気味な声が印象に残った彼が、その話を祖父母にした事で事態が動き出す。
その地域では、その特徴の女に魅入られると数日の内に必ず命を落とすのだという。
祖父母は慌ててその道に詳しい人物を電話で呼び寄せ、投稿者を救おうとする。
しかし朝になるまで動く事が出来ない。
投稿者は朝になるまで決して部屋から出ないよう言われ、祖父母も戸は開けないし声もかけないという。
激しい緊張感の中、戸の外から聞こえるのは祖父の優しい声。
そして窓を叩く音。
全てを無視した彼は無事に朝を迎える事となる。
そして集められた血の近い親戚を目眩ましにしながら車で移動し、どうにか助かる──という話であった。
(こ、怖い……! 夜に一人で読む物じゃないよ!)
ゾクゾクしながらも読み終えた旨を伝える。
竜太もスマホを弄っているのか、直ぐに既読がついた。
──どうだった?
──どうって、怖かったよ。特に部屋に閉じ籠って一人で夜を明かす所!
一人ぼっちの不安な環境の中、もし身内が優しく「怖かったら出てきていいよ」などと声をかけてきたら、罠だと思っていても揺らいでしまうだろう。
迂闊にも投稿者と自分の身を置き換えてしまった彼女は、背筋が凍る思いでタオルケットを被った。




