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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
八章、夏休み

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11、要望

※重要なお知らせ※


今回のお話を飛ばして新章を投稿しておりました。

大変申し訳ありませんでした。


そして一話分追加の修正をした事でご感想がずれてしまった事も、重ねてお詫び致します。

今後このような事がないよう気を付けます。

 暫く源一郎の写真や位牌を眺めていたものの、結局それ以上の変化は起きなかった。

意外にも竜太は早々に諦めた様子で立ち上がってしまい、もう少し粘る気でいたハルは面食らいながらも彼に続いて腰を上げる。


「線香あげられたんで、俺帰ります。お邪魔しました」


「あら、もう? 何のお構いもしなくてごめんなさいねぇ」


「いえ。それでは」


 どこまでも取っ付きにくい客人を、母は愛想笑いでやり過ごす事にしたらしい。

特に引き留めたりもせず「また遊びにいらっしゃいね」などと当たり障りのない挨拶をしている。

母もそこまで社交的な性格ではない為、無理もない対応だろう。


「あ、そこまで見送るよ」


 竜太が来てからまだ一時間と経っていない。

玄関、いやせめて外の門扉までは付き添いたいとスタコラ進む竜太の後を追う。

しかしいざ玄関に到着した途端、ハルは言い様のない名残惜しさに襲われた。


(そういえば、次はいつ会えるかも分からないんだよね)


 かといって何もない家に引き留める訳にもいかず、ハルはパクパクと口を開けては閉じてを繰り返す。

その様子に気付いたのか、竜太は靴を履くと面倒そうに鞄を背負い直した。


「……俺、コンビニ寄るつもりだったんだけど、ハルさんも来る?」


「! い、行く!」


 思わぬ誘いだ。

ハルは舞い上がる思いで「鞄取ってくる!」と踵を返した。


(やった。もう少し一緒に居られるんだ!)


 慌ただしく財布とスマホを鞄に押し込み、母に一言声をかける。

何かを察したような「遅くならないようにねぇ」という声を受け流して外に出れば、玄関のすぐ外で竜太が待っていた。


「ごめん、お待たせ」


「別に。行こ」


「う、うん」


 歩き出したは良いものの、二人の間に会話はない。

アスファルトに揺れる陽炎を横目に黙々と歩く。

「暑いね」以外に何を話そうかとハルが焦り始める頃、竜太が重い口を開いた。


「俺、この前変に気を使って凄いストレス溜まったんだよね」


「? そうなの?」


 何の話かと思いつつ、ハルは大人しく耳を傾ける。


「そりゃ最低限の礼儀は必要だろうけどさ。でもこれからはごちゃごちゃ考えないで……今まで通り俺のしたいようにするつもりだから」


「えーっと、ごめん。話が見えないんだけど」


 したいようにというのは怪異についての事だろうか──

ハルが不安気に瞳を揺らすと、竜太は分かりやすく肩を竦めた。


「ハルさんと会うのに、変にきっかけとか考えるの必要ないなって話」


「え、私の話?」


「今まで通り、会いたくなったら声かける。だからハルさんも俺に気を使わないで、言いたい事言えばいいじゃん」


 感情の読めない目が向けられ、ハルは小さく息を飲む。

耳に入る情報の処理が追い付かない。


(え、え!? 会いたくなったら言うって何!? 竜太君が私に会いたいって思う時があるって事?)


「うわ、凄い顔」


「いや、流石に『うわ』は止めて……」


 そこは気を使って欲しいものである。

どうにかこうにかハルが絞り出したのは「迷惑じゃないの?」という酷く消極的な言葉だった。


「そりゃ無理な事、無理な時はあるだろうけど。でもハルさんは言わな過ぎだと思う」


「不公平じゃん」と口を尖らせる彼の言葉尻が心なしか拗ねて聞こえる。

可笑しいやら嬉しいやら──ハルはクスリと笑って頷いた。


「じゃ、じゃあ、そうする……」


「うん」


 目当てのコンビニはもう目前といった所で、突然竜太が足を止めた。


「俺、コンビニで昼飯買おうと思ってたんだけどさ、ハルさんこの後暇?」


「え、え?」


「暇なら飯食べに行こう」


 恥じらいも何も無いような冷めた顔に見つめられ、ハルはグンと体温が上がるのを他人事のように感じながらコクコクと了承したのだった。





(いつの間にかこの前のレストランみたいな展開になってる……! しかも今度こそ本当にデデ、デートみたいな……)


 前回は「招き綿毛」と「虫除け」という目的あっての食事だったが、今回は完全に食事目当ての外出である。

ハルは混乱が解けぬまま竜太に付いていき、気付けば世与のショッピングモールに到着していた。


 モールに入った途端、汗ばんだ肌がヒンヤリとした空気に包まれる。

まるで頭を冷やせと言われているようで、ハルは幾分か冷静さを取り直した。


「あの、何食べる?」


「何でもいい。ハルさんが決めていーよ」


「え? ん~、どうしよ……」


 特に食の拘りは無い。

フロアマップの前でおろおろと竜太を見るが、彼の意見は変わらないようだ。

とりあえずレストラン街の階に行こうと提案し、言葉少なに移動を始める。

──その時だった。


「あれぇっ、ハルお姉ちゃん?」


 心当たりが一つしかない呼び声がかけられ、ハルは反射的に振り返る。

少し離れた通路の脇に、買い物袋を提げた千景が立っていた。


「あ、千景ちゃん。こんにちは」


「こんにちは! くねくねの時のお兄ちゃんもこんにちは」


「……どうも」


 何もやましい事は無いのだが、このタイミングで知り合いに会うのは少々気まずい。

ただならぬハルの態度を察知したのか、千景も困惑気味に二人を見比べた。


「あの、もしかしてハルお姉ちゃん達、デートだった? まさかこのお兄ちゃんと付き合ってるの?」


「っな、ちが……っ」


「違うけど」


 にべもなく否定する竜太の返しに、千景は明らかにホッとした様子で胸を撫で下ろす。


(? 千景ちゃん、なんでデートじゃないって知って喜んだんだろ? 竜太君に気がある感じでもないし……)


 むしろ彼女は竜太を苦手としているだろう。

千景が桜木の恋路を応援している事など露知らず、ハルは首を捻るばかりである。

女子同士で話が進みそうな雰囲気の中、竜太が小さく吐き捨てた。


「……何でどいつもこいつも」


「え?」


「な、何? お兄ちゃん」


「……何でそうやってすぐ恋愛沙汰に持ってくんだって話。正直うざい」


 ギロリと睨みつけるような竜太の剣幕に、ハルも千景も言葉を失う。

しかしそれも一瞬の事で、彼はふいと視線を逸らすと拗ねるように口を尖らせた。


「俺とハルさんはお前らが面白がって騒ぐような言葉で表せる程、簡単じゃない」


 それはハルの心を凍りつかせる一言だった。

苛立ちに任せて出た言葉のようだが、間違いなく竜太の本音なのだろう。


(……そうだよね。竜太君、好きとか付き合うとかよく分からないって言ってたし、恋愛話にされるの嫌がってたもん)


 強すぎる衝撃は一周回ってハルを冷静にさせる。

怯えた目で「ごめんなさい」と謝る千景の背を擦り、ハルは努めて気丈に「もう少し優しい言い方をして」と竜太を窘めた。


(私との仲なんて、おじいちゃん繋がりで仲良くなった学年の違うお友達で……そりゃ簡単に説明出来ないか……)


 重すぎる空気のせいで胃が痛い。

落ち込む気持ちをグッと堪えていると、意外にも竜太の方が早く態度を軟化させた。


「……もういい。言い方キツかったのは謝る。それよりも、大成妹」 


「な、何?」


「お前、俺と前に会ったのっていつだっけ」


 急な話題転換に付いていけず、千景の目が丸くなる。


「ん~と、くねくね動画の時って五月位じゃなかったっけ? だからお兄ちゃんと会うのは三ヶ月ぶり……かな?」


「多分そうだと思う。確かテニス部の試合の直後だったし、五月で合ってるよ」


 それがどうしたと不思議がる二人をよそに、竜太は僅かに思案する素振りを見せたものの、すぐに首を左右に振った。


「いや、何でもない。ちょっと確認しただけ」


 これ以上話す気はないらしい。

竜太は「じゃあね。行くよ、ハルさん」と早くも背を向けて歩き出してしまった。

あまりにもマイペースが過ぎる。


「ちょっと竜太君!? ごめん、千景ちゃん。また今度お話ししようね!」


「う、うん。またね、ハルお姉ちゃんっ!」


 竜太が離れたからか、いつもの明るい笑顔を浮かべる千景に安堵する。

小走りで竜太に追い付けば、彼は再びむくれた顔でハルを一瞥した。


「ねぇ竜太君。千景ちゃん、悪気は無かったんだよ」


「分かってる」


 相変わらず素っ気ない口調だ。

何故傷心真っ只中の自分が千景と竜太のフォローをしなければならないのか──

ハルがどんよりと肩を落としていると、思わぬ言葉が掛けられた。


「俺、ハルさんとの事、他人にあれこれ言われたくないんだよね。好きだのデートだの付き合うだの、そんな簡単な括りで済ませたくないっていうか」


「うん」


(……もしかして私、今から振られようとしてる?)


 踏んだり蹴ったりという言葉が頭に浮かぶ。

エスカレーターの脇で足を止めた竜太に倣い、ハルも歩みを止めて俯いた。

傷付く覚悟を決める暇もなく話が進む。


「俺、自分でも分かんないんだよね。どうしたいのか、逆にどうしたくないのか」


「……そっか……」


「今はこれ以上の言語化は難しい。だからハルさんには悪いけど上手く説明出来ないし、結局半端なままなんだよね」


(半端な自覚はあったんだ……)


 驚く気持ちと次に何を言われるか予想がつかない恐怖がせめぎ合う。

それでも彼の本音を真摯に受け止めようと、ハルは逃げ出したがる体を抑えるように両手を固く握り締めた。


「人の気持ちって変わるでしょ。だからハルさんはわざわざ俺の事待たなくていーよ」


「それは……」


(それって、暗に諦めろって事?)


 考えがまとまらないが、それはお互い様なのだろう。

答えに詰まるハルに構わず、竜太は「でも」と言葉を被せた。


「出来るだけ、ハルさんの気が変わる前にはハッキリさせたい。……と、は……思う」


 ハルはいまだかつて、ここまで歯切れの悪い竜太を見た事がない。

その事実だけでも彼がよほど真剣に考えている事が伝わってくる。

それが悲しいやら申し訳ないやら面映ゆいやら──とにかくハルの心情は複雑だった。


「なんか、ごめんね。無駄に竜太君を悩ませちゃって」


「何でハルさんが謝るの。それに無駄じゃないでしょ」


 そう言って竜太は眉根を寄せたものの、その後に続く言葉が見つからないのか、何も言わずにかぶりを振る。


「とりあえず飯食べよ。腹減った」


「そう、だね……」


「で、食べたい物は決まったの?」


 思いの外普通に話を変えられてしまい、ハルはやるせなさを誤魔化すように「オムライスかな」と呟いたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] やはり軸のぶれない話は面白いのである。作者殿に感謝を。
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