9、裏側
時は二日前に遡る。
夏期講習に出席した竜太は席に着くなり大成に詰め寄られた。
「天沼! お前最近宮原先輩と会わなかったか!?」
「何急に。夏休みになってからは特に会ってないけど」
「何やってんだよぉ~~も~!」
暑苦しさ全開で机に身を乗り出す大成を手で払い、竜太は最後にハルを見かけたのはいつだったかと記憶を掘り返してみた。
しかしその作業は無意味に終わる。
夏休みに入ってバイトの日数を増やしてしまった為、遠目で見かけた程度の記憶などあって無いようなものだった。
(そういや、そろそろ宮原のじいさんの誕生日……お盆か)
ハルを思い出した流れで源一郎に行き着いてしまい、竜太はここ最近になって迷っている事をついポロリと溢してしまった。
「……ハルさん家行きたいんだけどさ、何て言って行けば良いと思う?」
「はぁ!? え!? お前こそ何急に!? いきなり家とか大胆すぎるだろ!?」
「?……あぁ、違う違う。用があるのはハルさんじゃなくてじいさんの方ね」
平然と否定する竜太に脱力し、大成は「お前なぁ~」と竜太の机に突っ伏した。
いちいち大袈裟な友人に呆れつつ、竜太の意識は再び源一郎へと向けられる。
(墓参りには何度も行ってるけど、本当は仏壇にも線香あげたいんだよなぁ)
源一郎が生きていた頃は会った事もないハルの祖母に数えきれない程線香をあげていたというのに、いざ一番手を合わせたい人物にそれが出来ないとは皮肉なものである。
さてどうしたものかと思案していると、机に伏せていた大成が突如として不思議そうに顔を上げた。
「っつーか宮原先輩のお祖父さん? に用あんならさ。最初から素直にそう言って家に上げて貰えばいいんじゃねぇの?」
「……」
「? え、俺変な事言った?」
「いや」
むしろ至極真っ当な意見である。
しかし──
(何となく、頼みにくいんだよね)
理由は不明だが、出来る事ならばハルに対して源一郎に執着しているような発言はしたくなかった。
単純に「こんな事があった」と思い出話をするのは何ら問題はない。
ただ、今現在の行動や思考に源一郎の面影が強く出るような匂わせ方をする事に抵抗があるのだ。
(ハルさん、今でも俺が「宮原のじいさんに頼まれたから仲良くしてる」って思ってんのかな)
自分の考えは伝えたつもりだが、ハルのマイナス思考を甘く見てはいけないだろう。
面倒くさい性格だと厄介がりつつ、竜太は何と言えばハルに余計な負担をかけずに源一郎の話を持ち出せるかを考えた。
「はぁ、面倒くさ……」
「んな言い方しなくても……それにしてもお前、ほんと宮原先輩には気ぃ使うよな」
「そんなの、」
そこまで言いかけて口を閉ざす。
続けられる筈だった「当たり前」の言葉を飲み込み、竜太は苛々と首の後ろを掻いた。
「ところで大成。何で急にハルさんの名前が出たの」
「え!? あ、あー……いや、えっと」
分かりやすく視線を泳がせる大成の態度からして、何かがあった事は明白である。
しかし問い詰めるより早く教師がやって来てしまい、結局大成の話は講習が終わるまで持ち越しとなってしまった。
◇
「で、何」
「怖っ! お前の真顔マジで圧が怖いんだけど!」
講習の課題を提出し終えて早々、竜太は朝のお返しとばかりに大成に詰め寄った。
それでも言い淀む友人を悠長に待てる程、竜太の気は長くない。
先日購入した目が合う万華鏡を思い浮かべながら「早く言わないとこの前買った怖い物を見せる」と言えば、大成は「どんな脅し方だよ!?」とようやく口を割った。
「じゃあ言うけど……桜木先輩、宮原先輩に告ったらしいぞ。演劇部の先輩が北本部長に本当かどうか聞いてるの聞いちゃってさぁ」
「へぇ。で?」
相変わらず淡泊な反応に、大成の声が非難めいたものへと変わる。
「で、って……お前、良いのかよ? もしかしたら宮原先輩と桜木先輩、付き合っちゃうかもしれないんだぞ!?」
「? 良いも何もハルさん次第でしょ。桜木センパイが告白しようがハルさんの返事がどうなろうが、俺が干渉する理由はないね」
「それは……そうかもだけど……」
「まさか話ってそれだけ?」
肩すかしを食らった気分で鞄を背負う竜太に、大成はまだ何事かをぼやき続けている。
下らないと一蹴する事すら面倒で、竜太は黙したまま意識をお盆の件に戻した。
(そもそも何で俺がここまで気を使わなきゃいけないんだよ。ハルさんに頼み事するのに、切っ掛けも口実も必要ないじゃん)
教室の冷房が弱いせいか、蒸し暑さが苛立ちを助長させる。
竜太は近い距離でまとわり付く大成を押し退けながら、ぼんやりと万華鏡をダシにしてみようかと考えたのであった。




