7、悩む
予想外な事は続くものである。
ただでさえハルを驚かせた桜木の告白は、その後更に彼女を困惑させる展開となってしまった。
(うぅ、まさか見られてたなんて……)
そう、あの告白現場を他の生徒に目撃されていたのだ。
桜木もハルも周囲にまで気が回らなかったが、夏期講習後とはいえまだ生徒は残っていた。
むしろ廊下のど真ん中での告白など目立って当然である。
翌朝一番に北本から真偽確認の連絡を受けたハルの動揺は凄まじかった。
何故か周りは噂の張本人達に確認するのではなく、北本を始めとしたハルの友人に探りを入れる者が多いらしい。
(夏休みだから、と思って舐めてたらこれだよ……人の噂って怖いなぁ)
友人達による「よく知らないけどそっとしてあげよう」という対応もあってか、これでもマシな方ではあったのだろう。
ちなみに友人達の反応はというと、これまた実に様々であった。
北本は始めこそキャーキャー言っていたものの、「結局はハル次第だよねぇ」と頷いていたし、大和田は「桜木良い奴だし、アタシは勿体ない気がするけどね」と実に正直な感想を述べていた。
志木は「とりあえず付き合ってみたらー? 天沼ちゃんの反応気になるしぃ」と冗談めかして笑っていたし、桜木本人に至っては「なんか騒ぎになっちまってごめんなー。でも俺、気持ち伝えた事に後悔はないからよ」と爆弾を追加する始末である。
(し、心臓が痛いっ。今は誰に対しても気まずいっ!)
ヒソヒソと囁かれる声にいちいち居心地の悪さを感じながら、気付けば三日が経っていた。
そしてようやく訪れた休日。
ハルの一日は噂を聞きつけた三沢からの電話で始まった。
──おっまえ、あの後マァジで告られたんだってな!
「……マジだよ。誰かさんが変な所で桜木君の背中を押したからね」
──ダァーッヒャッヒャ! 桜木やるーぅ!
棘のある言い回しなど気にも止めず、三沢は不躾に笑い飛ばすばかりである。
彼としても桜木の思い切りは予想外だったようで、それがツボだったらしい。
──で、何で断ったん?
「え?」
──「あの桜木がジミヤ原に告った」ってのは噂んなってっけどよ。「付き合った」って聞かねぇって事は振ったんだろ? フツーに勿体なくね?
触れて欲しくない所をピンポイントで突いてくる彼にうんざりしつつ、ハルは「ノーコメントで」とつれなく答える。
しかしその返しすら面白いようで、三沢は「宮原が反抗期だ」とヒィヒィ言うばかりだ。
──まぁ三年だし? 宮原も色々あるわなぁ。
「う、うん、そう! だからもうからかわないでよね!」
──へぃへぃ。勿体ねぇとしか思えねぇけど、俺としては宮原にゃ~派手な桜木より持田みてぇなのが合ってる気ぃすんだよなぁ。
「え!?」
──あ、別にお前らを馬鹿にしてる訳じゃねーぞ? 単純にそう思ったっつーかさぁ。
三沢はハルと持田の過去のやり取りを知らない。
純粋に友人である持田を持ち上げての発言なのだろうが、なんとも心臓に悪いお節介である。
「もう、本当に変な事言わないで。ただでさえ今は混乱してるのに……」
──悪ぃ悪ぃ。ま、桜木はいい奴だけどさ、他に気になる奴居んならしゃーねーよなぁ。
「は……ぅ、えぇっ……!?」
──お、もしかしてビンゴ? んじゃまったなー!
プツリと切られたスマホから無機質なツーツー音が流れる。
(やられた!)
ハッタリに引っ掛かってしまう自分の迂闊さが情けなく、ハルは苦い顔でスマホを置く。
三沢の発言のせいで嫌でも竜太の顔がよぎってしまい、ハルとしては居たたまれない気持ちでいっぱいである。
(桜木君の気持ちは有難いけど……それより申し訳なく思っちゃうんだよね。そう考える事自体が失礼なのかもだけど)
ふと三沢や大和田の「勿体ない」という発言を思い出し、ハルは今度こそ本当に失礼だと枕に顔を埋めた。
北本の言っていた「結局はハル次第」という言葉が重くのし掛かる。
(私の気持ちは……どうなんだろ。桜木君に好きって言われて恥ずかしかったけど、でも嫌だった訳じゃなくって……あれ? でも何で? 持田君の時は迷わずすぐに断れたし、ここまで悩まなかったのに……)
満更でもないという事なのだろうか──とハルは自身の揺らぎに驚きよりもショックを覚えた。
(こんなんじゃ、桜木君にも竜太君にも合わせる顔がないよ……今更うだうだ考えても仕方ないけど、気になっちゃうんだもん。私、これからどうしたら良いんだろ……)
優しい桜木を傷付けたくないのに、それが上手く出来ない。
彼の想いを知ってしまった以上、余程の事でもない限り、持田の時のように今までと全く変わらず友人として付き合っていく事は難しいだろう。
(うぅ……知恵熱出そう)
冷房を付けるのも億劫でゴロリと寝返りを打つ。
このまま暑さに溶けてしまいたいと思える程に彼女の精神は削られていた。
(そういえば、最近全然竜太君に会ってないなぁ)
竜太と最後に交わしたやり取りは何だったか──
夏休みに入ってからというもの、竜太とは姿を見る事はあれど話す時間がないか入れ違いかでまともな会話は殆んど出来ていなかった。
それこそ面と向かってきちんと話したのは終業式後のレストラン以来だろう。
大いに寂しさを感じるものの、むしろここ数日はハルの方から避けていたのだから自業自得ともいえる。
(会いたいけど、今は会いたくない……)
矛盾した感情を自覚しながら、ハルはのそりと起き上がった。
(竜太君は私と桜木君の噂を知ってるのかな……学年違うし、できればずっと知らないままでいて欲しいけど……)
桜木が目立つだけに、それも難しいかもしれない。
ベッドに座り込んで頭を抱えていると、突如としてスマホが震えた。
「…………え!?」
画面に表示されているのは今まさに考えていた人物、竜太の名前だった。
不意を突かれた動揺のあまり、ハルは考えるより先にメッセージを開いてしまう。
──今日暇?
(え? は!? 何? 何で!?)
相変わらず無愛想なメッセージだ。
それでも随分と久しぶりなやり取りに、ハルの胸は大きく跳ねる。
しかし──
『宮原がアイツを好きってんなら邪魔するつもりはねぇ』
『けど、もし宮原が天沼と居てしんどそうだったり幸せじゃ無さそうだったら、容赦なく押してくからそのつもりでいろよ』
今度は桜木の言葉が頭をよぎってしまい、ハルは胸のモヤモヤを押し殺すように「予定は無い」とスマホをタップした。
桜木の事を考えれば竜太が浮かび、竜太を考えれば桜木が浮かぶのだから厄介なものである。
息つく暇もなく既読がつき、返信が届く。
──暇なら駅に来て。見せたい物ある。
(見せたい物? 何だろ?)
事件という訳では無さそうだ。
かといって変に期待も出来ず、疑問よりも不安が募る。
前回の食事の時も、結局は怪異である綿毛八割、虫除け二割という目的あっての誘いだったのだ。
(よく分からないけど、行ってみよう)
まだ何も知られていない事を願いながら、ハルは「すぐに向かうね」とだけ返事を送った。




