5、暴露
世与高校の夏期講習は必要日数さえ出席すれば残りは自由参加となっている。
実際は「講習」というよりも「自習」に近く、ハルはというと今年もほぼ全日出席という真面目な参加率であった。
講習日数は全二週間。
当然、親しい友人が誰も出席しない日もある。
今日はそんなハズレの日だった。
(はぁ、今日は無駄に疲れた……)
不運とは重なるもので、やり終えた課題を提出する際、ハルは話が長い事で有名な教師に捕まってしまった。
とりとめのない話から解放された頃には既に生徒はまばらにしか残っておらず、ひと気の少ない校舎が空しさに拍車をかけている。
「ちーっす、宮原。お疲れさん」
「あれ、お疲れ様」
下駄箱に続く廊下の途中で待ち構えていたのはクラスメイトの三沢史昭だった。
必要最低限しか出席しないという彼に遭遇するのは珍しい。
わざわざ残って待っていたのだろうか──
ハルは心の引っ掛かりに気付かないふりをして彼に近付いた。
「一人? 今日は持田君達がいないのに珍しいね」
「俺は寂しん坊か。講習位一人でも受けられるっつーの。……ま、いーや。今日はちっと宮原の耳に入れときてぇ事があってよぉ」
軽い態度から一転、三沢は真面目な空気を纏うと細い背を僅かに丸めて声を落とした。
「宮原はさ、世与──」
「宮原っ!」
唐突に掛けられた第三者の声に驚き、二人の肩が小さく跳ねる。
反射的に振り返った先には険しい表情を浮かべた桜木が立っていた。
実際に見てはいないものの、急いで歩み寄って来た事を思わせる挙動をしている。
ハルが何事かと聞き返す暇もなく、桜木が口を開いた。
「大丈夫か?」
「へ? あ、うん。大丈夫だけど……」
一体何が、と小首を傾げた所で苦笑する三沢と目が合い、ようやく一つの心当たりに辿り着く。
ハルは以前、三沢を含む富士グループに下駄箱で絡まれており、偶々居合わせた桜木に助けられた事があった。
ハルと三沢が和解し友人関係になった事を桜木は知らない。
十中八九、桜木には三沢がハルに絡んでいるように見えたのだろう。
「あのね、桜木君? 私別に──」
「はっはぁ、タイミング良く王子様のご登場ってか。さ~っすが桜木、やるじゃ~ん」
三沢がヘラヘラと皮肉を交えて両手を上げた事で桜木の警戒心は更に増し、ハルは桜木の背に庇われるように押しやられてしまう。
なぜわざわざ煽るような発言をするのか──
三沢の態度が理解出来ず、ハルは慌てて二人の間に飛び出した。
「ちょっと三沢君も言い方! 桜木君、心配いらないからね!? ほんと普通に話してただけだから」
「普通にって……でもこいつって確か前に……」
「それはもう謝ってもらったし、気にしてないよ。色々あってね、お友達になったの」
「その節はどーも。まぁありゃ~百こっちが悪ぃんで言い訳できねーわ」
ハルによる必死の説得に押され、桜木は疑いの目を向けながらも一応は納得の色を見せる。
しかしその場を離れる気はないらしく、「で、何話してたんだ?」と話題に加わってしまった。
「そういえば三沢君、何の話だったの?」
「んー……や、ワリ。ど忘れしたわ」
今一つ歯切れの悪い返答に「はぐらかされている」と直感したハルは、ふとこの場にいる三人の共通点に気が付いた。
(そういえば、私と桜木君は怪異が視えて、三沢君は視えないけど気配が分かるんだよね)
今後何かあった時の為にも、今の内に情報共有をしておいた方が良いのではないかという考えが頭をよぎる。
しかし──
(二人とも怪異関係の事は周りに隠してる訳だし、許可なく勝手にバラすのはまずいかな)
どうしたものかと思案する間にも三沢は「んじゃまたな~」と今にも帰らんとしている。
この期を逃したら当分話を切り出せないだろう。
そう思い至ったハルは咄嗟に「待って」と引き留めてしまった。
「あ? んだよ?」
「あの……もし違ったらごめんなんだけど、三沢君が話そうとしてたのって、もしかして怪異関係?」
「なっ!?」
「は?……えぇ!?」
この思いきった発言にギョッとしたのは三沢だけではなかった。
目を見開く桜木を横目に、ハルは捲し立てるように言葉を続ける。
「あ、あのね、桜木君も私と同じで世与にいると視える人なの。三沢君は視えないけど私より怪異の気配が分かって、その、一応この事はお互い知ってた方が良いかなって思って……」
焦りのせいで言い訳がましくなってしまったものの、ハルの言い分は無事に伝わったらしい。
二人は驚きこそすれ、特に気分を害した様子もなく互いの顔を見合わせている。
「マージかよ!……って思ったけど、ある意味納得したわ。それで宮原が桜木と、ねぇ。なるほどなー」
「……どういう意味だよ。まぁ、びっくりだな。お互いに」
三沢はフムフムと不躾にハル達を交互に見やり、「そういう事なら遠慮なく」と先程の話の続きを語りだした。
「お前ら、世与本町駅の前でたまに露店商とか出てんの知ってっか? ほら、ストリートライブとかやってたりする所の」
「う、うん。たまに見かけるよね」
「あぁ、実際に買った事はないけどな」
三沢が話しているのは世与本町駅のロータリー周辺の事だろう。
近場の駅の中では比較的栄えているからか、たまにクレープやパンなどの移動販売車やら、アクセサリー売りやら似顔絵描きやらが来ているのをハルも何度か見かけていた。
「そこに最近、怪しいっつーか、変な店が来るようになったんだよ」
「怪しい変な店?」
ハルの頭に浮かんだのは、何かのテレビで見た、いかにも胡散臭い壺を売り付ける占い師の姿だった。
そもそも最寄り駅とはいえ徒歩通学の彼女にはあまり縁のない場所の話なのだから仕方ない。
「二、三日に一回位かな? 駅前のロータリーの端っこに、シート広げた露店商が来るようになってよ。手作りの置き物とか鏡とか? まぁ雑貨屋っぽいんだけど、そっから沢山の嫌な気配がするんだ」
「何それ、大丈夫なの?」
ただでさえ嫌な気配と聞いて身構えてしまうというのに、それが「沢山」とは聞き捨てならない。
分かりやすく動揺するハルと桜木に、三沢は「通りがかる分には問題ねぇと思う」と付け加えた。
「嫌な感じはどれも商品に留まってるっぽくてな。俺は声とか聞こえねーから何とも言えねぇけど……とにかく数が多いのが気になったから、一応宮原に注意しとこうと思ったんだよ」
「あ、ありがとう……」
怪異の意識が自分に向いてない余裕からか、三沢は「桜木もその店の近くを通んなら気ぃ付けろよ」とあっけらかんと話を締めた。
対する桜木は未だ顔を引きつらせており、「お、おぅ」と出会うかどうかすら分からない未知の気配に身構えている。
「あー……教えてくれたのは有難ぇけどよ。沢山の嫌な気配って、具体的にはどんなんなんだ?」
怖いもの見たさならぬ怖いもの聞きたさといった所か──
桜木の疑問はハルも気になる所である。
三沢は何故か一瞬だけ言い淀むも、ガシガシと頭を掻きながら答えた。
「具体的、ねぇ。俺が感じたんだと強ぇヤな気配が三つ、弱ぇヤな気配が五つ。店員の方からも一つ弱ぇ気配があったけど、余所には興味無いっぽい。強ぇ奴は一つ一つはメリーさん程じゃ無かったけど、自分に意識が向いたとしたら身の危険を感じるレベルだな」
「そ、そんなにいたの!?」
「全部で約十か……本当だとしたらかなりやべぇな」
思わず口をついたのは数に驚く言葉ばかりだったが、ハル達が次に驚いたのは三沢の察知能力の高さであった。
ここまで正確に怪異の存在や意識を感じ取れてしまうなら、便利さ以上に日常生活を送る事すら大変そうである。
ハルの同情心など露知らず。
三沢は「品数によって変わるだろうから数は当てにするな」とだけ付け加えると、今度こそ話は終わりだと鞄を肩に背負い直した。
「んじゃまたなー。もし今後ソッチ関係で何かあったら相談させて貰うからよ」
「う、うん。バイバ……」
「さ~って、邪魔者は退散退散~ってな!」
言うが早いか、三沢は「頑張れよぉご両人っ」と桜木の背をすれ違い様にベシンと叩いて走り去ってしまった。




