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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
八章、夏休み

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4、アプリゲーム

「相談がある」と電話口で告げてきた千景に対して最初に感じたのは、普段の彼女らしからぬ()()()()()であった。

その口ぶりから怪異関係の相談かと勘繰ってしまうのも無理のない話であり、待ち合わせ場所に神社を選んだのはある意味当然の流れであった。



「なんか久しぶりだね、千景ちゃん」


「うん……急にごめんね、ハルお姉ちゃん」


 千景の出で立ちはオレンジボーダーのキャミソールに丈の短いジーンズといかにも夏らしく活発だというのに、その表情はかなり暗い。

普段の彼女ならハルの姿を見付けた途端に駆け寄って来る筈が、今の彼女は手水舎の柱に背を預けたまま微笑むだけだ。


「大丈夫だよ。それよりどうしたの? 元気なさそうだけど……」


 玉砂利を踏み鳴らしながらハルが隣に並んだ所で、彼女はようやくポツポツと本題を話し始めた。


「この間、クラスの友達と五人でモールで遊んだの。そしたらクラスの男子達と鉢合わせて、何やかんやで皆でファミレス入ったんだぁ」


「に、人数凄そうだね」


 千景の人懐こさなら男女問わず友人が多そうだとずれた事を考えてしまい、ハルは慌てて思考を軌道修正する。


「ずっと下らない話ばっかしてたんだけど、途中で『最近密かに人気のゲームがある』って話になったの」


「ゲーム?」


「そう。スマホアプリのゲーム。アタシはあんまゲームやんないし、全然知らなかったんだけど、クラスだけじゃなくて学年規模で流行ってるみたいでね」


 ハルもあまりゲームはやらない方なのでタイトルを聞いた所でピンとくる気はしない。

そんなに流行っているなら有名な会社のゲームだろう、位の感想しか抱けなかった。


「友達も何人かやってるって子も居たし、名前だけなら皆知ってるって感じでさ。でもアタシだけ全く知らなくって」


「う、うん」


 小さくむくれる辺り、よほど自分だけ知らなかった事が面白くなかったのだろう。

その気持ちは分かると同調すれば、千景はつまらなそうな顔のまま話を続けた。


「それでね、普通にそのゲーム教えて貰ったんだけど……ホラーゲームだったんだぁ」


「え、怖いやつ!?」


 中学生の間でなんてものが流行っているのか──

もっと大衆受けするゲームだと思っていたハルは改めて気を引き締めた。


「一応十二歳以上対象のゲームなんだけどね。『四十九(よんじゅうく)のキセキ』っていうの。……でもさ、やっぱこの町でわざわざホラーとかちょっとやだなーって思って、断ったんだ」


「それは……そうだよね……」


 真偽の程は不明だが、怖い話をしていると寄ってくる……なんて逸話もある位だ。

嫌でも怪異が視えてしまう以上、わざわざ危険を冒す必要はないだろう。


「そしたらね、皆やってるのにーって流れになって。しかも『たかがゲームなのに、大成ってビビりなん?』っていう奴まで出てきてさ。もー(あったま)きちゃって! それで……」


「……始めちゃったんだね……」


 単純というか子供らしいというか──お約束のような展開である。


「それで、千景ちゃんは何に困ってるの?」


「んっと……ゲームの主人公は男と女の二人で、それぞれストーリーが違うみたいでね。最初にどっちか選んで、ゲームの中で四十九日間を過ごすって感じなの」


 どうやら一日の描写は短いらしく、主人公のいる部屋や場所をタップして調べると怪奇現象という名の驚かし要素が起きるらしい。

一通り調べ終えると翌日のパートに移行し、それを繰り返して恐怖と謎に迫るそうだ。


「アプリのインストールはファミレスでしたんだけど、ゲーム自体は後で家で起動したんだ。遊ばないとまたからかわれそうだったし」


(あー……負けず嫌いだなぁ)


「最初の三日間は……あ、ゲームの中の話ね。……は、大した事無かったの。でも四日目になった辺りから、なんか変な感じになってきたんだ」


「変って?」


 ハルは小首を傾げながら、ジリジリと狭まっていく手水舎の日陰に移動する。

いつの間にかすっかり日が高くなっていた。


「アタシは女主人公にしたんだけど、その子が『背後から嫌な視線を感じる』って言ったら、アタシも後ろから嫌な視線を感じたり、みたいな」


「うわぁ」


 千景曰く、他にも「窓をノックする音」のシーンで自室の窓がコツコツ鳴ったり、「画面を切り替えた瞬間、主人公の部屋のぬいぐるみが落ちる」といったシーンの直後に自室のぬいぐるみが倒れたのだという。


「それは確かに気味が悪いね。偶然だとしても怖すぎるよ……」


「うーん、偶然とは思えないんだけどなぁ。だって……」


 主人公と同様に部屋の中で誰かの溜め息が聞こえ、ラップ音が聞こえ──

ついにはシャワー中に勝手に水が止まるシーンの後に風呂に入ったら同じ事が起きたという。


 指を折りながらあれもこれもゲームと同じだったと語る千景の様子に、ハルは今度こそ頭を抱えた。


(っていうかそんな怖い状況でお風呂入れるなんて凄すぎる……)


「流石にヤバいと思ってそっからプレイしてないんだけど……どうしよう」


「? どうって?」


 そのままゲームを起動しなければ良いだけではないのか──

彼女の迷う理由が分からず、ハルも困惑を返す他ない。

千景は千景で戸惑った様子でスマホを取り出した。


「いや、ね。ストーリーとかは特に気になんないから別に良いんだけどさ。でも途中で止めたってなるとまた皆に何か言われそうで……それで下手に辞められないんだぁ」


「えぇ……でもそれ、明らかに危ないでしょ? 自分の身が一番大事だよ? からかわれたって安全第一でいかなきゃ」


「分かってる! 分かってるんだけど……どうも悔しくて止める踏ん切りつかなくてさぁ」


 予想以上の負けん気の強さである。

「ちなみに今ゲームでは十四日目」と肩を落とす彼女に、「落ち込む位なら止めれば?」と突き放す事も出来ない。


「だから……だからね。今日はハルお姉ちゃんにアプリのアンインストールして貰おうと思って呼んだの」


「え、私が消すの?」


「だってゲーム自体を消さないと、アタシ意地で続きをプレイしちゃいそうなんだもん!」


 まさかの頼みに怯むハルだったが、畳み掛けるように「自分で消すのは癪だから!」と言われてしまい、つい頷いてしまった。


(まぁ消す位なら大丈夫かな? 今は御守りも持ってるし、そんな危険はない……と思う。多分)


 ハルは左ポケットの中で御守り付きの自身のスマホを握り、意を決して千景のスマホに右手を伸ばした。

しかし──


「…………えと、千景ちゃん? スマホ渡してくれないと消せないんだけど……」


「……あ、ごめん。ボーッとしてた」


 指摘後も渋るようにスマホを渡す千景に違和感を覚えるものの、ハルはさっさと役目を終えるべく画面を操作した。


「えっと、設定画面から……どこでアンインストール出来るの?」


「ん~と、そのアイコンからだけど……ねぇ、ハルお姉ちゃん。それやっぱ、消すの?」


「え、だって消さないと続きやっちゃうかもなんでしょ? なら消した方が良いと思うけど」


 自分から言い出しておいて何故ここで迷いが生じるのかが分からず、ハルの指の動きが止まる。

千景は悩みに悩んだ様子で「もしかしたら世与にいない時に遊んだら平気かもだし……」等と言い出す始末だ。


「でも世与の外は怖いのが視えないだけで、居るかもしれないんだよ?」


「うーん……でも中途半端だとストーリーも気になるし……やっぱ消さなくていいや! 呼び出したのにごめんね」


(千景ちゃん、さっきは「ストーリーは別に気にならない」って言ってたのに)


 いよいよおかしい。

彼女は自身の発言の矛盾に気付いていないようだ。

ハルは短く息を吐くと、スマホを弄りながら仕方ないとばかりに肩をすくめた。


「そっか。持ち主の千景ちゃんがそう言うなら、勝手に消す訳にはいかないよね」


「振り回しちゃってほんとごめんね。あ、スマホ返して~」


 申し訳なさげに眉を下げる彼女に悪いと思いつつ、ハルはどうにか見つけたゲームの「アンインストール」のアイコンをタップした。

画面が見えたのか、「あっ!?」と驚きの声を上げる千景に小さく謝罪する。


(い、勢いで消しちゃった。流石に怒られるかな……)


 もう一度「ごめんね」と謝るも、千景の反応は薄い。

暫くスマホを呆然と眺めていたが、やがて吹っ切れたかのようにハルからスマホを受け取った。


「アハ……ちょっとビックリしたけど、大丈ー夫! むしろあんな目に合ったのに、なぁんで消さないで欲しいとか思っちゃったんだろ? 自分の事だけど不っ思議~」


「あ……怒ってないの?」


「怒んないよ! むしろ消して欲しくてハルお姉ちゃんに頼んだんだし! 本当にありがとうね!」


 まるで憑き物が落ちたかのような晴れやかさだ。

ゲームを通じた怪異による最後の悪あがきだったのかもしれない。

やはりアプリ自体を消去して正解だったのだと結論付け、ハルはやっと人心地ついたのだった。





 後日、千景から改めて礼と報告がなされた。

アプリを消して以降、気味の悪い現象がピタリと止んだそうだ。

それとあれほど気にしていた「周りにからかわれたくない」という思いが無くなった事も。

そして──


「よく考えたら色々おかしいんだよね。今は夏休みなのに『最近学校中で流行ってる』なんてさ。それで気になって、友達に聞いてみたんだ。そしたら……」


──なにそのゲーム? 聞いたこと無いんだけど。


「他の子達も皆知らないって言ってるし……でもファミレス行ったのは覚えてるって。試しに検索かけても『四十九のキセキ』なんてゲームは見つからないし……アタシ、誰に、どこからどこまで騙されてたんだろーね?」


 その謎の答えを持ち合わせている筈もなく、ハルは「嫌な事は忘れよう」とだけ呟いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] こ、怖かった(*_*; これ一話だけでも夜中にラジオとかで読まれたらゾゾ~っととするレベルだった。 とにかく、千景にもハルに何もなくて良かったです。
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