5、招き綿毛おまけ 裏側
ハルと食事をした後の出勤日。
竜太はバイト先の店員達からいやに生暖かい目を向けられていた。
「? 何」
「いやぁ~、天沼君も人間なんだなぁって安心したってハナシよぉ~」
やたらとニヤついている人物筆頭は、ハルを彼女だと勘違いした大学生のウェイトレスである。
「意味分かんないんですけど」
不快感を隠しもせずに眉をひそめる竜太を見て、他の店員達も堪えきれずといった風に声を上げて笑いだした。
ウェイトレスの彼女は実に面白い物を見たと言わんばかりに竜太の肩を肘で小突く。
「ふっふっふ~、私ってばバッチシ見ちゃったもんね~。天沼君が彼女に笑いかけてるト・コ! しかも彼女に手ぇまで伸ばして触りたがったのに結局振られるトコまで見ちゃったしぃ~」
「ひゃー、青春だねぇ。つーかお前笑えたんかよ!? 陰キャ通り越してアンドロイドかと思ってたぜ!」
「でも無理強いはダメだぞ天沼ぁ。物事にゃー順番ってのがあんだからよー。俺だって若ぇ頃はなぁ……」
(……そういう事か)
ハルの言っていた「驚いた顔のウェイトレス」の話を思い出し、彼の中で合点がいく。
笑っていたというのは十中八九、ハルがケサランパサランを漫画のキャラクターだと勘違いしていた辺りだろう。
そして綿毛が視えない第三者視点で考えてみれば、竜太がハルに触れようとしたのを断られて諦めたように見えたとしてもおかしくはなかった。
(それにしても暇な奴等だな)
下世話な盛り上がりをみせる店員達に冷めた目を向けつつ、竜太は先程から全く話題に入ってこない人物をチラリと見る。
(……まさかここまで変わるとはね。予想以上に効果バツグンじゃん)
視線の先では鈴谷という同学年のウェイトレスが、明らかにつまらなそうな態度で黙々と業務に没頭しているのが確認出来た。
普段の鈴谷ならとっくに猫なで声ですり寄ってきている頃合いである。
しかし今の彼女は不自然過ぎる程に竜太の方を見向きもしないのだ。
(まぁ良いや。虫除け成功したのはかなりデカいし、これで仕事に集中できる。ナイス、ハルさん)
竜太は仕事始めの作業に取り掛かりながら、ここぞとばかりにからかってくる店員達につれなく応える。
「…………俺は別に良いけどさ。あの人かなりの恥ずかしがり屋なんで、もしまた店に来る事があったとしても、そっとしといてやって下さい」
役目を果たしてくれたハルに対するせめてものフォローのつもりで放ったこの一言は、あまりにも日頃の竜太からは想像つかない発言だったらしい。
それこそ、鈴谷を含めたその場にいた全員が一瞬静止する程に──
「あの天沼が優しい!?」と驚く店員達に「俺の事何だと思ってんの」とだけ反論した竜太は、いつもと何ら変わらぬ無表情で野菜を切り始めた。
(揃いも揃って皆失礼すぎ。俺、ハルさんには凄い気ぃ使ってるし、これでもかなり優しくしてんのにさ)
ふと源一郎の冗談めかした言葉が頭に浮かぶ。
──竜太は気ぃ短ぇかんなぁ。ハルの事、苛めてやんなよぉ。
(それはない。絶対ない)
自分なりに気遣いが出来ていると自負していた彼は、ムスリとしながら野菜屑を投げ捨てる。
彼の「優しさの基準」がどこかずれている事に気付く者は、残念ながらこの場には居なかった。
今回短くてすみません。
次回は初恋のお話になります。(全四話)




