3、協力
スマホの画面に映し出される文章を、打っては消し、打っては消しと繰り返す。
帰宅したハルは竜太にこっくりさんの件を説明するメッセージを作成していた。
(よし、出来た……!)
一時間かけて打った文章はそれなりに簡潔にまとまり、分かりやすい文面である。
怒られやしないかと緊張しつつ、実のある返信を期待する。
(出来るだけ早く解決してあげないと、辛いよね。大丈夫かな、桜木君……)
恐怖と苦痛に一人で堪えていた桜木の身を案じる。
自分が狙われている訳ではないという余裕が彼女の恐怖心を和らげていた。
暫くベッドに腰かけ思案していると、彼女のスマホが振動した。
画面は天沼竜太の名を表示している。
(き、来た!)
思いの外早い返事にドキドキしながらメッセージを開く。
そして返信内容を目にして大きく落胆した。
──そいつの自業自得。放っときなよ。
散々悩んで送った文の返事がこのたった二言である。
彼らしいとも言えるのだが、ここまで突き放されるのは想定外だった。
ハルが何と返そうかと困っていると、すぐに二度目の着信が届く。
──関わらない方が良いよ。
二通目のメッセージは暗に「自分は関わらない」という念押しであろう。
早くも行き詰まった彼女はスマホを放ってベッドに倒れ込んだ。
(やっぱり、竜太君に甘えてばかりじゃ、ダメだ。私が協力するって決めたんだから、自分で考えなきゃ……)
しかしどう考えてもあのクラゲモドキを桜木の頭から引き剥がす方法が思い付かない。
力ずくで取れるものなら彼はとうにそうしている筈だ。
実体の有無を確認はしなかったが、そもそもハルはあのクラゲに触る勇気はない。
(明日、作戦会議だって、言ってた……明日までに、何か考えとかなきゃ……)
明日は桜木と会って案を出し合う約束をしている。
とんだ夏休みになりそうだと、ハルはズブズブとベッドに顔を埋めた。
翌朝、ハルは自宅から一番近い世与本町駅に向かった。
桜木は一つ隣の南世与駅が最寄りらしいが、わざわざハルの方まで出向いてくれるらしい。
駅近くのコンビニ前で桜木を待ちながら、彼女は焦っていた。
一晩考えても結局何も思い付かなかったのだ。
試しにネットでクラゲモドキについて検索もしたが、胡散臭いオカルトサイトばかりがヒットして得る物は何も無かった。
(手伝うなんて言っといて、何もないなんて、何て役立たず……)
彼をぬか喜びさせてしまう罪悪感に苛まれる。
行き交う人々の喧騒を聞きながら彼女は自分の足元を見つめた。
「おっす、早ぇな」
桜木は約束の時間より大分早く現れた。
無策を謝ろうと顔を上げたハルは小さな悲鳴を上げ、後ずさった。
クラゲモドキの触手が幾重にも巻き付き、彼の頭の大半を覆い隠していたのだ。
ハルには首の代わりに大きな肉塊が乗った化け物のようにしか見えない。
顔が判別出来ない程の触手に言葉を失う。
彼女の反応は想定内だったのか、桜木は困ったような笑顔を浮かべる。
笑顔と言っても辛うじて見えるのは目と口元だけなのだが。
「一晩で一気にこれだよ。……こりゃマジでやべぇかもな」
「そ、そんな……」
クラゲモドキの目がハルを見下ろした。
何本もの触手がヌチャリと粘着質な音を立て、また少し彼の頭を覆う。
鼻の辺りも覆っているため、実体があるのなら呼吸にまで影響するかもしれない。
「それって、触れるの……?」
「いや、触られてる感触はあるんだが、俺からは触れねぇんだ。変な話だよな」
やはり力ずくでは取れないらしい。
とりあえず場所を変えようという流れになり、二人は移動する。
ハルはてっきりどこかのベンチか飲食店に入るものだと思っていたのだが、桜木が選んだのは駅前の小さなカラオケ店だった。
(何でカラオケ? 個室なら他の人に聞かれる心配が無いからかな)
カラオケに馴染みのないハルは入店する際のやり取りを全て桜木に任せて入店した。
個室に入ったものの、当然歌う流れにはならない。
まるで葬式のような空気の中、二人はL字型の長椅子に腰かけた。
桜木は思い詰めたように口を開く。
「宮原は、何か思い付いたか?」
「えっと……その……」
ぐっと押し黙ったのが答えだと受け取ったのだろう。
桜木は鞄から折り畳まれた紙を取り出す。
それを無言で渡された彼女は、嫌な予感を抱きながらカサリと開いた。
「これって、こっくりさんの……」
「……昨日、作った」
紙はこっくりさんを行う際に使用する鳥居の描かれた五十音表だった。
鳥居の左右には「はい」「いいえ」の字も乱雑に書かれている。
彼の真意が分からず、ハルは早鐘を打つ胸を軽く押さえた。
「昨日、考えたんだ。コイツが俺に何をしようってのか、もう一度こっくりさんをして直接聞いてやろうってな」
「それは……危なくない?」
「でも訳も分かんねーまま、やられっぱなしってのは癪だろ」
意外と好戦的な彼の思考についていけず、ハルはすっかり怖じ気づいた。
「で、でも……」
「それに、もしかしたらちゃんと終わらせられて、帰ってもらえるかもしれないしな!」
希望的観測すぎる。
それは彼も重々承知の上だろう。
彼の首筋には脂汗が流れていた。
一刻の猶予も無いほど追い詰められているのは明白だった。
「わ、私……は……」
「勿論、宮原はやらなくて良い」
「え?」
「こっくりさんは俺一人でやる。……けど、近くに居て欲しい。さすがに一人でやるってのは、ちょっとな……」
「巻き込んでほんと悪ぃ!」と頭を下げる桜木に、ハルは逃げたがった自分の情けなさを恥じた。




