2、招き綿毛②
彼にしては珍しく、怪異関係の話でもないのに興味を抱いたらしい。
「う、うん。都内も通えなくはないけど、やっぱ遠いと大変だし。うちは一人暮らしも無理だろうから」
「親が反対しなければ一人暮らししたいの?」
やけに突っ込んでくる彼に「そういう訳ではない」と答えたところで、頼んでいた料理が運ばれてきた。
「わぁ、美味しそう!」
彩り鮮やかなパエリアが目の前に置かれ、ここに来て初めてハルのテンションが浮上する。
海老とブロッコリーのサラダも小洒落た皿に盛られ、テーブルの上が華やかだ。
竜太の前に置かれた鶏肉のトマト煮も食欲をそそる良い匂いを放っている。
「やっぱりファミレスと違って豪華だね」
「そりゃそうでしょ。高校生がそうしょっちゅう来るような店でもないし」
端から見れば素っ気ない返答だが棘はない。
それよりもハルが引っかかっているのは、気もそぞろといった彼らしからぬ態度であった。
(竜太君、もしかして何か言いたげ?)
世与に来てから丸一年経ったが、ハルは彼の感情を察せても考えている事まではてんで分からない。
どこまで踏み込んで良いのか──気難しい彼のボーダーラインは酷くおぼろ気だ。
どちらからともなく「いただきます」と食事を始めた事で、会話は再び途切れてしまった。
「……美味しい……」
「でしょ」
黙々と料理を咀嚼する彼と全く目が合わず、ハルは諦めにも似た思いで話を振る。
「竜太君もバイトの日はこういうの作るって事だよね? 凄いね。料理するイメージ無かったから、最初ビックリしたよ」
「俺は仕込みメインだから作るのは他の人だけどね」
「それでも凄いよ」
ハルの褒めに対しても竜太の反応は薄い。
どんな話をするのが正解なのか──いよいよハルが泣きたくなってきた所で事態が急変した。
「……! 来た」
「? 何が?」
「(隣のテーブル。下の方)」
急に声量を落とす彼に首を傾げながら、ハルは素直に通路を挟んだ隣のテーブルに目を向ける。
そこはハル達の席と同じ二人掛けのシックな一本足テーブル席で、客はいない。
そのテーブルのすぐ足元に何かが居た。
(……なに、あれ)
ほよん ふよん
例えるならそんな擬音がしそうな、フワフワの何かが跳ねている。
埃にしては綺麗な白でまん丸い。
ふよん ほよん
(綿毛?……にしては大きすぎるし……)
ソフトボール位の大きさだろうか。
よく見ると床に付かずに宙に浮いたまま上下に跳ねているようだ。
タンポポの綿毛とは違ってフワフワの密度がぎっしりしているので、空調の関係で浮いているとは考えにくい。
「(あれ、なんなの?)」
「(さぁ? でも悪い奴じゃないらしい)」
竜太の目が玩具を見付けた子供のように生き生きとしている。
悪いモノでないなら……と、ハルも彼に倣ってソレを観察する事にした。
(確かに嫌な感じはしない。というより気配すら感じないや)
ほよん ふよん
「(なんか、マリモみたいで可愛いね)」
「(そう?)」
見た目に反して存在感の薄いソレは、作りたての綿菓子とも丸めた脱脂綿とも似て非なる、何とも不思議なフワフワ具合いをしている。
ふよん
(あ……)
食事の手を完全に止めて眺めている内に、やがて綿毛はスゥと薄くなって視えなくなってしまった。
「消えちゃった……」
「この後、忙しくなるよ」
「え?」
「お店」
どういう事かと問うより早く、店内に入店を知らせるベルが響き渡る。
カラン、コロン──
カラン、コロン──
立て続けに入店してきた客に、店員達がバタバタと動きだす。
「いらっしゃいませー」という声と同時にまた新たな客が入ってきた。
「わ、凄っ。どうして分かったの?」
タイミング的に考えて、単に夕食時だからという理由では無いだろう。
早く教えてと急かすハルに負けず劣らず、竜太もやや興奮気味に話し始めた。
「さっきの、結構珍しい奴。前に二回だけ宮原のじいさんと視た事がある」
「おじいちゃんと? 同じ奴?」
思わぬ所で出てきた祖父の名前に驚きと興味が一気に湧く。
ハルが食い付いたのが分かったのか、竜太は普段以上に饒舌になる。
「全く同じ個体かは分かんないけど、とにかくアレが出た後の店は客が増えるんだって」
「へぇ……あのフワフワがお客さんを呼んでるって事?」
それだとまるで商売繁盛の福の神ではないか──
もしかすると本当に凄いものを視てしまったのかもしれないとソワソワしだす彼女に、竜太は「そこまでは知らない」と首を振った。
「ハルさんはケサランパサランって知ってる?」
「名前だけなら。確かフワフワした綿毛みたいな昔の漫画のキャラクターでしょ?」
ささやかに持ち合わせていた知識を告げれば、彼は「いや何と混ざった知識だよ」と小さく吹き出した。
僅かとはいえ声を漏らして笑う彼は貴重である。
何故笑われたのか分からないものの、ハルは羞恥よりも感動の方が勝った。
「ケサランパサランって、古くから全国的に伝わる噂みたいな奴だよ。今でいう都市伝説的な」
「あれ? そうなんだ」
器用に肉を切り分ける彼の手元に見とれながら食事を続ける。
少し冷めてきたにも関わらず、パエリアは美味しい。
本人でさえも気付かぬ内に彼女の機嫌はすっかり良くなっていた。
「噂だとケサランパサランがいると幸せになるんだってさ。でもその姿を見ると効果は無くなるらしい」
「んん? でも私達、視ちゃったよね?」
効果が無くなるというのなら、あの綿毛が現れた直後に店が繁盛し出した理由の説明がつかない。
あれがケサランパサランでないとすれば、あの綿毛は一体何だったのだろうか。
「宮原のじいさん曰く、『あれはケサランパサランの仲間か親戚なんじゃないか』……だってさ」
「おじいちゃんがそう言ったの?」
「うん。宮原のじいさんも何回かしか会えなかったらしいし、やっぱり珍しいみたい。『招き猫ならぬ招き綿毛だ』ってさ。……いい加減な結論だよね」
彼は懐かしむように「俺が前に視た時は牛丼屋と靴屋だったけど、どっちも急に繁盛してたよ」と呟いて肉を頬張っている。
今まさに源一郎との楽しかった思い出が蘇っているのだろう。
「何て言うか……そんな珍しいとは思わなかったよ。運が良かったね」
少し得した気分だと笑えば、彼は「ちょっと違う」と肉が刺さったままのフォークを軽く振った。
「知り合いの視えるじいさんがこの店の常連でさ。さっきの綿毛が最近この時間帯になるとあの辺に出てくる、って教えてくれたんだよね」
「え、じゃあ狙って待ってたの?」
「うん。絶対に出る保証は無いから、ラッキーだった事に違いはないけどね」
早くも通常のテンションに戻った彼は、黙々と食事に意識を向けている。
店に来た時の落ち着きの無さから一転、至っていつも通りの彼だ。
(もしかして……)
「……ねぇ竜太君。もしかして今日誘ってくれたのって、私にあのフワフワを見せたかったから?」
「そうだけど?」
(えぇぇ!? いやいや、これは流石に予想出来ないって! 分からないって!)
大事な相談でも重要な話でもなく、単なる新メニューのオススメでも虫除けでもなく──
散々振り回された結果が怪異である。
目を逸らされていたと感じたのも、単にあの綿毛を探していただけだったのだろう。
ハルは気の抜けた風船の如く、プスーっと心身共に力が抜けるのを感じた。
(もう、人の気も知らないで!)
そう怒りたいのに腹が立たないのは、彼と祖父の大切な思い出に自分も交ぜて貰えた喜びが大きいからだろうか──
彼女は勢いよくパエリアを頬張って緩む顔を誤魔化した。
「……と、とにかく良かったね。狙った通りに見られて」
「うん。あの綿毛、宮原のじいさんのお気に入りっぽかったし、また見れるなら絶対ハルさんとって思ってたから丁度良かったよ」
「……っゴホッ!」
米が気管に入った彼女は他の客の目を引く程激しく咳き込んだ。
店内はいつの間にか満席状態である。
(あぁ、もう! そういうトコ!)
無表情で飲み物を勧める竜太を涙目で睨むが、逆に不思議そうに首を傾げられてしまう。
むせ返りながら悔し紛れのお礼を言う彼女に、彼はニコリともせず「どういたしまして」と最後の一口を頬張った。
招き綿毛のお話は全五話の予定です。




