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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
六章、メリーさん

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3、落書き

 三沢が通っていた小学校の体育倉庫。

その倉庫の裏側は道路に面しており、壁と格子状のフェンスがかなり近いらしい。

それこそ頑張って手を伸ばせば子供でも壁に触れる程の距離だという。


 その壁に夕方だか夜だかに嫌いな人の電話番号を書き込むと、メリーさんがその人物に電話をかけてくるそうだ。

「私、メリーさん。今お時間宜しいかしら?」と。


 うっかりその問いに応えてしまったが最後、その人の元にメリーさんがやって来るという──




「へぇ、アポ取って来るなんて、メリーさんて随分律儀なんだね」


 持田の気の抜ける感想はさておき、ハルも率直な疑問を口にする。


「とりあえず『今どこそこにいるの』みたいな話じゃないのは分かったけど……メリーさんが来たらその人はどうなっちゃうの?」


「さぁ? よく覚えてねぇけど、死ぬだの不幸になるだの……何にせよ録な目には遭わなかった気がするな」


「あれ? でも三沢君は電話に出てないんだよね? 噂だと電話に出なかったらどうなるの?」


「知らねー。元々俺はそんなに七不思議に興味無かったし……それより、本題はこっからなんだ」


 三沢は不安ごと飲み干すようにアイスコーヒーを飲み、落ち着きなく視線をさ迷わせた。


「当時、噂が広がりまくって倉庫の裏面は電話番号とか嫌なヤツの名前の落書きでビ~ッシリ。で、俺が小学校卒業してすぐ、綺麗に塗り替えられたんだ」


「って事は今の壁は綺麗なんだ?」


「最初は何度か塗り直されてたみたいだけど、その内噂も消えたのか落書きは無くなったな。去年通りがかった時も綺麗なもんだったし」


 話の先が見えてこない。

結局何が言いたいのかと訝しむハル達の視線に気付き、彼は弱々しく項垂れた。


「前回お前らと別れた後、メリーさんの噂を思い出したら無性に気になっちまってさ。小学校に寄ったんだ。そしたら……あったんだよ」


「……何が?」


 持田の問いに対し、ハルはぼんやりと予想を立ててしまう。


(もしかして三沢君の電話番号とか?)


 しかし彼女の予想は半分不正解であった。


「昔の記憶とそっくり同じの、壁一面の落書き。その中に……俺の電話番号が上から書き加えられてた。それもわざわざ念を押すみてぇに二つも書かれててさ」


「うわぁ」


(予想を上回っちゃったよ……)


 ただ番号が書かれていただけなら「噂を知っていて三沢を嫌っている知人の嫌がらせ」で済む話だろう。

勿論、それだけでも十分不気味で不愉快な話なのだが──

やはり気になるのは塗り替えられた筈の昔の落書きまで復活している点である。

気のせい以外の常識的な説明がつかない。


「本当に昔の落書きと同じだったの? その……似てたとか勘違いとかじゃなくて?」


「薄暗かったけど間違いねぇ。目立つ落書きとか、色とかの配置が同じで懐かしいと思った(くれぇ)だし。……そん中に『自分の番号がある!』って気付いた瞬間、あの嫌なヤツの気配がすぐ後ろにやって来たんだ」


「「え!?」」


 今まで扉越しにしか現れなかったモノが、暗がりの中いきなり何の隔てもない背後に現れたら──

教室で感じた邪悪な気配を思い出し、ハルはブルリと震えた。


「それ、大丈夫だったの? 宮原さんと違って三沢君は声とか聞こえないんじゃ……」


 いつの間にかすっかり怪異の話を受け入れている持田に、三沢は少しだけ驚いた表情を浮かべる。


「あ、あぁ……何とか平気だった。宮原のおかげでな」


「え、私?」


「ほら、宮原が『今お時間宜しいかしら?』って言ってたって教えてくれてたろ。だから俺、咄嗟に『今は無理! 時間ない!』って叫んで逃げたんだ」


 追って来なくて助かった、と苦笑する彼の顔色は酷く青い。

誰かの悪意でメリーさんに狙われているかもしれないのだから無理もない。


「で、どうしたら良いか分かんなくて、とりあえずもう一度確認しようと次の日の朝にまた倉庫を見に行ったんだ」


(朝とはいえ、よく行く気になれたなぁ……)


「そしたら……今度は無かったんだ」


「何が?」と問う持田の律儀さに感心すら覚え、ハルは再度予想を立てながらコーヒーを啜る。

今度の予想は当たり、「落書きが全て綺麗に消え去っていた」という答えを聞いた彼女は頭を抱えた。


(三沢君が嘘を吐いてるとは思えないし、あの気配は「七不思議のメリーさん」と考えた方が自然だよね)


 落書きが消えているとなると、本当に三沢の電話番号が書かれていたのか確認する術はもう無い。

いや、確認した所で何が変わる訳でもないのだが──

下手な慰めの言葉もかけられず、相変わらず三人しか客の居ない店内にクラシックだけが空しく流れる。


「こんな事言われても困るだろうけどよ。俺、どうしたら良いんかな……」


 この言葉こそが彼の本題だったのだろう。

恥を忍び、藁にも縋る思いでの相談だと理解できるが、ハル達には彼が求めるような答えを出せる筈も無い。


「どうしたらって言われても……」


 話を聞くだけなら自分には危険はない。

あくまで第三者だからこそ冷静でいられるのであって、ハルとしては流石にこれ以上深く関わるのは御免であった。

話の雲行きが怪しくなるのを感じて顔を顰めていると、意外にも持田が具体的な解決策を提案する。


「あのさ、七不思議のメリーさんについてもっと詳しく調べてみたらどうだい? もしかしたら三沢君が知らない対処法の噂もあったかもよ」


「タイショホー?」


「あぁ、口避け女にはポマード……みたいな? 確かに子供の噂って助かる方法がセットだったりするよね。持田君の言う通り、調べ直すのは有りかも……」


「はぁー、なるほどなぁ」


 噂について調べ直す発想は無かったらしく、三沢は感心しながらスマホを弄りだした。

誰かに連絡を取ろうとしているようだ。

ふいに淀みなく動いていた彼の手が止まる。


「……」


「どうしたの?」


「……いや、何でもねぇ。富士のヤローの連絡先消してなかったの思い出してムカついただけだ」


 それだけ呟いた彼は「ちょっと悪ぃ」と何処かに電話をかけ始めた。


「──あ、アツシ? 久しぶりー! 二年ぶり(くれぇ)か? ちょっと聞きてぇ事あってよぉ、今平気?」


 三沢のどこまでも明るい口調は恐怖心や不安感は一切感じさせないものである。

小声で喋る事さえも憚られ、ハルと持田は無駄に息を潜めて話の成り行きを見守った。


「お前ってオカルトとか好きだったよな? 俺、頭世(かしらせ)北小だったんだけどさぁ。 そこで昔メリーさんの噂あったの、お前(なん)か知ってっか?」


 電話の相手が何らかの言葉を発しているのは分かるが、何と言っているかまでは聞き取れない。


 もどかしい思いをする事、数分後。

楽しげに話を終えた三沢は通話を切ると一転、フゥと息を吐いて薄い肩を回した。


「今話してたのは同中の奴でさ。小学校は違ぇんだけど、メリーさんの噂は知ってたみてぇ」


「へぇ、他校の七不思議知ってるとか凄いなぁ。何か分かったのかい?」


「いんや、俺と同レベルの知識だった。そしたら調べてくれるって言ってくれてさ。頼んどいた」


 三沢曰く、その友人は自分と違って人望があり、人脈が広いから期待できるのだそうだ。

後はその友人からの新たな情報を期待して待つ他ない。


「もし解決法が無かったら俺の人生詰んだかなー」


「そ、そんな事ないよ! ね? 宮原さん」


「う、うん」


 三沢は気休めにもならないような励ましをする二人を交互に見て、眩しそうに目を細めた。


「お前らってほんと……お人好しっつーか、損な性格っつーか……良い奴らだな。俺、今までの自分が恥ずかしーわ」


(それ、あんまり褒められてる気がしないんだけど)

 

 自覚があるだけに少しムッとしてしまう。

表情と態度に遠慮が無くなってきたハルに構わず、彼はスマホを二人に向けた。


「一応、連絡先交換しねぇ? そりゃ出来るだけ自力でどうにかするつもりだけどさ。もしまた何かあったら話だけでも聞いて欲しいっつーか……」


「俺は構わないよ」


「サンキュ。嫌んなったらいつでも着拒して良ーかんな」


 あっさりと了承する持田に男女の違いを感じながらも、ハルも首を縦に振る。

流石にここで断るのは薄情すぎるだろう。


(うーん。なんか変な感じ……)


 まさか恐れすら抱いていた相手と連絡先を教え合う日が来ようとは、人生何が起こるか分からないものである。


 今後のやり取りが無い事を願う一方で、事の顛末も気になって仕方ない。

ハルは相反する思いを胸にしまい、残りのコーヒーを飲み干した。

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