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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
六章、メリーさん

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2、メリーさん

(……断りきれなかった……)


 連れて来られたのは学校の裏手にある、酷く寂れた隠れ家的な喫茶店であった。

今時こんな古めかしい店があったのかと感心する一方、ハルの内心は穏やかではない。

持田に至っては完全に巻き込まれた形での同行であり、その事に関しても申し訳なさが募るばかりである。


(わり)ぃな、無理矢理付き合わせちまって」


 四人がけのテーブル席について早々、「ここは奢るから許してくれ」と謝られては何も言い返せない。


「えぇっと、何があったの? 俺も聞いちゃって良い話なのかな……」


「んー……ぶっちゃけ俺が話聞きたいのは宮原の方なんだけどさ。宮原は俺の事嫌いだろ? 持田なら余計な事言い触らさなそうだし、三人の方が良いかなーって」


(それ、ますます持田君に申し訳ないんだけど……)


 ひたすら小さくなるハルを一瞥し、持田は気を悪くするでもなく「な、なるほど……?」と納得している。

三沢はさっさとアイスコーヒーの注文を済ませると、まずは自分の話から……と重い口を開いた。


「俺、昔っから近くにいる『人じゃない(なん)か』の気配が分かるんだよ。自分の後ろとか、ドアの向こうとか、隣の部屋とかでもさ」


「へ、へぇ……」


「何も見えねぇけど、何となく分かんだ。『あ、コイツ嫌なヤツだ』とか、『あ、これ平気なヤツだ』とか、『今俺じゃない方を見てるな』とかさ」


 視えずとも視線が分かるという話が事実ならば、三沢の察知能力は相当のものだろう。

普通に考えれば信じがたい話なのだろうが、如何せんハルは怪異に慣れすぎて感覚が麻痺してしまっていた。

彼の話を疑う間もなくつい口を挟んでしまう。


「何かを視たりって事は無いの?」


「ねーな。自分でも胡散臭ぇ話だと思うし、この話はガキの頃にお袋に言ったっきり誰かに話すのは初めてだ」


 丁度良いタイミングでアイスコーヒーが出され、三人は無言で喉を潤す。

年老いた喫茶店の店主は注文の品を出した事を確認するとすぐに奥に引っ込んでしまった。

狭い店内に流れるクラシックの音楽がもの悲しい。

持田はハル程すんなりと話を受け入れられなかったらしく、半信半疑といった顔をしている。


「その……気配? が、さっき俺達の近くに来てたって事?」


「おぅ。しかも俺的に一番ヤベー感じのヤツな」


 三沢は眉間に皺を寄せ、細長い指で手持ち無沙汰にストローをかき混ぜている。

落ち着いた説明ぶりに反して手元が落ち着かないあたり、彼なりに動揺しているのかもしれない。


「アレがヤベーヤツってのは分かるけど、いつも扉の向こうにしか出て来なくてよ。意味わかんねーって地味に苛ついてたんだ。そしたら……」


 ハルは三沢の視線が自分に向くのを感じ、ようやく彼の言わんとする事を理解した。


(なるほど。それで私が声が聞こえるって分かったから詳細を聞きたかったのか……)


 彼からすればふとやって来ては帰っていくだけの嫌な気配など、意味不明で対応に困るものだろう。

今更とぼけたり教えてやらない訳にもいかず、ハルは聞こえたままを伝える事にした。


「私が聞こえたのは……子供の足音。その後、その……」


──……私、メリーさん。今お時間宜しいかしら?


──……私、メリーさん。また来るわね。


 ハルの言葉を聞いて「今時メリーさんとか冗談だろ?」と笑う者は居ない。

三沢は神妙な顔でコーヒーを飲み、持田は戸惑いを隠す事なく「メリーさんって、あの都市伝説の?」と両腕を擦っている。

とりあえず馬鹿にされなかった事に安堵した彼女は「分からない」と首を振った。


「……そいつ、俺心当たりあるかも」


「「え?」」


 まさかの心当たり発言にハル達は驚きの声を上げる。

三沢は手早くスマホを弄りだしたかと思えば、目当ての物が見付からなかったのか不機嫌に舌打ちをした。


「チッ、やっぱ消しちまってたか。……実は体育祭のちょっと後くらいに、変な電話が掛かってきた事があったんだよ」


「変な電話? イタズラ電話かい?」


「いや、そーいうんじゃなくて」


 持田の質問に首を振り、彼は説明に困った様子でスマホをテーブルに置く。


「相手の番号がな、何かバグッてるみてーな? 数字と#(シャープ)が入り乱れてる三十桁位の(なげ)ぇ番号だったんだよ」


「それは気持ち悪いね。俺だったら出られないよ」


「だろ? そんな番号があり得んのか知んねーけど、そん時は海外の詐欺電話か何かかと思って無視したんだ。けど……」


 三沢はスマホに目を落とすと「今思えばあの気配がするようになったの、その後からなんだよなー」とぼやいた。

確かにメリーさんといえば電話のイメージが強い。

現にハルの脳内でも「私、メリーさん。今○○にいるの」と言ってジワジワと近付いて来る光景が浮かんでいる。

しかし──


(だからってその着信と気配を安直に結びつけて良いのかな? だってさっきの()()は「メリーさん」を名乗ってはいたけど、電話なんて掛けてこなかったし……)


 何より「また来る」と言って出直しているのだ。

ハルの知る都市伝説とはどうにも違うようで腑に落ちない。

それは持田も同じだったようで、「都市伝説と話が違うのでは」と控えめに意見を述べている。

にも関わらず、三沢は何事かを考え込むばかりで返事もどこか上の空だ。


(三沢君、どうしちゃったんだろ?)


 その後、コーヒーを飲み終えた三人は重い空気のまま店を後にした。

急に口数が減った三沢が気になりはしたものの、言及する事も出来ない。

結局コーヒーの礼と話に付き合った礼を互いに言い合い、そのままお開きとなったのだった。


(なんか微妙なメンバーで変な話をしちゃったなぁ)


 そんな後悔にも似た思いでいた彼女は、この話にはまだ続きがあった事を週明けに知る事となる。





「なぁ宮原。……と、持田。後でちょっと良いか?」


 月曜の朝、ハルは席に着くなり三沢に声を掛けられた。

斜め後ろの席の持田にも声をかけた辺り、一応ハルに気を使ってはいるようだ。


 彼は志木達に追い払われるのを危惧したのか、二人の返事を待たずして離れていってしまった。

元とはいえ富士グループに居てクラスメイトから疎まれていたのだから仕方がないとも言える。

そんな居心地悪い思いをしてまで声を掛けてきたからには何か理由があるのだろう。


(嫌だけど……無視も出来ないよね。本当に困ってるのかもしれないし、無理な話ならちゃんと断ればいっか)


 ハルは持田とアイコンタクトをして頷き合い、移動教室の隙をみて三沢に了承の旨を伝える。

すると彼は「放課後、あの喫茶店な」とだけ呟き、それ以降二人に関わってくる事は無かった。





 約束通り、三人は放課後になると各々例の寂れた喫茶店に集合した。

話の内容が内容なだけに人目を気にするのは仕方ないが、三人の関係は元嫌がらせの加害者と被害者組である。

気まずいとしか言いようがない。


「何度も(わり)ぃ。本当はこの間限りで話は終わりのつもりだったんだけどよ」


「う、うん。どうしたの?」


 三沢は前にも増して申し訳なさそうに肩を落としている。

細い体躯も相まってこのままポキリと折れてしまいそうだ。

彼は前回同様にさっさとアイスコーヒーを注文すると、時間も惜しい様子で本題に入った。


「俺、メリーさんってヤツに心当たりがあるっつったろ?」


「言ってたね。でも俺、都市伝説と話が違うし、変な電話は偶然かもって言っちゃって……ごめん」


「いや怒ってねーよ。それと俺の心当たりってのは有名な方の都市伝説じゃなくてさ」


 三沢は「どっから説明すっかなー」と言葉を探しながら運ばれてくるアイスコーヒーをぼんやりと眺めている。


「俺が小学生ん時、学校の七不思議の噂が流行ったんだよ。その中の一つがちょっと変わった「メリーさん」だったんだ」


「? 私達が思うようなメリーさんじゃないの?」


「そ。俺もすっかり忘れてたんだけど、宮原が言ってた『今お時間宜しいかしら?』ってのを聞いて思い出したんだ」


 うろ覚えであると前置きをして、彼は当時流行ったという「母校のメリーさん」を話し始めた。

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