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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
六章、メリーさん

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1、謝罪

 七月に入ってすぐに梅雨が明けた。

昨年に続いて例年より早い梅雨明けである。

この頃のハルは特に身の危険を感じるような事件に遭遇する事もなく、平穏な日常を過ごしていた。

あくまでも「小さな怪異が隣り合わせた()()()()()平穏」であるが。


 大変な期末試験の準備期間を経て、どうにかこうにか試験本番に臨み──

ようやく全試験を終えた放課後になって一息つけると思ったのも束の間、ハルは担任に「学級委員は残るように」と言い渡されてしまった。


 気を削がれたと渋々居残れば、待ち受けていたのは「明日土曜に行われる、中学生や保護者に向けた学校説明会の資料運び」という、学級委員とはまるで関係のない雑用である。


「何で三年生(私達)に頼むんだろうね。下級生でも出来る作業なのに……」


「うーん……うちの担任、調子良いから適当に引き受けたんじゃないかなぁ」


 同じ学級委員である持田と共に愚痴を溢しながら、パンフレットや配布物の入った段ボールを多目的ホールに運び込む。

彼とは色々あったものの、今まで通り普通に雑談出来る仲で落ち着いていた。


 作業は予想以上に早く終わり、大した礼も言われずに帰宅を許される。

試験期間中遊べなかった反動からか、生徒達の帰宅がすこぶる早い。


(もう友達は誰も残ってなさそうだなぁ。こんなに早く終わるんなら、ユーコちゃん達に待ってて貰って一緒に帰れば良かった)


 惜しい思いで持田と共に鞄を取りに教室へ戻れば、思いもよらぬ人物が一人だけ残っていた。

その人物は待っていたとばかりに席を立ち上がると、ぎこちない笑みを浮かべてハル達の元へと歩み寄る。


「……よぅ、お疲れさん」


(うわ……)


 同じクラスの三沢(みさわ)史昭(ふみあき)だった。

彼はハルと持田の天敵ともいえる富士のグループにいた人物で、少し前までは富士達と一緒になってハル達を嘲笑っていた男である。


(富士君達が居ないのに、なんで話しかけてくるんだろう?)


 嫌な奴である事に変わりはないが、彼は基本的に富士や取り巻きの発言に同調して笑うばかりで、ハルは彼から直接何かを言われた事はない。

むしろ彼は富士が調子に乗りすぎたりやり過ぎたりすると、それとなく「そろそろ先生来るし、もう放っとこーぜ」と話を逸らしてくれる面もあった。

富士一派の中では最も引き際をわきまえた小狡い人物だったともいえる。


「あれ? どうしたの三沢君」


(え!?)


 普通に話しかける持田が意外で、ハルはギョッとした目で二人を見た。

三沢はヒョロリとした体を居心地悪そうに揺らしながら頭を掻いては視線をさ迷わせている。


「やー、ほら、俺お前には謝ったけどよ、宮原にゃまだ(なん)も言って無かったからよー……」


「あぁ、そうなんだ」


「今を逃したら夏休み()なっちゃうかもだし……一応、さ」


(え、え? 何の話?)


 ハルにしてみれば彼の口からおよそ似つかわしくない単語が出た事は混乱要素でしかなく、今までの態度が酷かっただけにどうしても身構えてしまう。

そんな彼女を非難するでもなく、彼は緊張した面持ちで軽く頭を下げた。


「ちょっと前に持田には謝ったんだけど、宮原にも謝んのがスジかなって思ってよ。……色々さ、()な思いさして悪かったな」


「ぇ、あの、いや……うん」


 唐突すぎる謝罪だ。

ハルが言葉に詰まっていると、困ったように眉を下げて笑っている持田と目が合った。

その反応からして既に彼らの和解が成立しているのは明白だった。


「ほんとはもっと早く謝るべきだったんだけど、俺も体育祭辺りからずっとゴタゴタしててさ」


「あ、えと、もう良いよ。だっ大丈夫だから、気にしないで」


 本当は全然大丈夫ではないし、何ならまだ怖い思いすらある。

しかしこうしてわざわざ残ってまで謝る勇気を出した彼を無下には出来ず、ハルは複雑な思いで謝罪を受け入れた。


「というか……三沢君って、その、富士君と喧嘩したの?」


 この質問はハルが地味にずっと気になっていた事だった。

友人達も「富士グループが揉めて解散した」という事しか知らず、「なんかよく分からない内にクラスが平和になった」という認識でしかなかった。


 突然大人しくなった富士達の事は持田も気になっていたのだろう。

恐る恐るといったていで三沢の顔色を窺っている。


「あー……あいつ俺の彼女寝取りやがったんだよ。問い詰めたら開き直って逆ギレするしよぉ。今までにも色々あったけど流石に許せねーわ」


「えぇ!? ごっごめん……!」


「別に隠す事でもねーし。むしろあの野郎と元カノの屑っぷりが広まりゃいいと思ってる位だしよ」


 揉めた内容がハルの住む世界からかけ離れ過ぎている。

ハンッと鼻で笑う姿が虚勢に見えたのも相まり、ハル達の方が肩を落としてしまった。

彼は彼で喋り過ぎたと思ったのか、「じゃ、俺先に帰るな」と棒立ちになる二人を足早に横切っていく。


「あ、待ってよ。折角だから俺も一緒に帰るよ!」


 流石にハルと二人で帰宅するのは気まずいらしく、持田が慌てて鞄を掴む。

三沢は特に断る気もないのか律儀に扉の前で足を止めている。


「じゃーな、宮原」


「宮原さん、また月曜にね」


 一足先に教室を出るべく、三沢が扉に手を伸ばした時だった。


 パタパタパタッ。


 突然子供の軽い足音が廊下から聞こえだし、ピタリと彼らの立つ扉の前で止まったのだ。

何が起きたのか──ハルが理解するよりも先に感じたのは「今扉を開けてはならない」という本能的な直感である。


「待っ──!」


 時間差でゾワリと背筋が粟立つ。

彼女の焦りが言葉になる前に三沢の動きが止まり、扉に伸ばされかけた右手がぎこちなく戻された。


(えっ……?)


 それどころか彼は音を立てる事なく後ずさりし始めたのだ。


『……私、メリーさん。今お時間宜しいかしら?』


(メ、メリーさん!?)


 扉一枚隔てた向こうから聞こえてくる、鈴を転がしたような愛らしい少女の声。

丁寧な口調に似合わず幼すぎるその声は、場違いな程に明るく歪なものだった。

まるで幼女の姿を借りた年老いた怪物が獲物を片手に待ち構えているような──そんな威圧感がハルを襲う。


「どうしたの? 三沢く……」


 扉に近付く持田の腕を掴み、彼は無言のまま扉から離れる。


『……私、メリーさん。また来るわね』


 パタパタパタッ。

来た時同様、軽い足音が遠ざかっていく。

嫌な気配はあっさりと消え、ハルのものとも三沢のものとも分からないため息が溢れた。


「え、何、どうしたの二人共?」


 持田だけ置いてきぼりの状態で、三沢はゆっくりとハルを振り返る。


「……行った、よな?」


「う、うん……」


「何が」とも言えず頷けば、彼はホッとした顔で持田の腕を離した。


「やっぱ今の、宮原も分かんのか」


「え? や、やっぱって?」


 ハルと持田の理解が追い付かない目まぐるしい状況の中、彼だけが一番冷静な風である。


「えーっと……前に下駄箱でお前らに絡んだ時さ。変なのが持田と富士を行ったり来たりしてたんだけど、そん時宮原も気付いてたっぽいなーって、気になってはいたんだ」


「そう……なんだ……」


(まさか三沢君も視える人だったなんて!)


 意味深かつ含みのある話の流れで、持田も何となく「怪異関係の普通ではない」話だと察したようだ。

話が分からないなりに空気を読んで押し黙っている。


「今のヤツ、最近よく来んだよなぁ……マジ何なんだろな」


「また来るって言ってたもんね……」


 無邪気に虫を殺していそうな楽しげな声を思い出して身震いしていると、三沢がバッと前のめりになって食い付いてきた。


「それマジか!? 宮原お前! まさか()()の声が聞こえるんか!?」


「ひっ……! み、三沢君は聞こえなかったの……?」


 これは墓穴を掘ったかもしれない──

後悔の冷や汗を流すハルに構わず、彼は「(わり)ぃがちょっと時間くれ」と扉を開けて二人を連れ出した。

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