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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
五章、仕事

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9、ラーメン屋②

「宮原?」


 反射的に振り返った先にはハルに負けず劣らず驚いた顔をした桜木が立っていた。


「わ、桜木君? 何で?」


「俺はスポーツショップの帰り。宮原は?」


「私はラーメンフェスに。ユーコちゃんと大成君と、大成君の妹の……この子と来たの」


 久しぶりに見る私服姿の彼が新鮮で、ハルはどきまぎを誤魔化すように背後に立つ千景を紹介した。

千景はというと、柔和な笑顔で挨拶する桜木をまじまじと見つめたかと思いきや、お辞儀もそこそこにハルの腕にしがみついた。


「ハルお姉ちゃん、こんなカッコいいお兄ちゃんとお友達なんて凄いね! 好きになったりしないの?」


「な、好っ!?」


「茄子?」


 何を言い出すか分からない千景に振り回されっぱなしである。

慌てふためくハルを見て何らかの気苦労を察したのか、桜木は「元気なトコ大成に似てんなぁ」と上手く話題を逸らした。


「っつーか志木と大成は?」


「あっちの店で並んでるよ。私達はこっち側の店で選ぼうかなって話してたの」


 一番客が多い屋台に並んでいる二人を指し示され、彼は納得したように他の店舗を見回す。


「折角だし俺も何か食ってくかなー。なぁ、俺も一緒に良いか?」


「私は良いけど、でも……」


 桜木が加わるとなると大成とスポーツの話題で盛り上がってしまうかもしれない。

志木の意見も聞かず勝手に決めるのは流石にまずいかと返事を言い淀んでいると、千景による助け船が出された。


「アタシも構わないけど、ユーコお姉ちゃんと兄ちゃんのラブラブ作戦の邪魔はしちゃダメだよ!」


「千景ちゃん! シーッ! シーだよ!」


「あっ……」


 先程の「勝手にバラす程野暮じゃない」発言は何だったのか。

本人は慌てて口を押さえているが当然間に合っていない。

一方的に事情を知らされてしまった桜木は「あー、俺(なん)も聞ーてねぇから気にすんなって」と励ますように肩をすくめている。


「じゃあ俺も券買ってくっかな」


「あ、今から券買うと時間掛かるし、私の券使って良いよ」


 券売所に向かう桜木を引き留め、ハルはラーメン券とトッピング券を一枚ずつ差し出した。


「え、良いのか?」


「うん。二枚買ったから大丈夫。足りないだろうけど、その時はまた後で買えば良いし」


(わり)ぃな。サンキュー、宮原」


「代金は席に着いたら払う」との言葉に頷く隣で、千景の視線が突き刺さるのを感じる。


(何だろう、録でもない予感がする……)


 余計な事を言われる前に「どの店にする?」と問いかければ、二人は特に拘りが無い様子でどうしたものかと顔を見合わせた。


「空いてる所で良くない? アタシお腹ペコペコー」


「今客が居ねぇのは右っ(ぱし)の二つだな」


「一つは味噌ラーメンの店で、もう一つはカツオ出汁? のお店だね」


 三人はどちらにしようか相談しながら二軒の屋台に近付いていく。

すると突然、背後から甲高い声が投げ掛けられた。


「カツオ出汁のお店がオススメだよ!」


「わ! ビックリしたっ!」


 振り返ると千景のすぐ後ろに小学三年生位の少年が立っていた。

彼は「ごめんごめーん」と悪びれた様子もなくニシシと笑っている。

内向きに生えた左右の八重歯に、一本だけ抜けた下の歯と片えくぼが印象的な少年だ。


「醤油ラーメンなんだけどね。カツオの出汁がす~っごく美味しいんだよ!」


「へぇ、そうなんか。詳しいな。教えてくれてありがとな」


 礼を言う桜木を見上げ、少年は自慢気に鼻の下を擦った。


「へへ、あの店オレのお父さんの店なんだ。だからオレもお客さん呼ぶお手伝いしてるんだよ」


「え、凄っ。チョー偉いじゃん。ね、ハルお姉ちゃん、お兄ちゃん。カツオのラーメンにしようよ」


 異論などある筈もない。

「うちの味は()()()なんだ!」と語る少年に礼を告げ、三人はカツオ出汁ラーメンの店で足を止めた。


 店員は四、五十代の男性で白いタオルを頭に巻いている。

この男性が少年の父親なのだろう。

見るからにラーメン屋の店主らしい出で立ちをしている。


「へいらっしゃい!」


「醤油ラーメン下さい」


 各々トッピングを追加して注文すると、店主はテキパキと麺を茹で始めた。


「いや~お客さん良いタイミングで来てくれましたよ。こういうイベントだと、どうしても人が多い店ばっか目立っちまって仕方ねぇ」


「あぁ、確かになぁ」


「向かいのお店、今凄い列ですもんね」


 ハル達の相槌に気を良くした店主は「そうなんですよぉ!」と語気を強めて勢いよく湯切りをした。


「でもねぇお客さん。うちのラーメンは当たりですよ。何たって()()()美味いカツオ出汁使ってますから!」

 

 店主は得意気に鼻の下を擦り、無駄の無い動きでツルンツルンとスープに麺を滑り込ませていく。

店主の発言と所作が少年と重なってしまい、千景は堪えきれずに笑いだした。


「おじさん、あの子と同じ事言ってるー」


「ふふ、確かに」


 やはり親子である。

よく見ると店主にも少年と同じく内向きの八重歯と片えくぼがあるのが分かった。

似てる似てると笑う三人に対し、店主は訝しげに首を傾げている。


「あの子?」


「俺達、ついさっき息子さんにここをオススメされたんですよ。『うちの味は県内一だ』って」


「あぁ、セガレに勧められたんですね。へへっ、アイツもたまにゃー役に立つんだなぁ」


 言葉の割りに店主の表情はだらしなく緩んでおり、自慢の息子なのだという事がはっきりと伝わってきた。


「へい、醤油ラーメンお待ちぃ!」


 ちゃっちゃと発泡スチロールの器に盛られたラーメンが並べられ、食欲をそそる醤油の匂いが鼻を擽る。

嬉々として器と割り箸を受け取っていると、店員らしき若い男性が近寄ってきて店主に声をかけた。


「親父、追加の割り箸と海苔取ってきた」


「おぅ! 今丁度お前が呼び込んでくれたお客さんが来てくれたんだぜ!」


「ほら」と店主に手で促され、ハル達と男性の視線がバチリと合う。


(誰!?)


 その戸惑いは彼も同じだったらしく、ハル達を見て戸惑いがちに会釈をしている。

若者は二十歳前後の年齢でかなりガタイが良く、どう考えても先程の少年とは別人であった。


 誰よりも先に我に返った桜木が訂正の言葉を口にする。


「あー、いや、この人じゃなくって……」


「子供の方! 小学生の男の子だよ」


「え?」


 サッと顔色が変わった店主と若者の反応に、ハルの中の疑惑メーターが動き出す。

しかし千景は彼らの変化に気付く事なく「お父さんのお手伝いしてるって言ってたもん」と付け加えた。


「それ、いつ、どこでの話で?」


「ついさっきだよ。すぐそこ。ね?」


「あー……そうだな。カツオ出汁の醤油ラーメンがオススメ、って言われました」


 流石に桜木も違和感に気付いているらしく歯切れが悪い。

店主と若者は顔を見合わせると複雑そうに顔を歪めた。


「その子、本当にウチの子って言ってたんですか?」


「え? うん。えくぼとかおじさんに似てたし……違うの? 下の前歯が抜けてる子だったんだけど」


 ようやく千景も何かおかしいと気付いたらしい。

不安げに見上げられたハルは曖昧に首を傾げるに留める。

すると突然、店主が目元を覆い隠して肩を震わせた。


「アイツ……!」


 鼻を啜る音に紛れ「ヒロキ」という小さな呟きが会場の喧騒に紛れて消えた。

若者が店主の肩を叩きながら深々と頭を下げる。


「その子、俺の弟です。……今日は来て下さって本当にありがとうございました」


「い、いえ。こちらこそ……?」


「あ、良かったらメンマどうぞ」


 若者に大量のメンマをオマケされた三人は釈然としない思いで店主を見た。


「(シー)」


 タオルで顔を拭う店主のすぐ背後で、先程の少年がイタズラっぽく人差し指を口に当てている。


(いつの間に……おじさん達に視えてないって事は、()()()()()なんだろうな)


 悪意の類いは一切感じられない。

少年はニシシと笑うとそのままヒョイとしゃがんで屋台の陰に隠れてしまった。

ただ純粋に親の手伝いをしているだけなのだろう。

実際、見事にハル達を客引きしてみせたのだから立派なものである。


 明らかに訳ありだろうが下手に事情も聞けず、三人はオマケの礼だけ伝えて志木達の元へと向かった。

「ありがとうございました!」とかけられる三人の親子の声が温かくも切ない。




「ハル、遅いよー。いつの間にか桜木が増えてるし!」


 大成との時間が楽しかったのか、志木の口調は言葉とは裏腹にご機嫌である。

大成には少年が普通の子供に見えていたようで、特に何か言うでもなく桜木に向かいの席を勧めている。


 先程までのしんみりとした空気は、ラーメンを一度口にしてしまえば簡単に消え去ってしまった。


(なんだか特別な味に感じるなぁ)


「美味しいね、千景ちゃん」


「うん。さすが県内一のカツオ出汁だね」


 あの少年については一切触れず、やたらとメンマの多いラーメンを啜る。

それはそれとして──


「──とか、マジヤバくないっすか!? 桜木先輩はどう思います?」


「あー……どうだろなー……志木は?」


 無邪気に桜木に話かけまくる大成と、それをかわしてどうにか志木に話を振ろうとする桜木の攻防戦はもはやコントである。

時折桜木から送られる困ったような視線が擽ったい。


「ね、ハルお姉ちゃん」


「なぁに?」


「……何でもない」


 千景はスープをグイッと飲み干すと「おかわり買って来よう!」とハルと桜木を急かしだした。


(あぁ、なるほど。ユーコちゃんに気を利かせたかったのか)


 その気遣いに感心し、次は何ラーメンにしようかと考えながら券売所に向かう。

大成よろしくラーメンに気を取られていたハルは、千景と桜木の小さなやり取りに気付けなかった。


「(ね、ね、イケメンのお兄ちゃん)」


「んー、別にイケメンじゃねぇけど何だ?」


「(アタシ、イケメンのお兄ちゃんの事応援するからね! ハルお姉ちゃんは鈍いから頑張んなよ!)」


「ぉあ!?」


 千景の発言に振り回されるのはハルだけではないようだ。

桜木は引きつった笑顔で先程の少年のように人差し指を口に当てたのだった。




第二部、五章終了です。


次回は増えてきた登場人物のまとめを載せたいと思います。

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