8、ラーメン屋①
「頼みがある」と擦り寄ってきた志木に対し、「何々?」と気軽に返してしまったのが運の尽きだった。
彼女の話によると週末のショッピングモール催事場にて、ラーメンフェスなるイベントが催されるらしい。
各地で売出し中のラーメン店が一堂に集い、安い値段で食べ比べが出来るのだという。
唐突なラーメン情報にハルが困惑していると、志木は両手を合わせて拝むように詰め寄ってきた。
「でね! 前に聞いたんだけど大成ちゃん、ラーメンが好きなんだって。だからハル、お願い! 天沼ちゃん誘うついでって事で大成ちゃんを誘ってよ!」
「えぇ!?」
「だって『ラーメン好き』って聞き出した私がいきなり大成ちゃんだけ誘ったらあからさまじゃん! 気があるのモロバレじゃん!」
(ユーコちゃん……大成君好きになった事、私にはモロバレでも良いのか……)
信頼されるのは結構な事だが、仲を取り持てる程器用な働きは出来る気がしない。
人目をはばからない友人の「一生のお願い!」攻撃に気圧されつつ、ハルはやんわりと気乗りしない返事をした。
「でも竜太君はバイトあるかもだし、私だって上手く誘える自信ないよ」
「大丈夫! そこはほら、最悪天沼ちゃんが来れなくても前みたいにまた三人で食事する感じでさ! ね?」
「それだと私が邪魔じゃない?」
いくら友人の頼みとはいえ居心地悪い思いをするのは億劫というものだ。
遠回しに匂わせた辞退の意図は、残念ながら志木には伝わらなかった。
「邪魔な訳ないじゃん! むしろ居てよー。まだ私はハル程大成ちゃんと仲良くなれてないんだしさぁ」
「そんな事ないと思うけど……」
「断られるのが怖いっていう繊細な乙女心が分かってない!」と頬を膨らませる彼女の勢いに勝てる筈もない。
結局ハルは大成(と竜太)をラーメンフェスに誘うという重大任務を引き受けてしまった。
(うぅ……大した用でも無いのに竜太君を誘うのは緊張するなぁ。私だって断られたら凹むのに)
そもそもどうやって大成も誘う流れに持っていくのか──
帰宅してからも散々に悩み抜いた末、ハルは意を決してスマホを耳に当てた。
「あ、もしもし竜太君? 今平気?」
──へーきだけど、何。
「ちょっとお願いっていうか、相談っていうか、お誘いがあるんだけど……」
──まどろっこしい。さっさと言って。
「えと、週末空いてる?」
──何で。
口調は素っ気ないが機嫌が悪いという事は無さそうだと判断し、ハルは正直に事情を話す事にした。
「実はショッピングモールでラーメンフェスがあるらしいの。それで友達のユーコちゃん……あ、志木さんね。……が、行きたいらしくて、大成君と竜太君を誘ってってお願いされたの」
──俺はバイトだから行けない。大成は知らないけど。
「そっか。残念……」
──何で俺と大成誘うよう言われたの?
想定内の質問がされてしまい、ハルは迷いながらも「実は……」と志木が大成に気がある旨を伝えた。
くれぐれも他言しないよう念を押すハルに対し、竜太は面白くなさそうに相槌を打つだけである。
──それって俺もハルさんも出しに使われてるだけじゃん。
「それはそうだけど……ごめん」
確かにあまり良い気分になる誘いではないだろう。
しかし自分には恋に燃え上がっている友人を止められそうにない。
そう漏らせば「ハルさんも大変だね」と全くもって感情の伴わない同情の言葉を贈られてしまった。
──ま、一応大成にはハルさんと志木センパイに誘われたって事伝えとく。
「! あ、ありがとう! ユーコちゃん喜ぶよ!」
──別に。伝えるだけだし。
話がまとまるやいなや「じゃあね」と通話が切られてしまい、無機質なツーツー音だけが物悲しく耳に残る。
(とりあえずやれる事はやったけど……)
ハルは大成の返事が良いものである事を願いながらクッションに顔を埋めた。
程なくして大成から参加する旨の返事が届く。
加えて「妹も行きたがっている」との相談があり、ハルは志木に確認を取ったり了承の連絡を送ったりと地味に忙しない思いをする羽目になってしまった。
(ユーコちゃんの応援はしたいけど、気が気じゃなくて私の方が身がもたないよ……)
重荷でしかないキューピッド役だが「年下に想いを寄せる同士」の応援をしない訳にもいかない。
こうしてハルは週末が訪れるまでの間、何度となく「何を着て行こう」だの「妹ちゃんは味方になってくれるだろうか」だのとはしゃぐ友人に振り回される事となるのだった。
◇
そして訪れたラーメンフェス当日。
ショッピングモールの入り口で志木と合流したハルは、ソワソワとした心持ちで大成兄妹の到着を待ちわびていた。
珍しく女の子らしい服装の志木にかなりの本気が感じられる。
「ハルお姉ちゃん久しぶりー!」
「おはよう、千景ちゃん。大成君も」
「はよざーます! お待たせしました!」
大成兄妹の登場で場は一気に賑やかになり、ハルと志木はどちらからともなく顔を見合わせて笑った。
「いやぁ、誘って貰った上に妹も連れて来ちゃってすんません」
「良いよ良いよ~。人数多い方が楽しいし。妹ちゃん、二度目ましてだよね。ヨロシクね~」
直前まで散々騒いでいた志木は、いざ当人を前にすると驚く程普通である。
友好的な志木に元気よく返す千景を見て、ハルは人知れず胸を撫で下ろした。
(良かった、ユーコちゃんと千景ちゃん、仲良くなれそう。私が心配する必要なんてなかったみたい)
気を使いすぎても損だと思い直し、ラーメンの話で盛り上がる三人の会話に耳を傾ける。
しかし催事場へと向かう途中、何か言いたげな様子の千景と目が合っては目を逸らされてしまい、ハルは小さく首を傾げた。
「おぉ、結構賑わってんね!」
「ヤベー! スゲー良い匂い! どのラーメンから食おうかな!」
催事場にはコの字型に十店舗程のラーメン屋台が並び、中央には沢山の長机とパイプ椅子が設置されている。
ラーメンの値段は全て一律で、店員がお金を触らずに済むよう事前に券を購入して好きな店で注文するシステムらしい。
二杯目は五十円引き、三杯目以降は百円引きされるらしく、何杯も食べるなら多めに券を購入しておく方が得のようだ。
四人は各々屋台を見回しながらラーメン券売り場に並ぶ。
係員から「一杯分の量が少なく作られている」と聞き、ハルはとりあえず、とラーメン券とトッピング券を二枚ずつ購入した。
「(ね、ね。ハルお姉ちゃん)」
「何? 千景ちゃん」
口元に手を当てて声をひそめる千景に耳を寄せれば、彼女はニヤニヤと笑みを浮かべ始めた。
視線の先には豚骨ラーメンについて熱く語っている大成と志木の二人がいる。
「(ユーコお姉ちゃんってさ、絶対兄ちゃんの事好きだよね?)」
「え!?」
先程会ったばかりにも関わらず、彼女の口振りは確信めいた物である。
女の勘とは侮れないものだ。
驚いたハルが返事をするより早く、千景は明るい声を上げた。
「ねー兄ちゃん! 兄ちゃんとユーコお姉ちゃんはあの豚骨ラーメンの店にするんでしょ? 私、反対側のお店のラーメン見たいからハルお姉ちゃんと行くね!」
「おう! じゃあラーメン買ったらどっか空いてる席で合流な! 宮原先輩、千景の事頼んます!」
大成は何の疑問も抱く事無く、ウキウキとした足取りで志木と共に目当ての店に向かって行く。
ラーメンの事で頭が一杯であろう彼の後ろ姿に、千景は「兄ちゃんてば子供なんだから~」などとませた言葉を口にした。
「あの、千景ちゃん。ユーコちゃんが大成君の事好きって事、大成君には内緒だよ?」
「分かってるよー。アタシ、勝手にバラす程野暮じゃないもんっ」
頼もしすぎる発言だ。
薄い胸をドンと叩く千景のオーバーリアクションに吹き出していると、背後から聞き馴染みのある声が掛けられた。




