9、花小人
金曜日。
帰りのHRが終わって早々、ハルは担任に呼び止められた。
「おい宮原。進路希望書早く出せ。まだ出してないの、お前と富士と三沢だけだぞー」
「す、すみません。まだ決まってなくて……来週必ず出します」
「宮原は学級委員なんだから、もっとしっかりしろよなー」
(そんな事言われても……)
今更「なりたくて学級委員になったんじゃない」とも言えず、不満を抱えながら教室を後にする。
(どうしよう。早く決めなきゃって分かってるのに……)
自宅から一番近くの大学は理工学系で文系のハルとは縁遠い分野である。
焦りと不安に苛まれていると廊下の途中で桜木と出くわした。
「宮原! 今から帰んのか?」
「うん、そうだよ」
「なーんか難しい顔してんなぁ。大丈夫か?」
やたらと気遣わしげな反応をされてしまい、ハルは慌てて両手を振る。
「大丈夫。ちょっと考え事してただけだから」
「そっか。……実は大和田がさ。宮原が最近元気ないような気がするって言ってたからよ。ちっと気になってたんだ」
(あちゃー、カスミちゃんには勘づかれてたか)
最近とはカラオケでの一件以降の事だろう。
思わぬ指摘をされてしまった彼女は平静を装い笑顔を向ける。
「少し色々あったけど、今は平気だから。心配してくれてありがとう」
あの恐ろしい体験を話す気にはなれないが、嘘は言っていない。
桜木は「なら良ーけど」とホッとした様子で表情を和らげた。
「何かあったらいつでも言えよ? 俺に出来る事って大して無ぇかもしんねーけどさ。ほら、一緒に考える事位は出来っから」
「あ、ありがとう」
「へへ、今のは宮原の受け売りだけどな」
(……そうだっけ?)
はたして自分がそんな良い言葉を言っただろうか──
ハルが曖昧な記憶を辿りながら歩いていると、廊下の中央に小さな赤い何かが落ちているのが目に入った。
「あれ? 何だろ」
「んー? 落とし物だろなぁ」
二、三歩小走りで駆け寄った桜木がヒョイとそれを拾い上げる。
ストラップのようだ。
赤いトンガリ帽子に赤い服を着た小人をモチーフとした金属製の人形がプラプラと揺れている。
「あーコレあれだ。最近女子の間で流行ってるヤツだろ」
「知ってる。可愛いよね。私も結構好き」
赤や青や緑といった色々な色の小人が個性豊かで可愛いと巷で評判のキャラクターだ。
おそらく女子生徒の落とし物だろう。
「ま、ここに吊るしときゃー分かんだろ」
桜木が近くに貼られていた掲示物の画鋲に赤小人ストラップを引っ掛けると、胴体部分に鈴が入っていたのか「リン」と小さな音が鳴った。
「持ち主、見付かると良いね」
「だな。…………小人、かぁ……」
何か思う所があったのか、彼は感慨深げに小人をつついている。
含みのある言い方が妙に気になり、ハルはチラと隣に立つ彼の顔を見上げてしまった。
(近っ!)
タイミング良く視線を動かした桜木とバッチリ目が合ってしまい、前にもこんな事があったと既視感を覚える。
バッと身を引いたのはハルだけでは無かった。
普段から距離感の近い彼にとっても近いと感じる距離だったらしい。
示し合わせたかのような動作の一致にどちらからともなく笑いが生じる。
「ハハッ、なんかウケんな」
「ごめん、ちょっとビックリしちゃったね」
微妙な空気の中、ハルは気恥ずかしさを誤魔化すように「小人がどうかしたの?」と疑問を口にした。
「あぁ、大した話じゃねぇんだけどさ。俺、もしかしたら子供の頃に小人見たかもしんねぇんだよ」
「本当に? 凄いね、どんな感じだったの?」
「うーん、七歳かそこらだったし、あんま覚えてねぇんだ。つーか宮原から旧世与町の話聞くまで夢だと思ってた位だしよ」
桜木は懐かしむように目を細めると、最後に一つリンと鈴を鳴らしてから歩き出した。
下駄箱に向かいがてら記憶を掘り起こしているようだ。
「俺と妹の部屋でさ。そん時は俺しか居なくて、小人? みたいのを見っけたんだよな」
「え、自宅に居たの?」
「そうそう。で、何か部屋が汚いから出てくーとか言われてさ。そん時、俺すっげぇ恥ずかしくなって謝ったんだよな」
見たどころか会話をしているではないか──
そう突っ込みたいのをどうにか堪え、ハルは話の続きに耳を傾ける。
「で、部屋を綺麗にするから出ていかないでくれ~って話をしてさ。それ以来、部屋を掃除するようになったんだよ」
「へぇ……良いお話だね。もし夢じゃなかったなら、今もその小人がお家に居るかもしれないって事でしょ?」
「え、それはそれでちっと怖ぇかもなぁ」
ハハハと照れたように頬を掻く彼がいつもより幼く見えた気がして、ハルはシパシパと目を瞬かせた。
「そうだ、見た目は? 小人ってどんな感じだったの?」
「あー……笑うなよ?」
途端に口ごもった桜木はポツリと漏らす。
「小さな花がいっぱい乗ったピンクの帽子とピンクの服着てた。ちょっと子供っぽかった、かな……? 顔は全然覚えてねーけど」
「かわっ……!」
予想以上にファンシーな容姿が頭に浮かび、ハルは思わず口元を覆い隠した。
怖がる要素など何処にも無いではないか。
「良いなぁ~、お花の小人。私も見てみたいかも」
純粋にそう思って出た言葉に対し、桜木は「え!?」と酷く狼狽えた声を発した。
「え? 可愛いんじゃないの?」
「あ、いや、可愛かった気はすっ……けど、さ……」
視線をさ迷わせる彼の態度に、何か変な事を言ってしまったのかと不安が募っていく。
訝しむハルに負けたのか、桜木は顔を背けながら鞄を後ろ手に掛けた。
「あー……もし宮原が嫌じゃねぇなら、その……今度ウチで勉強でも、」
──ピーンポーンパーンポーン
──木崎センセー、木崎センセー、至急体育館にお越し下さぁい。
「…………」
なんとも言えないタイミングで流れた校内アナウンスに微妙な沈黙が訪れる。
言葉の続きを察せない程ハルも鈍くない。
顔にジワジワと熱が集まるのが分かり、彼女は困ったように俯いてしまった。
熱の原因が自身の安易な発言によるものなのか、桜木の誘いによるものなのかは定かではない。
「あ、あの……」
「や、何でもねぇ! 聞き流せ!」
早く帰ろーぜ、と素早く下駄箱に手をかける彼の所作をぼんやりと眺めつつ、ハルはそっとスカートを握り締める。
一度早まってしまった動悸は暫く治まりそうになかった。
<補足>
桜木が話していた小人エピソードは同作者の別作品で読めます(ダイマ)
「花小人とのお約束」
https://ncode.syosetu.com/n0563fw/
短編の童話です。
小さなお子様に読み聞かせられるお話となっております。
ご興味のある方はそちらも是非。




