8、紛い物
──どうやらからかわれたようだね。
「からかわれた? 何にですか?」
ハルはもどかしい思いで結論を急かす。
忍とはエレベーターの怪異に遭って以降、何度目かの通話であった。
異世界のようだが、現実味のある不可思議な体験──
彼はこの話に強い興味を抱いたらしい。
事情を根掘り葉掘り聞かれた上、「少し調べる」だの「詳しい奴に聞いてみる」だのと言って何の説明も無いまま二日が経過していた。
今後自分はどうなってしまうのか……ハルにしてみれば検査結果を待つ患者のような心境である。
──ちょっと特殊な例なんで説明は難しいけど……とりあえずハルちゃんは憑かれてないし、そこら辺の心配はいらないスよ。
「そう……なんですか? その、本当にもう大丈夫なんです?」
あまりにも暗い彼女の声色に、忍は電話口の向こうで喉を鳴らすような笑い声を上げた。
──俺は嘘吐かないよ。強いて言うなら運が悪かっただけかな。君を引き込んだ元凶はもう離れてるから安心しなって。
(不運……それはそれで嫌だなぁ)
とりあえず一番の懸念が無くなった事に礼を言い、ハルは大人しく忍の話に耳を傾ける事にした。
──都会版行逢神……いや、そんな大層なモノじゃないな。……ハルちゃんには狸や狐の方がイメージし易いかも。要は化かされながら少しずつ元凶の作り出した世界に引きずり込まれてたんスよ。
「はぁ」
──無くなったパワーストーンの数も、エレベーターが止まった回数と関係がありそうだね。多分、君を引きずり込むのに邪魔だったから奪われただけだと思う。気にしなくて良いスよ。
「そんな……」
必死に思考を巡らせるものの、一般人には想像も理解も及ばない話である。
──ハルちゃんは前に旧世与町一帯の神様に助けられた事があったね。
「は、はい」
竜太と共に異世界から戻った時の事だとすぐに思い至る。
あの時は神の遣いであるイモ虫モドキの口添えがあって脱出する事が出来たと聞かされていた。
──これは想像だけど、今回の元凶である「神のなり損ない」は、本物の神々に目をかけて貰ったハルちゃんに興味を持ってちょっかいを掛けたんだと思う。
「神の、なり損ない?」
急に神などとスケールの大きな単語を出されてもどう反応したら良いか分からず、ハルはすっかり萎縮してしまう。
──ソイツにとっては単なる好奇心だろうけど、人間からしたら堪ったもんじゃないね。悪意でしかない。
「えっと、その『神のなり損ない』って結局何なんですか?」
忍は数拍おいてから「いい加減に創られた神様」と静かに答えた。
──信仰や宗教感は色々あるからさて置き、今回の元凶は「信仰されずに、ただ神として創られた存在」だと思われます。
「?」
──要は「僕の考えたサイキョーの神!」みたいな感じっスかね。誰にも敬われる事も崇拝される事も無い、ただ「神」という設定で創られたナニか。当然、本物の神になれる筈もない。
誰かが考えて生み出した神モドキが一人歩きしているとでも言うのだろうか。
そんな事が本当にあり得るのか──
言葉にならない感情が渦巻き、ハルは不快感を押しやるように眉間を押さえた。
(神様として生まれたのに、神様になれない。それは可哀想な気もするけど……)
「それが、結局私に何をしたかったんでしょうか?」
──さぁね。人の考え方で推し量れる物ではないだろうし、何度も言うけど気にしないで過ごすのが一番スよ。君が異世界から解放された時点でソレの興味は失せたと考えて良いでしょうし。
「……だと良いんですが……」
憶測ばかりで不安が残る話である。
パワーストーンのペンダントが派手に壊れてしまった事もあり、ハルは深く項垂れた。
彼女の落ち込み具合が電話越しでも伝わったらしく、忍は明るい口調で話を変える。
──ハルちゃんにはパワーストーンより御守りの方が合ってるのかもな。
「え、違いなんてあるんですか?」
──そりゃあね。本来、御守りとパワーストーンは似て非なる物スから。
話によるとパワーストーンは基本的には持ち主の潜在的な力を高める物であり、御守りは神様や送り主の想いや祈りに護って貰う物だという。
ツラツラと述べられる説明に付いていけなかったハルは曖昧な相槌しか打てない。
彼女の心情を知ってか知らずか、彼は唐突な提案を持ち出した。
──そうだ。次の土日は世与の近くに用があるんス。良かったら立ち寄るついでに新しい御守りあげますよー。
「え! 良いんですか? それはとても助かります!」
彼の御守りの強さをよく知るハルとしては願ってもない話である。
現金な反応が面白かったのか、彼は笑いを含めた声で「ただし!」と語気を強めた。
──今度の土曜か日曜、俺の仕事を手伝ってくれませんかね?
「お仕事、ですか?」
ハルは彼が自称公務員という事しか知らされておらず、一体何をさせられるのか想像もつかない。
クククと悪い声が耳に届いたせいで余計に返事に躊躇してしまう。
──そう構えなくて良いよ。実は竜太を誘ってたんスけど、バイトだとか言って断られちゃってね。だから竜太の代わり。
「はぁ……」
──気軽にドライブと思ってくれて構わないスよ。ただ先方で何が視えたか教えて欲しいだけなんで。どう? 簡単でしょ?
「まぁそれ位なら」
──もし俺と二人きりが嫌ってんなら、弟……浩二でも呼ぶけど?
「だ、大丈夫です!」
怖い外見の忍と話すだけでも緊張するのに、彼とそっくりな八木崎まで加わったら身が持たないだろう。
彼なりの気遣いは丁重に断り、二人の間に暫しの沈黙が訪れる。
(いつも助けて貰ってるし、少し位お返ししないと悪いよね……)
たまには礼をしないと今後助けて貰えなくなるかもしれないと、ハルは申し訳なさ半分、打算半分で手伝いの了承を腹に決めた。
「お手伝い、やります」
──へぇ、本当に引き受けてくれんスか。ちょっと意外スけど、助かりますよ。本当に。
淡々とした口ぶりからは全く意外がっているようには聞こえない。
案外、ハルなら断らないと思っての提案だったのかもしれない。
──じゃあ詳しい日程はまた改めて。それじゃ。
「あ、はい。色々ありがとうございました」
プツリと通話を切ったハルはズルズルとベッドへと沈んだ。
元凶が離れてくれたという情報は喜ばしかったが、そう簡単に心は晴れない。
(何だか面倒な事になっちゃったなぁ。土日のどっちか、空けておかなきゃ……)
相変わらずの運の無さだと諦めのため息を吐き、彼女はゴロリと寝返りを打つのだった。
余談
サブタイトルを「タルパ」にするか一週間以上悩みました。




