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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
四章、日常に潜むモノ

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7、エレベーター②

(早く、早く一階に下りなきゃ!)


 もどかしい思いで扉を閉めるボタンを連打する。

相変わらず風が強い。

扉が閉まる直前、「あ、乗りまぁす」という女の子の声が聞こえた気がした。

閉まりきったエレベーターがゴウン、と下降を始める。


(あんな足場の無い上空で乗る()なんている筈ない……!)


 幻聴だと自分に言い聞かせるのに必死だった彼女は、既に起きていた次の異変に気付くのが遅れてしまった。


(…………? ……っ!)


 先程押した筈の一階の階数ボタンが無くなっていた。

代わりに点灯していたのはいつの間にか増えていた「B1」のボタンである。


「や、やだ、何で!?」


(地下のボタンなんて、絶対無かったのに!)


「B1」のすぐ上が「2」と書かれたボタンになっている。

消えた一階が出口とは限らないものの、ハルは永遠にこのエレベーターから出られないような恐怖心を抱いた。

荷物は全てカラオケルームに置いてきてしまった為、スマホも無い。

あるのはハンカチと──


(そうだ! 忍さんのパワーストーン!)


 この御守り代わりのペンダントには何度となく救われていたのに、何故今の今まで忘れていたのか──

ハルは首を傾げながらもポケットをまさぐる。


(げ。これ、かなりヤバいんじゃ……)


 取り出したペンダントの石の数は明らかに減っており、七つあった黒い石が三つになっていた。

紐が切れた訳でも、石が紐から抜けたり割れた訳でも無さそうだ。


(どうしよう。このままじゃ地下に着いちゃう)


 もはや地下が出口に繋がっている事を祈るしかない。

かつて無い程の重力の負荷を感じ、ハルは祈るようにパワーストーンを握りしめた。


──二階で降りれば良いんじゃない?


 ふと頭に過ったのは言葉ですらないような閃きである。

ハルは考えるより先に二階のボタンを押した。

今度は数字が変化する事もなく、エレベーターは二階で止まった。


 ヴィーン──


(もし一階へ続く階段が無くても、二階なら窓さえあれば飛び降りて出られるかもしれない)


 そんな常識が通じる怪異なのかはさておき、ハルは直感を信じてエレベーターを降りた。

綺麗な通路が横に続いている。

御影石の黒い床。

暖色系の間接照明。

落ち着いているというよりも厳かという言葉の方が相応しい雰囲気のデザインだ。

見覚えのある施設に忘れかけていたハルの記憶が一気に溢れだす。


(ここ、火葬場だ……)


 祖父、源一郎を送った場所にあまりにもそっくりだったのだ。

ハルの息が徐々に上がっていく。

到底良い思い出とは言えない。

何故こんな縁起でもない場所に出てしまったのかと、彼女は落胆しながら辺りを見回した。


「うわ……」


 背後にある筈のエレベーターが消えている。

何となくそんな気はしていただけにそこまでの動揺はなかったが、これでもう後戻りすら出来なくなってしまった。


(これって前にもあった異世界、なのかな?)


 以前に起きた異界事件を思い出す。

その時は竜太と共に異形のモノが徘徊する黄色い世界に引きずり込まれてしまったのだが、その世界と今居る世界はどうも違うように思えてならなかった。


(とりあえず階段か窓を探そう)


 歩き始めて早々に日本庭園を見渡せるガラス張りの渡り廊下を発見する。

空は陰鬱とした曇天で、先程夜景を見たような時間帯とは思えない。

外はパッと見では一階の中庭のようにも屋上庭園のようにも見える為、階層までは分からなかった。


(わ、早っ。もう外見つけちゃった。けどこれ、流石に割れない厚さだよね……)


 既にガラスを割って脱出する前提で思案していると、庭に出られる扉が目に入る。

庭の手入れをする際に使われる従業員用の扉らしい。

鍵は何処にあるだろうかと次の算段を立てながら、ハルはダメ元で扉に手をかけた。


 バキッ


「痛っ!」


 握りしめていたパワーストーンの一つが真っ二つに割れ、左の手のひらが薄く切れた。

ジワリと滲む血を軽く拭い、彼女は本日何度目か分からないため息を吐く。


(また石の数が合わない……)


 前に消えた四つの石と同様に、先程まで残り三つあった筈の石がまた一つ、忽然と消えていたのだ。

ずっと握りしめていたのだから落としたという事もあり得ない。

 今割れた石は残る二つの内の一つで、破片も含めてちゃんと手中にある。

これで無事に残っている石は一つだけとなってしまった。



(何なの、もう)


 気を取り直してノブを捻れば扉はいとも簡単に開いた。

まさか開くとは思わず、ハルは半開きの扉に手をかけたまま固まってしまう。


(出て、良いの? でも、これ中庭だったら出ても意味ないかも……)


 どうするべきが正解なのかとグルグル悩んでいた時だった。


──迷ってても仕方ないよ。


 ふと割りきった考えが頭に浮かび、ハルは扉を大きく開いた。

どうせ戻る事など出来ないのだ。


(なるようになれ!)


 意を決して足を踏み出せば、ザリ、と玉砂利を踏んだ感触を足裏に感じた。


「…………あれ……?」


「ちょっとハル、大丈夫!?」 


「貧血? 横になる!?」


 飛び込んできたのは友人達の心配そうな顔と声。

どうやら帰ってこられたようだ。

友人達の口振りから察するに、ハルはカラオケルームに戻るなりへたり込んでしまったらしい。

ヨロリと立ち上がった彼女は「大丈夫、大丈夫」と精一杯の笑顔を浮かべる。


(戻れて良かった……本当に怖かった……)


 一先ず窮地から脱せたは良いものの、当然歌う気分にはなれない。

その後ハルは皆の歌を聞くに徹してその場をやり過ごした。


(あとで忍さんに相談してみよう)


 竜太の手に終える怪異ではないとの判断だが、正直気が重い。

ハルは帰宅して忍と連絡がつくまでの間、「まだ何か良くない事が続いているのでは」という拭いきれない不安を抱えて過ごす羽目になるのだった。

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