4、心霊写真
あれほど憂鬱だった体育祭は拍子抜けする程滞りなく開催された。
どうやら数日前から富士達のグループ内で揉め事があったらしい。
取り巻きの内二人が富士の元を離れた事で、富士の態度は随分と大人しい物に変わっていた。
一人残った取り巻き相手に威張り散らしているという目撃談もあり、この二人の友情も時間の問題だと噂されている。
(平和なら何でも良いや。体育祭に集中しよう)
ハルは次のプログラムの名簿を確認しながら辺りを見渡す。
持田が必死に次の出場者を呼び出しているのが目に入った。
(……私も頑張らなきゃ)
特に三年生は最後の体育祭という事で相当白熱しており、競争意識の低いハルですら雰囲気に呑まれて手に汗握る応援をした程である。
「ごめんハル、ちょっと良い?」
昼食を食べ終わった頃、大和田が気まずそうにハルのクラスの応援席へとやって来た。
「お、スパイ?」と茶化す志木の背を軽く叩き、彼女はハルを手招きしている。
「どうしたの、カスミちゃん」
「あー、ここじゃちょっと……」
ハルは促されるままに応援席を離れ、大和田の後を追う。
足を止めたのは少し離れた水飲み場だった。
日陰が少ないからか他の場所と比べてさほど混雑していない。
「あ、宮原さん、来てくれたんだ」
水道の傍には大和田の彼氏である川口が困ったような笑顔を浮かべて立っていた。
何故あまり関わりの無い川口がいるのか分からず、ハルは困惑の目を大和田に向ける。
「実はウチら今ちょっと困ってて……どうしたら良いか分かんないし、とりあえずハルに聞いてみよっかなって思ってさ」
大和田は川口と顔を見合わせるとそっとスマホを取り出した。
険しい表情の大和田につられ、ハルは怖々と向けられたスマホを覗き込む。
画面には今日撮影したと思われる自撮り写真が写し出されていた。
「うわ……」
思わず口をついてしまった呻き声に、大和田が悲鳴に近い声を上げる。
「え、やっぱこれヤバいの!?」
「い、いや、全然分かんないけど……」
迂闊な反応を反省しつつ、ハルはもう一度画面に目を落とした。
ジャージ姿の大和田と川口が笑顔で並んでいる写真だ。
その二人の前に髪の長い女性がくっきりと写り込んでいた。
女性は長い髪をなびかせ、まるで普通にカメラの前を通りがかったかのような姿だ。
大きさは二人と比べてかなり小さく、明らかに遠近感がおかしい。
服装は白いTシャツにホットパンツというラフな格好をしている。
「なんて言うか、不思議だね」
「いや不思議で済まないから! これ明らか心霊写真だよね!?」
マジで無理なんだけど! と額を押さえる大和田をなだめ、川口も気まずく口を挟む。
「急にこんなの見せてごめんね、宮原さん。カスミが宮原さんなら何か分かるかもって言うから頼っちゃって……俺ら本当にこういうのどうしたら良いか分かんなくてさ」
「そっか……でもゴメン、私も全然知識なくて……」
「うーん。ただデータを消せば済むのか、お祓いってのした方が良いのか……参ったなぁ」
もし何かあったらと思うと迂闊に消せないものらしい。
女性の人相は下手な合成を疑われそうな程ハッキリ写っている。
特に嫌な感じはしないので偶々写ってしまった通りすがりの怪異かもしれないが、無責任な事は言えない。
どう返すべきか悩んでいると、画面を見つめていた川口がしみじみと呟いた。
「実際にこういうの撮れるとは思わなかったよ。多分これ、女の人だよね? 気味悪いよなぁ」
「え? 多分って?」
流石に聞き捨てなら無い言葉だ。
ハルがキョトンと目を丸くすれば、川口と大和田も不思議そうに顔を見合わせた。
「あ、違った? ほら、この辺、髪の毛が長そうに見えるから女かなって思ったんだけど」
「アタシは角度とか雰囲気で何となく女かなーって、」
「ちょ、ちょっと待って……!」
ここまで見え方に差があるとは思わず、ハルはより詳しく二人から話を聞き出す。
どうやら二人には肌色の顔は見えているが、それ以外はぼんやりとしたシルエットしか分からないらしい。
「心霊番組みたいにシルエットのガイドライン欲しいよね」と呑気な感想を述べる川口に、大和田が激しめの突っ込みを入れた。
(こんな所でも個人差が出るのか)
竜太が知ったら興味を持ちそうだと、ハルも大概呑気な事を考えた時だった。
──……せ……
「ん? 何?」
「は? 何が!?」
間違いなく何かに反応したハルに対し、大和田は眉を吊り上げて「冗談なら止めてよ!?」と川口の横に張り付いた。
勿論、ハルがこんな冗談を言う訳ないと知った上での発言だろう。
──け……
(何? どこから……)
気配を探るのに集中する。
ハルは直感で写真の女の声だと当たりをつけた。
スマホを持ったまま固まってしまったハルに声を掛けられず、大和田達も押し黙る。
『 消 せ っ ! 』
苛立ったような怒声が響き渡り、ハルは小さな悲鳴を上げた。
両手でスマホを持つハルの腕の間から髪の長い女性がギロリと睨み付けていたのだ。
睫毛の長い二重の目と目が合う。
スマホを投げ飛ばしかねない勢いで飛び退くハルに、二人もビクリと体を跳ねさせた。
「や、やだやだ! ハル、どうしたの!?」
「……画像消すよ。良いよね? カスミちゃん」
「あ、うん。良いけど……」
返事を待たずに画像を消去するハルの行動を咎める者はいない。
「消したよ……」
誰ともなしに呟けば、「どうも」と消え入りそうな声が耳に届いた。
既に女性の姿は見当たらず、気配もない。
単に写真を撮られたのが嫌だっただけなのだろう。
ホッと息を吐いたハルは申し訳なさそうにスマホを大和田に返した。
「勝手に消しちゃってごめんね。でも多分、もう大丈夫だと思うから」
「そ、そう? アタシとしては今の短時間で何があったか気になるんだけど……」
引きつった笑みを浮かべる大和田は「でもやっぱ聞きたくないわ」と恐る恐るスマホをポケットにしまった。
川口は大和田が信頼するハルを信じる事にしたのか、特に疑惑の目を向ける事なく感謝の言葉を並べている。
「悪い事が起きる訳じゃないんだよね?」
「あの女の人が何かしてくるって事はないと思う。なんか行っちゃったみたいだし」
「「逝った!?」」
息ピッタリで怖がるお似合いの二人に、ハルは「大丈夫だよ」と念を押したのだった。




