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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
四章、日常に潜むモノ

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2、水子

※人によっては少しアレな内容かもしれません。


※直接的すぎる表現やグロさ等はありませんが、サブタイトルで嫌な予感がする方、こういったネタにデリケートな方はご注意下さい。


(一話短編なので読み飛ばしたとしても問題無い仕様です)



 大和田と志木の誕生日が近い。

この日ハルは二人に贈る誕生日プレゼントを探し求めてショッピングモールを訪れていた。


(うーん、何が良いかな)


 自身の誕生日を祝ってくれた友人達を喜ばせたいという一心で、ウロウロとあてもなくモール内を練り歩く。


(そういやカスミちゃん、この雑貨屋が可愛いって言ってたっけ)


 何となく立ち寄った店だが雰囲気が良い。

あれこれ迷いながらもどうにかプレゼントの候補を見つけ出す事が出来た。


(このエコバッグ可愛いなぁ。たたむと人形になるのか……これにしよう)


 人形の型は猫と兎の二種類があり、柄の種類が多い。

どの品にしようか決めあぐねていると、横からヌッと細い指が伸びてきた。


「三毛猫のと花柄兎のが可愛いよ」


「わ、千景ちゃん!?」


 エヘヘ、と悪戯っぽく笑う千景が二つの商品を交互に突付いている。

いつから横にいたのだろうか。

全く気付かなかったハルはドギマギを誤魔化すように商品を手に取った。


「じゃあ、千景ちゃんのオススメにしようかな」


「うんうん、それが良いよ!」


 自信満々に胸を張る千景と共にレジへと向かい、会計を済ませる。

ラッピングを待つ間、ハルは何の気なしに「一人?」と問いかけた。

一瞬、千景の表情が陰りを見せる。


「えっと……お兄ちゃんと来てたんだけど、ちょっとはぐれちゃって……その……」


「はぐれちゃったって……じゃあ大成君がどこに居るか分からないの?」


「それは分かるよ。スポーツショップ行くって言ってた。でも……お店の場所、分かんない」


 やけに口ごもる千景を訝しんでいると、彼女は真っ赤になって「でも迷子じゃないよ! 違うからね!」と声を張り上げた。


(あぁ、なるほど……)


 中学生で迷子になるのは確かに少し恥ずかしいかもしれない。

ハルは出来るだけ彼女のプライドを傷付けないように言葉を選んだ。


「じゃあ私、お店の場所分かるから一緒に行こうか」


「良いの!? ありがとうお姉ちゃん!」


 途端に目を輝かせる千景は非常に分かりやすい。


(可愛いなぁ。妹が居たらこんな感じなのかな)


 ラッピングされた品物を受け取り、ハルは千景を連れて店を出た。


「スポーツショップは三階の反対端だよ」


「ありゃま、遠いんだねぇ」


 今二人が居るのは一階である。

二人は施設中央にあるエスカレーターを目指して並び歩いた。


「あれ、人多いね。イベントかな?」


 通路の開けた場所に人集りが出来ているのに気付いたハルは背伸びをして様子を窺う。


「セヨタローが来てるんだよ。私、あれ見てたら迷……お兄ちゃんとはぐれちゃったんだー」


「セヨタロー?」


「世与のご当地キャラだよ。あんま可愛くないけど」


 千景はむくれながら迷子になった原因の着ぐるみにジト目を向けている。

着ぐるみことセヨタローは天狗がモチーフらしく、確かにあまり可愛いとは言えないゆるキャラだった。

動きも無駄に俊敏である。


(キモカワ……ってやつかな)


 子供達に愛想を振り撒くセヨタローを横目に、二人はエスカレーターに辿り着く。

上りエスカレーターに乗る直前、モゾモゾと蠢く存在に気が付いたハルは小さく息を飲んだ。


(……なに、あれ……)


 エスカレーターのすぐ横に沢山のショッピングカートが並び置かれている。

そのカートに半透明の何かが纏わりついていたのだ。

数は十体程で大きさはまちまちだ。

握り拳程に小さいモノもいれば三十センチ位のモノもいる。


(ほんと何だろう?)


 目を凝らせば分かるかもしれないが、ついいつもの癖で視線を逸らしてしまう。

嫌な気配が無い以上、気掛かりな点は一つだけだ。


(千景ちゃんは大丈夫かな……まさかまた殴ろうとか言い出さない……よね?)


 チラリと千景を振り返ると、彼女は複雑そうな顔でカートを見下ろしていた。

初めて見る反応だ。

急に不安になったハルはこっそりと声をかける。


「千景ちゃん、どうしたの?」


「……可哀想だね」


「え?」


 思わずカートの方を見てしまう。

しかし既にエスカレーターはカートが見えない位置にまで上ってしまっており、改めて確認する事は叶わなかった。


「よく視えなかったけど、今の何だったの?」


「……赤ちゃん」


 それだけ言って前を向く彼女に何と返せば良いか分からず、ハルも大人しく前を向く。


(かなり小さかったし……もしかして、産まれてこれなかった赤ちゃん……なのかな……?)


 赤子が何故ショッピングカートに纏わりついていたのかは不明だが、千景の話が事実ならさぞかし胸が痛む光景であっただろう。

暗い気持ちで三階まで上りきったハルは、怪異に引きずられては駄目だと気を取り直した。


「千景ちゃん。あのね……」


「たぶんあの子達、お母さんを探してるんだよ」


 千景の暗い声が胸に刺さる。

どういう事かと聞き返す前に、彼女は「なんてね! 想像だけどっ」と明るくはぐらかした。


「あ、スポーツショップ発見! ありがとね、お姉ちゃん!」


「あ、ちょっと千景ちゃん……!?」


 遠くに見えるスポーツショップに気付くやいなや、千景は軽やかに駆け出した。

止める暇もない。

元気の良い「じゃあねーっ!」という言葉が余韻のように残り、取り残されたハルはポカンとエスカレーターの脇で立ち尽くす他なかった。


(相変わらず嵐のような子だなぁ。大成君、まだスポーツショップに居れば良いけど……)


 無事に合流出来たか心配は残るものの、わざわざ追って確認しに行くのも面倒である。


(良いや、メッセージだけ送っとこう)


 ハルは下りエスカレーターに乗りながら大成に「千景ちゃんが探してたよ」とだけ連絡を入れる。

しばらく既読はつかなかったが、ハルがショッピングモールを出る頃に返信が届いた。


──うわ、宮原先輩もショッピングモール居るんですか!? ぜひお会いしたかったっす!


──あ、千景も見かけてたんすね! さっき合流出来ました!!


──なんかゆるキャラ見てたらしいっす!


──セヨタロー! セヨタロー!


 矢継ぎ早のメッセージに返信する暇がない。

最後に送られてきた俊敏な動きをするセヨタローのスタンプにクスリとしながら、ハルは「合流できたなら良かったよ」とだけ返してスマホをしまった。


(そういや、「千景も見かけてた」って、どういう意味だろ……もしかして千景ちゃん、私と会ってた事、大成君に言わなかったのかな)


 迷子ではないとしきりに言い張る姿を思い出し、緩んでしまった口元を咳払いで誤魔化す。

そんなハルの横を買い物袋を下げた若い主婦が追い抜いて行った。


(うわ! ビックリしたぁ)


 追い抜かれざまに主婦の左腕と腰にしがみつく半透明の塊が視えてしまい、反射的に歩調を遅める。

しがみついているのは先程ショッピングカートに纏わりついていた怪異と同種のモノようだ。


(っていうかあの人、二体もくっ憑いちゃってるのか……)


 驚きつつも、今度は注意深くそれを観察する。

半透明のモヤモヤしたそれらはピントが合った僅かな時間だけ姿を捉える事が出来た。


(なるほど、確かに赤ちゃんだ……)


 それもかなり未熟児の姿だ。

教科書でしか見た事がないようなその二体は、小さな手で必死に女性にしがみついている。

しかし力が尽きてしまったのか、左腕の赤子がボトリと地面に落ちてしまった。


(あぁっ!)


 関わっては駄目だと理解しつつも、思わず見入ってしまう。

直後、腰に居た赤子もボタリと地面に落ちてしまった。

また姿がほとんど視えなくなってしまった半透明のそれらは、ウゴウゴと地面を這いながらショッピングモール内へと戻っていく。


(もしかして、またショッピングカートに集まる気……かな?)


 一体何故、と考えた所で千景の呟きを思い出す。


──たぶんあの子達、お母さんを探してるんだよ。


 食料品売り場がある一階のショッピングカート。

利用者は主婦が多い。

母を探すならどこにいれば効率が良いのか──

本能のままに母を求める彼らには分かるのかもしれない。

酷く朧気な存在の彼らは、完全に消えてしまうその時まで「母となってくれそうな人」を求め続けるのだろう。


(……可哀想……か。そう、だね……)


 自動ドアをすり抜けていく半透明の赤子を見送り、ハルは人知れず彼らの安寧を祈った。

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