7、真相
「おい、ちょっと良ーか」
帰りのホームルームが終わった直後。
ハルは後方から聞こえた八木崎の声に危うく返事を返す所であった。
(わ、珍しい。八木崎君から話しかけるなんて……)
振り返った彼女は前の席の生徒に話しかけている八木崎の姿に目を見張る。
滅多に人と関わろうとしない彼が声をかけるなど、一体何の用があるのだろうか。
彼らは二、三言交わすと連れ立って教室を出て行ってしまった。
「珍しいね……」
思わず呟いてしまった言葉を拾い、後ろの席の友人が突っ込む。
「私、八木崎とハルが話す度に同じ事思ってんだけどー」
「え、そんなに話してないけど?」
「他の人と比べたら話してる方だってー」
「何々? 何の話ー?」
すっかり帰り支度を終えた志木がウキウキとやって来る。
話が長引きそうな予感を抱いたハルはスクールバッグを片手に立ち上がった。
「ごめん、二人とも。私、ちょっと用事あるから、先帰ってて」
「お、もしかしてぇー」
「もしかしてぇー」
ニヤニヤと顔を見合わせる友人二人に何を「違う」とも言えず、ハルは逃げるように教室を後にする。
(ほんと、女の子って勘が良いよなぁ……)
ハルは廊下を歩きながら竜太からのメッセージを思い出していた。
──放課後、部室棟二階の空き教室。
詳細不明のメッセージだが、今までの経験からして今回の騒動についての話だろう。
(解決策でも見つかったのかな?)
昨日から今朝にかけての竜太の行動に何の意味があったのかは教えて貰えなかったものの、彼が意味の無い事をするとは思えない。
空き教室に着いたハルははやる思いで扉に手をかける。
ガラガラと音を立てる引き戸はやけに軽く、彼女は出てきた生徒と正面からぶつかってしまった。
「ひゃっ!?」
「おっ、と」
よろめきながら顔を上げると、目の前には八木崎が憮然と立ち塞がっているではないか。
びくともしない辺りは流石運動部員である。
「……宮原もやんなぁ」
「? な、何を?」
「俺ぁ関係ねーからよ。あんま面倒臭ぇのに巻き込むんじゃねーよ。もうチビの言いなりなんざ御免だかんな」
「あ、うん。うん……?」
適当に頷く彼女に舌打ちをした八木崎だったが、はたと思い付いたように口角を上げる。
この笑みの彼には良い記憶がない。
「ま、貸し一つだぁな、チビ」
笑いを含んだ口振りから察するに、教室内には竜太がいるようだ。
困惑するハルの額を軽く小突き、八木崎は「じゃーな、ハルさん」とからかうように教室を出ていってしまった。
(何なの、もう……)
額を押さえながら教室を覗くと、そこには予想外の顔ぶれが並んでいた。
「え? な、何で……」
「……良ーから入りなよ」
やけにそっけない竜太に促され、ハルはいそいそと教室に入る。
「じゃ、全員揃ったね」
竜太は大成と顔を見合わせるともう一人の人物の顔をじっと見つめた。
見つめられた人物──持田は真っ青になって肩をガタガタと震わせている。
(どうして持田君がここに? ……あ! もしかして、持田君も視える人だったとか!?)
首を絞められた被害者仲間として呼ばれたのかもしれないと考え、ハルは不思議がりながらも竜太と大成に近付いた。
竜太が「直接話すのは初めてだよね、お兄さん」と話しかけるが、持田は怯えたままだ。
──何かがおかしい。
声を掛けようとするハルを遮り、竜太は構わず言葉を続ける。
「一昨日の事、ハルさんも覚えてるよ」
その一言がよほどショックだったらしい。
持田は膝をついて丸くなり、嗚咽を漏らし始めた。
「ごめ、ごめん、なさい。ごめんなさい……!」
「ちょ、ちょっと待って。何が何だか……」
持田と竜太を交互に見比べる彼女に助け船を出したのは大成だった。
「俺、昨日天沼の家に泊まったんです。天沼の首を絞めてたお化け、間違いなくこの先輩でした!」
「う、嘘……それじゃ、まさか……」
一昨日の夜、腹を撫で回してきた男も持田という事なのだろうか。
思考停止しかけたハルだったが、それは違うと首を振る。
「何かの間違いじゃない、かな。だって、持田君だって、首を絞められてた訳だし」
「そこがややこしくなった理由の一つなんだよね」
よほど自信があるのか、竜太はいつになくキッパリと言い放つ。
持田は膝をついたまま顔を上げない。
彼のこの調子では、ハルとしてもこれ以上のフォローは出来ず立ち尽くすしかない。
「話をする前に、一つ持田センパイに確認したいんだけど」
竜太が持田の前に立ち、冷たく見下ろす。
ややあって、持田がゆっくりと顔を上げた。
眼鏡のレンズに涙の跡が残っている。
「持田センパイって心霊現象とか、変なもの視える人?」
「? ……い、いや、見えない、けど……」
「へぇ」
竜太は少しだけ目を丸くし、またすぐにいつもの無表情に戻る。
(竜太君てば、こんな時にも好奇心が疼くのか……)
複雑な気分のハルに気付かず、竜太は無理矢理持田を立ち上がらせた。
「そもそも今回の首絞めの件、『生霊』って認識自体が違ったんだと思う」
「え、生霊……じゃなかったの?」
視えない持田の手前、霊などと非現実的な言葉を口にするのは抵抗があったが、持田は特に何も言わない。
むしろ彼も竜太の話に興味があるように見受けられた。
「勿論、生霊もいた。富士って人に憑いてった奴や昼間、俺に向かって来てた奴は間違いなく持田センパイの生霊だった」
「生霊、も?」
「生霊以外にも居たってのかよ?」
引っ掛かる物言いに大成と顔を見合わせるも、当然見当など付く筈がない。
「夜中に桜木センパイや俺の首を絞めに来た奴や、ハルさんの所に現れた奴。あれは生霊なんかじゃなかった」
ハルの名前が出た途端、再び持田の肩が震える。
そんな反応をされては嫌な予感しかしない。
(ま、まさか本当に……? でも、何で持田君が?)
鼓動がドクドクと速まる。
委員長の苦労を分かち合ってきた彼を信じたいのに、今は手放しで信じる事が出来ない。
絶句する彼女を残して竜太の話は続く。
「持田センパイ、夜中の事覚えてるんだよね? だから今朝大成が教室で姿を見せた時にビビってたんだ。まぁ思いっきり殴られたんだから仕方ないだろうけど」
「あ! それでお前、この先輩って分かったのか!」
大成の明るい声が酷く場違いに聞こえる。
この場に彼がいなければ葬式のような空間になっていただろう。
「『幽体離脱』って聞いた事ない? 恐らく、持田センパイは夜眠っている間、それが出来てたんだ」
「幽体離脱って、漫画とかであるアレか。魂が体からファーってヤツ!」
マジであるのかとしきりに感心する大成を遮るように、持田が勢いよく頭を下げた。




